追放された伯爵令嬢は、辺境の竜騎士様に拾われて愛されすぎています ~あの時見下した婚約者たち、今さら後悔してももう遅い~

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第3話 王都を追放される令嬢

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雪が降り続いていた。  
春はとうに過ぎたはずなのに、辺境の大地に季節のぬくもりなど訪れない。リリシアは砦の窓から外の光景を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。  
凍てつく世界。しかし、あの豪華な王都の夜会よりも、ここには確かな“生”があった。

「もう動けるのか。」

背後から聞こえた低い声に振り返ると、カイルが立っていた。  
相変わらず無表情で、目つきだけが鋭い。だがその瞳の奥に、ごくわずかな気遣いの色が見えるような気がした。

「はい。体もようやく落ち着きました。ご迷惑をおかけしました。」

「迷惑ではない。……だが、王都を追放された者を無期限で置いておくわけにもいかん。」

その言葉に、リリシアの胸が少しだけ痛んだ。わかっていたことだ。  
恩に甘えるわけにはいかない。  
ここは軍の拠点。貴族令嬢の避難所ではない。

「当然です。お世話になった分は働かせていただけますか?食事の支度や掃除なら、多少心得があります。」

「構わん。滞在を許す。」

短い言葉で全てを片づけると、カイルは扉に向かおうとした。  
が、数歩進んだところで振り返り、静かに問う。

「……本当に、それでいいのか。」

「え?」

「王都に戻る手段なら、探せばいくらでもある。戻りたいなら、そうすればいい。」

リリシアはしばらく黙り込んだ。  
戻れるものなら――そう、かつての自分ならそう願っただろう。  
だが、あの夜の冷たい視線を思い出すたびに胸が締めつけられる。  
あの場所に、自分の居場所はもうない。

「……戻っても、私を待っているのは侮辱と嘲りだけです。あの場所で、“私”はもう終わりました。」

「終わったと思うのは、自分の勝手だ。」

冷たく聞こえる言葉だった。だがなぜか、責める響きではない。  
指で鳴らすように簡潔で、まっすぐだった。  
自分の終わりを自分で決めてしまうな――そう、言外に告げられている気がして、胸が熱くなる。

「……カイル様は、言葉が厳しい方ですね。」

「隊員からもよく言われる。」

淡々と返されて、思わず小さく笑ってしまう。  
カイルがわずかに眉をひそめ、視線を逸らしたのをリリシアは見逃さなかった。  
まるで照れているように見えて、心のどこかが温まる。

***

それから数日。  
リリシアは砦の厨房を任されるようになった。  
調理といっても、兵が食べるのは味より栄養重視の粗末な煮込みだ。  
だが、材料の切り方を変え、少し香草を加えるだけで香りと味が豊かになる。  
兵たちは最初訝しげに見ていたが、やがて「うまい!」と声を上げた。

「フェインズ嬢が作ると飯が別物だな!」
「包丁の動きが、貴族とは思えん。」

笑いの中に混じる言葉にも、悪意はなかった。  
久しく味わっていなかった温かい空気。  
リリシアは改めて実感した。王都では、誰もが体裁ばかりを見ていた。  
ここでは、手で働けばそれだけで受け入れられる。

午後になると、彼女は砦の裏手で雪掻きをした。  
不器用ながらも丁寧で、息が白く散るたびに頬を刺す寒気が逆に心地よかった。

「令嬢がそんなことをするものではない。」

いつの間にか、背後に立っていたカイルの声。  
リリシアはスコップを止め、笑顔で振り返った。

「動かないと、冷えてしまいますから。」

「風邪をひかれると困る。」

ぶっきらぼうな言い方だったが、それが気遣いだと分かるようになっていた。  
リリシアは胸の奥が少しくすぐったくなり、頬が熱を帯びる。  
こんな感情を、王都で感じたことは一度もなかった。  
アルベルトの笑顔は華やかだったが、そこにあったのは虚飾と軽薄な欲望だけ。

「……不思議ですね。あなたの言葉は冷たいのに、不安にはなりません。」

「そういう風に聞こえただけだろう。」

「でも、救われます。」

その一言に、カイルは少し黙った。目を細め、氷のような瞳に火が灯る。  
何かを言おうとしたそのとき、遠くから角笛の音が響いた。

「敵襲か?」

声を上げた兵が駆け付ける。空を飛ぶ竜たちが一斉に羽ばたいた。  
砦に緊張が走る。  
だが次の報告で、その場の空気が少し変わる。

「西の関所から、王都の使者が来ています!」

リリシアの手が震えた。  
王都――その二文字が、凍ったような痛みを蘇らせる。

「何だと?」カイルの眉が動いた。「王都の使者が、ここに?」

「“緊急の通達を持っている”とのことです。」

砦の門が開き、数人の騎士が雪を踏みしめて現れた。彼らの装束は、王都直属の騎士団のものだった。  
中央に立つのは、見覚えのある顔。  
アルベルトの側近であった男――シュレッド・ローン卿。

「辺境防備軍、竜騎士隊隊長カイル・ヴァーレン殿に告ぐ。」

冷たい声が雪の中に響く。  
カイルは眉をひそめながらも一歩前へ。

「用件を伺おう。」

「王命により、リリシア・フェインズを拘束・連行せよとのこと。罪状は――“国家反逆の疑い”。」

その言葉に砦中がざわめいた。  
リリシアの顔から音を立てて血の気が引く。  
一瞬、何を言われているのか理解できなかった。  
国家反逆? そんな馬鹿な。  
王都を追放されたときでさえ、それほどの罪名はなかったはずだ。

「私が……反逆、ですって?」

「陛下に無断で国外行きを企てたとの報告があり、その他も調査中とのこと。ご同行を。」

「そんな……!」

兵たちが一歩前に出る。その動きに、カイルが静かに剣の柄へと手を掛けた。

「この砦の管轄は辺境防備軍だ。勝手な逮捕は認めない。」

「しかし、王命だぞ!」

「俺には直接の書状が届いていない。帰れ。」

その声音は低く、だが確実に威圧感を帯びていた。  
シュレッドの顔が歪み、苛立たしげに吐き捨てる。

「辺境の騎士ごときが王命に逆らうのか!」

「俺は、理不尽には従わん。」

沈黙が流れた。  
リリシアは息もできずに二人の間を見つめる。  
雪が舞い落ち、静かな殺気が辺りを包む。  
やがて、シュレッドは舌打ちをし、背を向けた。

「この件、王都に報告させてもらう。貴様もただでは済まんぞ、竜騎士!」

去っていく一行の背を見つめながら、リリシアはようやく膝の力が抜けた。  
その肩に、カイルの手がそっと触れた。

「怖かったか。」

「……はい。でも、ありがとうございます。」

「感謝はいらん。……だが、もう少し詳しく話してもらうぞ。」

冷たい声音の奥に、確かな信頼の気配があった。  
リリシアは小さく息をつき、震える指で胸を押さえた。  
王都は、まだ彼女を許してはいなかった。  
それどころか――新たな火種が彼女を狙っている。

(続く)
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