追放された伯爵令嬢は、辺境の竜騎士様に拾われて愛されすぎています ~あの時見下した婚約者たち、今さら後悔してももう遅い~

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第4話 雪の森で出会った男

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砦に再び静寂が戻った頃、リリシアは薪をくべる手を止めていた。  
火に照らされる指先が震える。思考が追いつかない。  
国家反逆――とんでもない罪名だ。  
追放された貴族の娘に、そんな権力はない。それでも“罪”とされたのは、誰かが仕組んだに違いない。誰が?考えるまでもない。  
アルベルトと、その傍らで嘲るように微笑んでいたセレナの姿が浮かぶ。

「どうして……どうして、そこまで……」

呟きは小さく、暖炉の炎に吸い込まれた。  
このまま王都の命に従えば、自分の命はそこで終わる。  
でも、逃げることもできない――砦を巻き込みたくなかった。  
あの男が、カイルが、自分のために危険を背負うなんて。

扉の向こうで足音がした。  
現れたのはカイル本人。外套を脱ぎながら、短く問いかける。

「少し話せるか。」

「はい……」

リリシアは炉端の椅子を譲ろうとしたが、カイルは立ったままの姿勢で壁に背を預けた。  
その瞳は相変わらず鋭く、しかしどこか深い影を帯びている。

「王都と揉めた今、君はこの砦に留まれない。ここにいれば、彼らは再び使者を送るだろう。」

「わかっています。私のせいで皆さんに迷惑をかけたくはありません。」

「ならば、どこへ行くつもりだ。」

質問に、リリシアは答えられなかった。  
外は雪に閉ざされた未踏の地。行く当てもない。  
沈黙を見て、カイルは息を吐いた。

「北の森に狩猟用の小屋がある。物資を少し運んでおこう。……しばらく、そこに隠れていろ。」

「そんな……そこまでして頂くわけには!」

「命を救った以上、途中で放り出すのは気分が悪い。」

そう言いながら、彼は頭を少し掻いた。  
彼の無愛想な言葉の裏に隠された優しさを感じ、リリシアの胸が熱くなる。  
それ以上、何も言えなかった。

***

夜明け前、砦を出発した。  
吹雪は収まり、空は鈍色に光っている。リリシアは厚手の外套をまとい、カイルの背を追う。  
彼の歩みは雪の中でも迷いがなく、一歩ごとに深く確実だった。  
竜の姿はなかった。目立つ飛行は避けるためらしい。

「竜は置いてきたのですか?」

「ルミナは目立つ。王都の連中に察知される可能性がある。」

「ルミナ……あの竜の名前ですか。」

「そうだ。夜光竜の雌だ。」

無骨な声に、微かに誇らしげな響きが混じっていた。  
彼にとって、竜は家族なのだとリリシアは感じる。

北の森に入ると、さらに気温が下がった。息をするたびに肺が痛む。  
だが、木々の静けさの中に、どこか懐かしい安らぎがあった。

「……まるで、王都とは別の世界みたい。」

「ここは別の国だと思った方がいい。欲も名誉も通じない土地だ。」

「それで、あなたはここに?」

「戦で多くを失った人間だ。王都に戻る理由もない。」

短く答えるが、どこか遠くを見る横顔に、言葉よりも深い傷跡が見えた。  
リリシアはそれを問わなかった。ただ静かに隣を歩いた。  
雪の上で足音だけが続く。  
やがて、彼はふと立ち止まり、片膝をついた。

「足、痛めたな。」

リリシアの靴の底が裂け、血が滲んでいたことを、カイルは一瞬で見抜いた。  
彼女が慌てて隠そうとするより早く、彼は小袋を取り出し薬草を巻く。  
冷たい指先が触れた瞬間、リリシアの胸がどくりと跳ねた。

「冷たい……でも、温かい。」

「黙ってろ。傷が深くなる。」

不器用な叱責に、リリシアは苦笑した。  
しかしその横顔は、火のそばにいるよりも近く感じられる。  
雪の森での二人だけの時間が、音もなく流れていった。

***

昼過ぎ、木立の奥に小屋が見えた。古びているが、風雪をしのげそうだった。  
カイルが扉を押し開けると、埃が舞い上がる。  
中には簡易の寝台と炉、そして棚に古い道具が並んでいた。  
彼は素早く中を確認し、火打石で火をつける。

「これでしばらくは大丈夫だ。食料と水を置いていく。」

「あなたは……戻られるんですね。」

「ああ。砦を離れすぎると不審に思われる。だが、三日後には戻る。約束だ。」

「……本当に、よろしいのですか?私は厄介者です。」

「そう思うなら、生き延びてみせろ。」

その一言が、まるで挑戦のように響いた。  
だが、リリシアの中には反発ではなく、不思議な力が広がった。  
生き延びる――それは今まで考えたこともない言葉だった。  
生きる理由を失ったはずの令嬢に、初めて“意志”が宿った。

カイルは小屋を一周しながら、外の気配に耳を澄ませる。  
その眼差しは鋭く、まるで森の狼のようだ。  
ふと、リリシアの視線に気づき、彼は短く問いかける。

「何だ。」

「いえ……不思議な方だと思って。」

「そうか。」

「普通は、見知らぬ罪人をここまで助けてくれません。」

「罪人に見えないだけだ。」

その言葉が胸に落ちた。  
信じる、という簡単な概念が、どれほど遠いものだったか。  
思わずリリシアは微笑む。薄く、けれど確かに。

「ありがとうございます。」

「感謝はいらんと言ったはずだ。」

カイルの口元が僅かに動いた。  
それを見て、リリシアは自分が笑ったことに気づく。  
こうして微笑むのは、いったいいつ以来だろう。

「……それでは、三日後に。」

「ああ。火の番を忘れるな。外には出るな。」

「わかりました。」

扉が閉まる音がして、静寂が戻る。  
リリシアは暖炉の火を見つめながら、ゆっくりと深呼吸をした。  
森の匂いが鼻をくすぐり、心がわずかに落ち着く。  
けれど同時に、どこかで嫌な予感がしていた。

***

夜。  
雪が再び降り始めたころ、外で何かが光った。  
小屋の外壁へかすかな影が滑る。人の気配――。

リリシアは身を固くした。息を殺し、窓に近づく。  
月明かりの下、数人の男たちが森を進んでいた。  
王都の鎧ではない。粗末な皮の防具、泥のように濁った目。  
傭兵風の一団。口には笑み、手には刃。

「女が一人だって話だ。捕まえりゃ金だぜ。」

「本当にいるのかぁ?この雪の中に。」

「いる。王都の犬どもが探してた女、見つけたら褒美が出るらしい。」

聞こえた瞬間、血の気が引いた。  
彼女を狙う者たちが、もうここまで――。

リリシアは急いで小屋の奥に下がる。  
剣もない。身を守る術もない。  
どうすれば――。カイルの言葉が脳裏に浮かぶ。

「生き延びてみせろ。」

震える手で炉の火箸を掴む。  
武器にはならないが、気休めでも握っていなければ動けなかった。

扉が静かに開く音。  
雪を踏む音。  
そして、男たちの一人がにやりと笑った。

「いたぜ、噂の令嬢様。」

その瞬間、外から轟音が響いた。  
地鳴りのような衝撃に男たちが振り向く。  
次の瞬間、真っ白な光が森を貫いた。  
吹雪の中を舞うのは、巨大な翼。  
夜空を裂くように、ルミナの雄叫びが響いた。

「竜……ッ!?」

逃げ惑う男たち。火の粉と共に、影が舞い降りる。  
鎧の音。金属のきしみ。そして低い声。

「手を離せ。」

その声に、リリシアの心臓が跳ねた。  
扉の前に立つ黒い影――カイルだった。  
彼の剣が光を放ち、男たちを一瞬で薙ぎ払う。  
怒りの底に燃えるような眼光が月明かりに照らされる。  

リリシアは、呼吸すら忘れた。

(続く)
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