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清世の泉へ
しおりを挟む「大体五行使った遊びをやっとる事が間違っとんねん」
快は口をとがらせて眉根を寄せていた。
夕焼けに照らされたあぜ道。自転車を押しながら、快を見遣る。
「あら。自分は自然の気を集められもしないくせに、でかい事言うわね」
快の整った顔は、途端にふてくされた。
「うっさぃわぃ! お前かて放つ事できんくせに!」
「ま、お互い様という事でっ」
「お前が言い出したんやろ?!」
邪気払いとして教わる事は幼い頃から一通り学んではきたけれど、バランスの悪い私たちは特に「自然の気」について耳にたこができるぐらい説かれてきた。
「自然の気を犯そうとする者、そこからも邪気は生まれるっ──でしょ?」
「……つまり踏み込んだらあかん領域に入ってしもたって訳やな」
二人の足が、同時に止まる。
田んぼの回りにぽつぽつ立てられた中の一つの家──そこに、「佐藤」の表札。
「ここか……」
二階のカーテンが閉められた窓。そこから、不穏なものを感じ取る。
まさに、邪気が充満している様だった。
「こっから邪気の系統分かるか?」
「ううん。家に入ってみないと、きっと分からない」
邪気にも系統がある。
自然の気を放って邪気を払う訳だけれど、どの気が一番有効か──例えば、風、土、水……どれが一番欠乏してるかによって、溜める自然の気が決まってくる。
「感じとったら、すぐに溜めに走れよ」
「うん。その間に邪気引き出して飲まれない様にね」
仕事の前に必ず言う言葉を互いに言い合い、インターホンを押した。
お母さんだろうか?──暗い声が、応答した。
『はい』
「すいません、私、由比さんの友達で……学校のプリント持ってきたんですけど──」
続けようとしたら、ドアがきぃと開いた。
そこから、邪気が溢れ出てくる。
「快、これ……」
「こーんな田舎でここまでのもんに出くわすとは思わんかったな……」
その邪気は、「全て」が欠乏していた。
「応援……呼ぶ?」
少したじろいだ私を睨んで、快が叫んだ。
「いや、走れ! 香穂子っ!」
「わ、分かった……っ」
全てが欠乏していると言う事は、全てを集めなければいけないのだ。これは、相当走り回らなくてはならない。
快の愛想笑いを聞きながら、私は自転車を走らせた。
空が段々と紫色になっていく。
暗くなる前に、「清世(きよ)の泉」へと走る。
大体の邪気払いはこの泉で気を集めればなんとかなる。
だけど……──
「今回はここだけじゃ、きっとダメだ……」
清世の泉で集められる気は、緑、風、水、土……光は、まだ夕日でなんとかなるかもしれない。
着いてから邪気払い用の布、「気布(きふ)」を取り出す。
大体は一枚で事足りるのだけれど、今回は三、四枚あった方がいい。
そんなに多くの気を、この場所から取ってしまっては土地が枯れてしまうので、せめて、二枚。
「残り二枚は、なんとかしようっ」
気布を二枚垂らすと、それに火をつける。
気布は最初に人間の気を込めてあるので、燃えはしない。まず火の気を閉じ込めてから残りを集める。
「緑よ、風よ、水よ、土よ……そして輝く陽の光よ、今ここに、力を貸したまえ……」
まばゆい光が泉から放たれて、一気にスパークする。
そして、オレンジ色の気布が出来上がった。
「できた……。残りは、二枚」
清世の泉だけに頼ってるだけじゃダメだと感じていた私は、一つ、開拓していた場所があるのを思い出した。
「でも……あの場所、大丈夫、かな──」
そこは、小さな洞窟を抜けた所にあったのだ。
真っ暗になってしまった森の中。
快の事も心配だ。時間が、ない。
懐中電灯で照らしながら洞窟の中を歩いていく。
まだ確認はしていなかったけれど、もしかしたら……抜けた先で月が見えなかったら、光の気を集める事ができないかもしれない。
心臓が、きゅっと痛くなった。
「大丈夫……大丈夫──」
言い聞かせながら、抜け出た先。
目に飛び込んできた、光の海。
「わ……まん、げつ」
満月が、小さな池に反射して輝いていた。
自然の力は、本当にこんな時偉大だと感じる。
「ん~っ、大感謝っ!」
嬉しい気持ちを抑えながら、気布を出す。
今度の気布は、まばゆいばかりの黄金色だった。
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