追放された伯爵令嬢は、辺境の竜騎士様に拾われて愛されすぎています ~あの時見下した婚約者たち、今さら後悔してももう遅い~

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第2話 冷たい言葉と壊れた夢

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リリシアが目を覚ましたのは、薪がぱちぱちと音を立てる暖かな部屋の中だった。  
厚手の毛布が掛けられ、頬に触れる空気は柔らかい。まだ身体の節々が重かったが、死の淵で感じたあの寒気はすでに遠い。  
天井は木造で、窓の外は白い霧。淡い光が差し込んでいる。

「……ここは?」

小さく呟くと、ドアの向こうで何かが動く音がした。  
すぐに扉が開き、長身の男が現れる。  
灰色の外套の下に鍛え上げられた体、漆黒の髪、鋭い瞳。昨夜、竜の上から現れた男――。

「気が付いたか。」

低い声が静かに響いた。まるで命令を告げるような声音。  
男は近寄り、簡素な木のテーブルの上にある椀を指差す。

「湯を。飲め。」

言葉少なにそう告げると、部屋の片隅に置かれた椅子を引き、そこに腰掛けた。  
リリシアは少し戸惑いながら、差し出された湯を両手で受け取る。  
温かさが冷え切った指先へと染み込み、じんわりと身体に戻っていく。

「……助けていただいたのですね。」

「放っておいたら、死ぬ。」

あまりにも簡潔な答えに、言葉を失う。  
それでも彼の声が不思議と冷たくは感じなかった。無駄がなく、ただ事実だけを告げている。

「ここはどこなのですか?」

「辺境の砦、《ヴァーレン要塞》だ。」

「要塞……」

そう繰り返すと、記憶の端に、地図で見た名が浮かんだ。  
王都から遥か遠く、雪と岩に閉ざされた北の国境。人が住める場所とは思えない厳しい環境――そこに存在する軍の拠点だった。

「竜騎士隊の拠点……貴方が隊長、ですか。」

「そうだ。」

確認すると、彼はうなずいたが、それ以上何も言わなかった。  
彼の沈黙は不思議なものだった。気まずさではなく、ただ空気を静かに保つ沈黙。  
竜のように寡黙で、重みがある。

「私は……リリシア・フェインズと申します。ご迷惑をおかけして――」

「その名は知っている。」

カイルは短く言った。  
リリシアの心臓が強く跳ねる。知っている? まさか。

「王都の噂は、辺境にも届く。王子に婚約を破棄された伯爵令嬢、だとな。」

その一言が刃のように突き刺さる。  
身体の奥がじくりと痛む。あの夜会の光景が脳裏に蘇る――人々の嘲笑、セレナの甘い声、アルベルトの冷たい瞳。

「……ええ。その通りです。」

わずかな間を置き、彼女は静かに答えた。  
逃げても仕方がない。知られているなら、否定する理由もない。

「王都では私のことを冷酷な令嬢と呼んでいたかもしれません。でも、私はただ……家の立場を守るために努めていただけです。」

「言い訳する必要はない。」

リリシアは一瞬、言葉を失った。  
その声に詰められていた鋭さが、彼女の心に何かを突き動かす。

「……どういう意味ですか。」

「王都の噂など信用する価値はない。俺は、目で見て判断する。」

その言葉は短く、しかし妙に心の奥に落ちた。  
誰もが“噂”で彼女を測った。だが、この男は違った。  
冷たい声で、真っ直ぐに言い切る。

「それにしても、なぜ雪山に?」

「追放の途上でした。王都を出たあと……馬車が動かなくなり、御者も帰ってしまって。」

「一人で?」

「他に行くあてもありませんでした。」

カイルは眉をひそめた。  
その反応は一瞬だが、叱責でも憐れみでもない。ただ、理解と判断の気配。

「生き延びたのは運が良かっただけだ。」

「……そうかもしれませんね。」  
リリシアは淡く笑った。その笑顔に痛みが滲んでいた。

沈黙が落ちる中、外で風の音が鳴る。  
カイルは立ち上がり、扉へと向かう。

「休め。明日までここにいろ。」

「助けていただいたのに、本当にありがとうございます。」

「俺は放っておけなかっただけだ。」

そう言い残して、彼は出て行った。  
その背中を見送ると、リリシアはようやく深く息をつく。  
揺らめく薪の光の中で、自分の両手を見る。  
王都では、何一つ掴めなかった手。誰も握ってくれなかった手。  
だが今、その手を救ってくれたのは、見知らぬ辺境の騎士だった。

(……私、まだ生きてる。)

胸の奥で、かすかな熱が灯る。

だが、平穏は長く続かなかった。  
翌日、リリシアが目を覚ますと、砦の外は吹雪に包まれていた。  
何人もの騎士が忙しなく動き、竜の咆哮が響く。  
外を見た瞬間、彼女は息を呑んだ。巨大な銀竜が翼を広げ、雪風を切って飛び上がる。  
その背に黒衣の男――カイルがいた。

彼の声が風を裂くように響いた。

「北方境に敵影確認!全騎、出撃だ!」

兵たちが一斉に応じる。  
竜たちの鳴き声が空を揺らし、砦の雪壁が震える。  
リリシアは窓に手を当て、その光景を見つめる。  
あの厳しい声の裏にある責任の重さ。  
彼がどんな世界で戦っているのか、少しだけ分かった気がした。

やがて夜。吹雪が収まる頃、扉が開いた。  
カイルの姿は雪に覆われ、肩に小さな傷があった。  
リリシアは思わず立ち上がり、駆け寄る。

「お怪我を!」

「かすり傷だ。問題ない。」

そう言いながらも、その声は疲れていた。  
リリシアは布を取り、血の滲む腕にそっと巻く。  
彼が軽く眉を動かす。

「手慣れているな。」

「昔、弟がよく怪我をしたので。少しだけ心得があります。」

空気がふっと和らぐ。  
薪の火が音を立て、外の寒さが嘘のようだった。

「王都に戻る予定は?」

「ありません。」

「理由は訊かん。」

「ありがとうございます。」

その返答に、心がほぐれるのを感じた。  
誰も問い詰めず、ただ存在を受け入れる人間。  
それが、どれだけ久しく感じていなかった感情か。

その夜、リリシアは毛布に包まりながら思った。  
この出会いは偶然なのか、それとも――。  
いや、そんなことはまだ分からない。  
けれど、確かに何かが変わり始めていた。  
冷たく絶望だけしかなかった世界に、微かな温度が戻りつつある。

外で竜の遠吠えが響き、砦の灯が揺れる。  
その音に耳を傾けながら、リリシアは静かに目を閉じた。  
彼の低い声が、どこか優しく記憶に残ったまま。

(続く)
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