亡者とリンクする

カトリ

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二日目(1)

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【二日目】
7.
    二日目のガイダンスは行かない事にした。
 必修科目についてのガイダンスは昼からだ。
 私は、原稿用紙とスケッチブックを抱えて稽古場に向かった。
 引き戸は、閉まっていた。
「あ……。あー……」
 そうだ。
 ここは、いつでも誰でもいる訳ではないのだ。
 特に、今はとても混乱してて稽古なんてしてる場合じゃない。
 私は、引き戸のガラスから見える稽古場をぼんやりと眺めて突っ立っていた。
「なぁにが、『あー』だ。お前何やってんだよ。原稿進んでんのか?」
 振り返ると、金本部長が立っていた。
「退け」
「あ」
 金本部長は、鍵を開けてくれた。
 からからと引き戸が開ける。
 木造の稽古場は、一つあった教室一つを潰した様な所で。
 黒板には大きく「五月の公演を絶対成功させる!」と、大きくチョークで書かれていた。
 私たちが初めて見学に行った日には、なかったものだ。
「あ? あれか?」
 煙草に火をつけながら、金本部長は私と同じ方向を見た。
「俺が書いた」
 黒板が、ぼんやりと煙でぼかされていく。
「台本ができたらこっちのもんだからよ」
 ま、部の大半の奴らは無理だと思ってるだろうけどな。
 部長は笑った。
 それは、自嘲に近かった。
「白山がいなきゃ、なんもできねぇなんて……ホント、情けない話だよな」
「あの……」
「うん?」
「私、まだ、全然書けてないんですけど……」
「うん」
「部長さんは、どうしてここに来たんですか?」
「なんとなくだ。お前は?」
「私は……ここにいれば少しでも白山さんと、リンクできる様な気がして──」
「そうか。ラッキーだったな」
 金本部長はパイプイスを出して、座った。
 無精髭でざんばらな、肩までかかった髪。三白眼。
 でも、部長の横顔は、とてもキレイだった。
 今日もとても天気が良く、青が稽古場に落ちてくる。
「で」
「は?」
「書けそうか?」
「あ、ええっと……まあ──」
「大見え切って、白山ブックまで持ち出して、それでも続きは書けないか?」
「その、まだ……フレーズが──」
 私の言い訳は、だんだんと小さな声になっていく。
「俺でも書けなかった。当たり前だ」
 部長は煙草を、あの缶に捨てると、また新しいのをジーンズのポケットから取り出した。
「お前さぁ」
「はい?」
「白山の事、知ろうとなんてすんなよ。それこそ時間の無駄だよ。俺はさ、ただ続き、書いて欲しいだけなんだからさ」
「……はぁ」
「台本、返したんだったら、その白山ブックも返したらどうだ?」
「え?! これっ、これはっ、これはダメですっ」
「どうして?」
 金本部長に睨まれると、体がすくむ。
 この人は、蛇に似てるな、と思った。
 恐かった。
 でも、これだけは返せない。
「文野よ」
「は、い……」
「連絡先教えろ」
「え?」
「原稿出来た時に、ここが開いてなかったら意味ないだろうが。誰に渡すんだよ」
「あ」
 私は慌てて携帯を取り出した。
 部長も携帯を開いて、赤外線操作をしている。
「俺が受信すっから」
「あ。はい」
 私は自分の情報を、赤外線で送る。
 少し、不思議だなぁと思う。
 見えない電波が、確かにそこにあって、情報を交換する。
 けれど、肉眼ではそれを決して見れないのだ。

 それは、まるで、日本を出た事のない私たちが、世界の悲惨なニュースをテレビで見てる感覚に似てると思った。

 肉眼では決して見れない。
 けれど、それは「情報」として、確かに頭の片隅に存在している。
 不思議な、気分だった。
「おい」
「え? あ」
 赤外線交換は、既に終了していた。
 私は携帯をパチンと閉じた。
 静かに、深呼吸をする。
「あの、部長さん」
「ん?」
「私、白山ブック見てて、気付いたんですけど……」
「なんだよ?」
「今までの台本、全然、読んでないんですけど、でも、その──白山さんは、きっとすごいハッピーエンドで素敵なお話を書いてたと思うんです」
 金本部長の三白眼が、見開かれる。
「なんで、そう思った?」
「これ……」
 私は、スケッチブックをパラパラとめくった。
 最初のページは、楽しいニュースや雑誌の記事ばかり。おそらく、白山さんの尊敬する作家さんや有名人などの切り抜きもある。
 幸せに、溢れるページが続いてく。

 けれど……──

 それは、ページが終わりに近付くにつれて、変わっていく。
 事故。災害。戦争。紛争。暴動。自殺。殺人。死、死、死、死、死……──

 人が、死んでしまうという事。

 そういう事に、酷く密接した記事ばかりが目立つ。
 白山ブックをパラパラめくっていた私の腕を、金本部長は立ち上がり、近付いて……叩き落とした。
「止めろ」
 ベルが鳴る。
 時刻は、気付けば正午になっていた。
「後、ちょっとなんです」
 そうだ。
 後、ちょっとなのだ。
 後ちょっとで……あの物語の謂わんとしている事が分かりそうなのに。
 フレーズが、出てきそうなのに。
「お前、夕方から空いてるか?」
「え?」
「また連絡するわ」
「あ、待って下さい!」
 気がつけば、叫んでいた。
「どうして、どうしてみんな……この白山ブックを見ないんですかっ?! 何が恐いんですか?!」

 する事もないのにここに来るのは、白山さんの影を追ってるからでしょう?!

「なのに、どうしてっ……!」
 金本部長は、また蛇の様に私を睨むと、稽古場を後にした。
 残された私は……また、俯くしかなかった。
「白山さん……どうして、死んじゃったんですか?」
 独り言が、静かに床に落ちて、溶けた。

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