追放された伯爵令嬢は、辺境の竜騎士様に拾われて愛されすぎています ~あの時見下した婚約者たち、今さら後悔してももう遅い~

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第5話 竜を従える孤高の騎士

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森を揺らす轟音が、夜の闇を切り裂いた。  
雪の大地に火花が散り、倒れていく傭兵たちの悲鳴が冷気の中に響く。  
その中心に立つのは、一人の男――カイル・ヴァーレン。  
彼が振るう剣の軌跡は月光よりも鋭く、空を走る影でさえ怯えた。

「もう二度とこの地に足を踏み入れるな。」

低く響く声に、残った傭兵たちは這うようにして逃げ出した。  
森を抜けるまで振り返る者はなく、雪の中に残されたのは、ただ静寂と血の匂いだけ。

「……大丈夫か。」

剣を収めたカイルがリリシアを振り返る。  
彼女は震える手で炉のそばに立ち尽くしていた。  
信じがたい光景だった。数人の男たちを、瞬く間に、まるで風のように制した彼の姿。  
その強さも、そして迷いのなさも、人間離れしている。

「カイル様……どうして、戻ってこられたのですか。三日後と言われたのに。」

「悪い予感がした。」

淡々と、それだけを言う。その声音に嘘はなかった。  
彼は竜――ルミナの首筋に立ち、森を見下ろしていたのだろう。  
嵐の前の静けさ。ほんの僅かな気配の変化で、危険を嗅ぎ分けたのだ。

「まったく、無茶をする。」

彼は床に転がる傭兵の短剣を蹴り飛ばしながら苦く笑った。  
その表情に、リリシアの胸が熱くなる。  
冷たい月光の下で見たその笑みは、氷を割る火のように静かで確かなものだった。

「……助けていただいてばかりです。」

「助けた覚えはない。俺が勝手に動いただけだ。」

「それでも、命の恩人です。」

彼の沈黙が、小屋の中に漂う。  
雪混じりの風が入り込み、火が揺れた。  
やがて、カイルは暖炉の前に座り、ルミナの背について問われたように語り出した。

「竜を飼いならす者は滅多にいない。だが俺たち竜騎士は、“契約”を結ぶ。」

「契約、ですか?」

「人と竜。互いの心臓を通わせる。血で誓約を交わし、互いの命を共有する。」

リリシアは目を見開いた。  
血で繋がる。それは生半可な言葉ではない。  
一方が死ねば、もう一方も命を落とすという意味だ。

「だからこそ竜騎士は、孤高でなければならない。感情に飲まれれば、竜は暴走する。」

「……あなたも、感情を閉ざしておられるのですか。」

問いに、カイルは沈黙した。  
長い沈黙のあと、微かに瞼が揺れる。

「かつて、一人の仲間を守れなかった。感情に引きずられ、竜を傷つけた。」

それ以上、彼は何も言わなかった。  
だが、その目に宿っていたのは後悔ではなく、刻み込まれた決意だった。

「だから俺は、二度と誰も失わない。感情で判断することはしない。」

「……それでも、今夜のあなたは。」

「今夜の俺はただの愚か者だ。」

静かな火の音が、言葉の隙間を埋める。  
リリシアは俯いたまま、小さく笑った。  
弱さを見せようとしない男の誇り。その強さに、どうしようもなく惹かれていく。

「カイル様は強い方ですね。」

「強くなければ生きられない。」

「けれど、本当の強さは“守りたいものを守れること”だと思います。」

その一言に、カイルの視線が彼女に向いた。  
炎が瞳の奥に映り、彼の表情が微かに緩む。

「……君は面倒な女だ。」

「貴族の娘ですもの。面倒くさいのが仕事です。」

そう言って微笑むと、カイルは鼻で笑った。  
だが笑い声の代わりに、外の風が答える。  
ルミナが短く鳴き、雪を払う羽音が夜空に響く。

「この場所はもう安全ではない。砦に戻るぞ。」

「でも、捕らえに来るかもしれません。」

「来ればその時だ。逃げてばかりでは生き残れん。」

そう言って彼は立ち上がり、外套を肩にかけた。  
その姿が頼もしく、リリシアは思わず胸の奥を掴まれたように息をのむ。  
絶望の底で手に入れたのは、希望ではなく――信じられる背中だった。

***

夜明けとともに、二人は竜の背に乗った。  
ルミナの翼が広がると、雪が舞い、空が震える。  
地上の森が縮んでいき、白い大地が果てしなく広がる。  
リリシアは息を呑み、冷たい風を受けながらカイルの背にしがみついた。

「怖いか。」

「少し。でも……風が、綺麗。」

その答えに、カイルの肩がわずかに動いた。  
雪雲の向こうから差し込む朝日が、二人の輪郭を金に染める。  
その一瞬、リリシアは忘れていた。追われる身であることも、奪われた家の名も。

竜の背の上で感じたその風だけが、彼女の“生”を実感させた。

やがて砦の尖塔が見えてくる。  
カイルの部下たちが彼を見つけ、慌ただしく動き出す。  
臨戦態勢を敷いていた兵たちが安堵の息を漏らした。

「隊長、お戻りを!その者は……?」

「保護対象だ。余計な詮索をするな。」

短い指示で全てを封じると、カイルはリリシアを砦の奥へと導いた。  
その背に、兵たちは一切の疑問も挟まなかった。  
それほどまでに、彼の信頼は絶対だった。

砦の医務室に案内されると、リリシアはようやく息をついた。  
ルミナの飛行は自由そのものだったが、風圧と寒気で体力を削られたらしい。  
椅子に座り、唇を噛む。

「あなたは本当に……竜と一つなのですね。」

「契約の証だ。ルミナが怒れば俺も苦しむ。だが、俺が笑えばあいつも喜ぶ。」

「そんな風に生きたいです。誰かと、共に。」

目を伏せた瞳に、過去の悲しみが影を落とした。  
失った信頼。奪われた誇り。それでも、また望みたい。  
そう思えるようになったのは、カイルと出会ってからだ。

カイルはその言葉に答えず、ふと窓の外を見た。  
雪の果てに広がる灰色の空。そこに、一筋の光が射す。

「もう少しここに滞在しろ。王都が何か仕掛けてくる。」

「……それでも、あなたは行くのですね。」

「この地を守るのが俺の職務だ。」

守る――その言葉を聞いて、リリシアは静かに微笑んだ。  
強さとは何か。  
今なら少し、わかる気がする。

カイルが立ち去り際に一度だけ振り返る。  
その瞳の奥には、凍てつく風とは違う温度があった。  
言葉にしない優しさが、確かにそこに存在していた。

「ありがとう、カイル様。」

誰に聞かれるでもなく、その言葉が口をついた。  
彼の背が遠ざかる音を聞きながら、リリシアは指先を重ねた。  
心臓の鼓動がゆっくりと強くなる。  
凍った夢の欠片が、ほんの少しずつ、溶けていくようだった。

(続く)
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