餌をあげてた狸が女の子の姿でアシスタントにしてくれと来たけど俺は漫画家じゃない。

D−con

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1章 家族になろう

タヌキ、絵を描くみたい

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 仕事を終え、俺は家路を急ぐ。
 いや、我ながら今日の俺の仕事っぷりはキレが違ったね、モチベーションが高いってこういう事か。

 タヌキよ!私は帰って来たぞ!!
 アパートの前まで来て俺の心が叫んだ。

 これで部屋に誰もいなかったら俺はどうなるんだろう。
 正直、現実では有り得ない、夢でしたって考えるのが正しい話だ。
 狸に化かされたってやつかも知れない。
 でももしも、これが俺を壊す夢でも、俺はこれを見ていたい。

 もう1人は嫌だよ。
 俺には自分が生きてる意味が分からなくなっていた。
 夢も希望もない、確たる趣味も楽しみもない。
 ただ働いた分だけお金を貰ってその金で生きていく。
 生きてる事は自転車をこぎ続ける事に似ていると思う。

 労力の分だけ進んで、時には綺麗な景色も見るだろう、新しい出会いもあるだろう、でもそれは労力に見合うのか?
 俺にはそれが分からなかった。
 職場の人に聞いてみても分からなかった。

 自分よりも年上で同じ地元から出て来ている人は一人で東京で色々な所に行くのが楽しいという。
 アニメ好きの店長は休みに引きこもっていても幸せそうだ。

 俺にはどちらも理解出来なかった。
 休みの日に一人で気ままに電車に乗って遠出なんて疲れる事をするなんて信じられないし、俺もアニメは好きだけど無ければないでいい、生きる理由には到底ならない。
 
 東京で独りぼっちで俺は色々分からなくなっていたんだ。

 もし部屋に朱花がいなければ俺は唯一の癒しだった狸も無くすのかな。

 大きな音がなるのも気にせずに階段を駆け上がる。
 玄関を開けた先には変わらず彼女の赤い靴があった。

「ただいま。」

 恐る恐る声を出して俺は進んでいく。

「お帰りなう。」

 いた。
 狸は女の子の姿で今もいてくれた。
 テーブルに座る彼女はこちらを見ないまま鼻をすんすん鳴らす。
 仕事終わりの俺には後ろ姿でも彼女が天使みたいに見える。
 小柄な全身、華奢なのに柔らかそうな四肢、俺の大好きなちょこんって縛ったふわふわの髪。

「安定の油の匂いなう。」

 そんなにか?自分ではよく分からないんだよな。

「シャワー浴びようかな。」

「どうでもいいな、それよりこれを見るなう。」

 座ったままの朱花が自分の描いていた絵を指差す。
 覗き込んで見てみるけど、なんだろこれ?
 二人の人間か?
 周りには邪術とかで使われそうな奇怪な文字が配置されてるし、何だろ?
 神話とか?神様の胸に堕天使が剣を突き刺す的な?

「どうだ?鼻血出そうか?」

 はふんと鼻息も荒く朱花がキラキラした目で俺の顔を見てくる。
 これ、エロい絵なの!?全く分からん。

「やっぱりロリコンにはまだ早かったなうな。」

 ため息を吐かれたけどこんなん誰にも分からないよ。
 エロさなんて一欠片も見当たらない。
 ところで、ふと思ったんだけど。

「朱花は字って書けるのか?」

「読む事は出来るなう。」

 ダメじゃねーか。
 そもそもよく見ればシャーペンの持ち方がおかしい、ただグーの形で握ってるだけだ。

「ちょっと、貸してみろよ、持ち方教えてやる。」

「なう、それより夕ご飯は?」

「・・・。」

 忘れてた、俺にいたっては今日朝からまだ何も食べてないぞ。

「なんか、食べに行くか?」

「なう、行くかなう。」

「おう、なんか食べたい物あるか?」

 マジか!女の子とご飯だ。
 東京来てから1年半、人とご飯食べるのがこれで4度目だ。
 1度目はこっちに来た日に店長と挨拶がてら、2度目は旅行のついでに寄った母さんと妹と、3度目は顔を出した会社の上司と。

 そして、これが4度目だ!!
 心の中の俺は両腕を天井に突き上げて叫んでるぜ。

 「さっぱりした物でなう、油の匂いを嗅ぎすぎて揚げ物はこりごりなー。」

 そんなに!?
 本当にか?とりあえずすまない事をした。

 俺は部屋をファブっていく、せめてTシャツだけでも着替えるか。

「よし、今日は寿司でも行くか?」
 
 俺の言葉に朱花がピョンって立ち上がった、おー、柔軟な膝ステキ。
 っていうか、こいつ俺の服を重ねて座布団がわりにしてたな、グシャグシャのペシャンコになってる。
 座布団買ってくるか。

「早くお寿司行くなうよ、油くん。」

 寿司が好きなのか上機嫌に俺の肩に手を回してくる狸美少女、くそー、悪い気はしないぜ。

「すんすん、シャツを変えたのは無駄な足掻きだったなうな、油おじさん。」

 小さい口をにやんとさせて朱花が笑う。
 まだ油臭いのか、うー、だからシャワー浴びるって言ったのに。

 
 複合施設の中の寿司屋のテーブル席で食事を終えた。
 小さな手が寿司を掴み小さな口が幸せそうにほうばる姿は永久保存したかった。

 店員が俺に向けて来ていた意味深な視線は俺の幸せを妬んでいたんだと思いたい。
 そうだと信じたいです。

「ごちそうさまなう。」

「うん、喜んでもらえて良かったよ。」

 食べ終わってからも朱花はご機嫌だった。
 俺も・・・人と食べるご飯がこんなに幸せなものだったって、おかげで思い出せた。

 因みに今回は回らない寿司に来た訳だけど見栄を張る為にそうしたんじゃない、俺は一人で外食は出来るんだけど、混んでる店には入れないんだよ。
 東京に来てから見かける回転寿司はいつも混んでるから俺は未だに入れてない、ただそれだけなんだ。

「せっかくだから漫画の原稿用紙とかペンも買ってくか?」

 近くに本屋があるし、多分売ってるだろ。

「まだいいなう。ここに100均入ってるからノートとかもっと欲しいなう。」

「ん、分かった。」

 確かにこいつの絵はまだまだ練習が必要だしな。

「しかし、店の事とかも知ってるんだな。」

「はふん、あたしは人の近くで生きることにした人里狸だからなう。」

 ひとざとダヌキ?
 狸にそんな種類があるのか?

「山で生きる事を決めた狼狸もいるなし、海で生きていく事を選んだ鯨狸もいるなうな。」

 ・・・なにそれ?
 フラグじゃないよね?
 そんなよく分からない生き物に出てこられても困るよ。

 それから2人で100均でルーズリーフを買って、平仮名と片仮名の練習帳も買ってやった。

「ノートじゃないなう?」

「ルーズリーフの方が失敗した時にすぐ捨てられるし、ネームも描き直すのが楽だと思うんだよ、個人的には、だけど。」

「ネーム?ペンネームなうな?」

 ああ、歩きながら首をかしげる姿が可愛いな。
 頭撫でたい。

「ネームは漫画の設計図な、簡単な絵でどういう話にするか決めるの。」

「なうか。くわしいなう。」

「・・・少しな。」

 俺は高校中退でそこから5年位は仕事もしなかったんだ。
 自分は人と一緒に働くのは無理だって勝手に思ってって漫画家になるしかないんだって思ってた。
 自分では頑張ろうとしてただけで、頑張れてなんていなかったんだよな。
 夢と言う程キラキラしていた訳じゃなくて、ただ何も無い俺が縋りつこうとした細い糸が漫画家だった。

 そもそも俺は絵を描く事自体がそんなに好きじゃなかったからな。

「ほんの少しだけだよ。」

「なう、エロいの描いてたなうな?」

 ・・・なんだ両手をグーにして目をキラキラさせてるんだよ。

「描いてない、朱花こそなんでエロ漫画なんだよ?」

「よく聞いたなう、エロこそ生物の本能な!エロ漫画はそれを自分の手で生み出せるなう!崇高なるそれは神に等しい行為なう!分かるなうな?」

「・・・。」

 いや、全く分からなかった。
 違う事を考えてたとかそんなんじゃなくて普通に理解出来なかったなう。

「コンビニで明日の朝飯買ってくか?」

「買うな!サンドイッチなう。」

「はいはい、レタスとハムな。」

 俺は飲み物があれば朝は何も食べないし、こいつの昼飯も一緒に買っておくか。

「ちゃんと覚えていたなうな、偉いな油おじさん。」

 嬉しそうに笑って朱花が俺の肩を叩いてくる、あー、奥歯は少し尖ってるんだな。
 総合的に超かわいい。
 本当凄いかわいいわ。
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