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漫画家を目指す、1人と1匹
タヌキと競馬に行く 前編
しおりを挟むさて、土曜日の仕事が終わった。
最近土曜日の夜は妙に店が忙しい、疲れた。
そしてネットで買っておいた競馬は気付けば八千円負けていた、おかしい、二千円ルールも守れていないし、固めに買った筈なのに一枚も当たらなかった。
おかしい、神様が俺には楽をさせないという強い意志を感じる。すでに今年の夏のボーナスは課金と馬券に消えている気がする。
それはさておき、昨日休んだばかりなのに明日も休みだったりする。
どうしようかな、夕ご飯に煮込みラーメンを作りながら考える。
今はテーブルの上を片付けたから休んでるけど、朱花は今日もずっと漫画を描いていたみたいだ、下書きが大分進んでいる、明日もきっと頑張るんだろうしその横でゴロゴロしているのは辛い。
ちなみに朱花は今俺の後ろでなんかスンスンしてるけど、ラーメンの匂いを嗅いでるんだよね? 油おじさんの匂いじゃないよね。
「よし、決めた! 俺は明日競馬場に行く」
「競馬なうな? 面白そうなうな」
独り言のつもりだったが朱花が後ろから肩越しに顔を突き出してくる。
いちいち可愛いな。
「お、朱花も行くか?」
「当たり前なう! 家族なうな!」
「お、おう、じゃあ一緒に行こうな」
くっ、急に家族とか恥ずかしくなる事を言わないでほしい。
てっきり、漫画を描きたいのかと思ってたけど・・・でも、そうか、思えば休みはいつも一緒に過ごしてるんだもんな。
本当、いつもありがとうございます。
俺がもし造型師だったら朱花のフィギュアを作って毎日朝晩拝むよ、出来れば下から見るとパンツが見えるタイプで。
よし!! 明日は朱花と競馬だ! 勝利の女神がにんまり微笑んでる気がするぜ。
さて、昼過ぎに競馬場に来ました。
俺は競馬場には来た事あるんだけど、実は東京開催の日に来たのは初めてだ。今までは他の競馬場でやってるのを設置されてるテレビ画面で見るだけだったんだよな。
「お、あそこに馬がいるぞ」
「いたなうな」
狭い場所を回る馬たちがいて、それを人垣が囲んでる。そうか、これがパドックという奴か、慣れた人たちはここで馬の調子を見るんだろ? 俺が見ても全く分からないけどな。
「競走馬狸達め、なかなかの風格なうな。」
「な、馬って改めて見ると大きいな。っていうか、その色んな生き物に狸って付けるのはなんなの?」
俺は今まで疑問に思っていた事を遂に口にした。朱花はキョトンと俺を見る。
「そうか、油おじさんは知らないなうな。・・・話せば長くなるなう・・・」
えっ、長い話なの? 別に狸が馬に化けてる訳じゃないんだよな?
「世界は一匹の女神狸から始まったなう。」
お、おう、女神だぬき?
なんの話が始まるの?
「女神狸から生まれた狸はいっぱいいたなう、そして狸達は住む場所によって姿を変えていったなう。海に入れば魚狸に、大きくなって象狸に、道具を使って人狸に、そして時間が経って他の生き物は自分が元は狸だった事を忘れてしまったなう、油おじさんの様になうな。それでもあたし達純潔の狸だけはその事を覚えていて、他の生き物を狸って呼んでいるなう、誇りを忘れないように。」
・・・なにそれ、神話なの?
おおう、否定する事は出来る、何となく生きているだけの俺でも薄っすらと生物がどうやって進化してきたのかは知っているから。 でも、俺はそれを否定しない、違うという事は出来てもちゃんと理論立てて説明する事は出来ないから、なによりそれを語る朱花の瞳がキラキラしてるから。
「そ、そうなのか・・・」
結果、うまい具合に流す事にした。
いいんだよ、正しくなくたって、自分の信じたいものを信じれば。
「朱花は馬を見て調子がいいのかとかは分かるのか?」
「おちんこを見れば元気かどうかは分かる気がするなう」
やめろ!! その判別方法なら多分俺でも分かるけどやめろ!!
「よし、中に入ろう!」
俺は朱花の手を引いて建物の中を目指す。
その可愛い口と声でおちんことか言うのはずるいよ、それはずるい。
とりあえず記入用紙を確保して、落ち着いて書ける場所を探すかな。
「油おじさん。」
「ん?」
俺がきょろきょろしてると朱花が甘える様に俺の胸を指でなぞる、なんだよ、その悪女っぽいのは。
「油おじさん、あたしも軍資金欲しいなうな」
「・・・分かった。自分で買いたいのか」
朱花が予想したのを俺が買うつもりだったけど、自分が買いたいなら別にそれでいい。
俺は財布を開く・・・五千円札があるし、これでいいかな、一万円だと多い気がするしな。
「ほい、馬券買い方分かるのか?」
「五千円!! おじさん!! そんな大金をいいなうな!?」
いや、いいけど! 大きな声でおじさんって言うのはやめてくれ! 怪しい交際だと思われたらどうするんだよ。 俺はついつい周りの様子を覗ってしまう。
「油おじさん! あたしが軍師としてこの金を300倍に増やして見せるなう! 見てるなうな!」
五千円を掴んだ朱花はそう言って走って行ってしまう、え? まじで? 一緒に行動しないの!? いつ軍師に就任したの?
「ま、迷子になるなよ!」
・・・300倍は無理だろ、150万・・・夢だな。
俺は一人口元を緩めて立ち尽くす、いつ帰って来るのか分からないし、ここを動くに動けない。
自分の予想をするかと携帯を取り出す、今日のメインは京都であるG1レースか、でもせっかく来たんだし目の前を走る東京のレースも買いたいな。
ネットで馬券を買いながら、自信ある所は紙でも買っていく、せっかく現地に来てるんだし目に見える形で自分の予想を残したいよな。うんうん。
・・・外れた。
大丈夫、まだ一レース目、小さなテレビ画面で自分の敗北を知りながらも俺は平静を装う。この二番の馬が来なければ選んだ三頭とも入ってたのに、せめて二番と三番の順位が逆だったら!
「買ってきたなうな」
朱花が戻って来た。俺最初に来た時は馬券の買い方分からなくてあたふたしたのに、この子地味にスペック高いよな。
「何、買ったの?」
見せてと俺は手を伸ばすけど首を振って拒否された。
「秘密なうな。」
「・・・そうなのか。買ったのはどのレース?」
「東京の11レースなう」
なるほど、まだ二時間くらい後か。俺はその間にもちょろちょろ買ってるけど、時間が結構余っちゃうな。
「何か食べ物を探しに行くか。」
この建物は色んな所にお店があるんだよな。俺は一人で来るとフラフラ徘徊しながらレースの度にテレビを見るのを繰り返してたんだ。
「東京のレース始まるし見える所に移動するか」
「油おじさん、買ってるレースなう?」
「・・・俺はこのレースは5番、6番、11番で買ってる。最低でもこの内の二頭が三番以内に入ってくれれば。」
「応援するなうな!」
二人連れ添って外に出る、立ったまま見る事になるけど、ここからだと最後の直線で目の前を走るのだ。
始まった! スタート地点は反対側だからここからじゃ全く見えない、大きなテレビ画面で確認する。11番はいい場所、6番は後方・・・5番はどこだ? とりあえず11番はそのまま頑張れ!
「こいなう! こいなう!」
朱花が手を結んで必死になって祈ってくれてる。
レースは最後の直線に突入する、どうなってる? 俺は走って来る馬に集中する、あっという間に目の前を通り過ぎて行く。
・・・うん、早すぎて何が何だか分からなかった。
慌てて大きな画面に目を向ける、オレの後ろの観客席から大きな歓声! どうなった? 11は? 6は? 5は?
「当たったなう?」
「いや・・・外れた。」
駄目だった、11番がなんとか三着に入ったけどそれだけだった。俺の心に冷たい風が吹く。
「なうなあー。」
がっくりと朱花がしゃがみ込んで地面に両手をつく。なぜにお前がそんなにショックを受ける? 俺はその小柄な少女の微笑ましさに悲しさよりも幸せの方を強く感じる。
「ほら、少し寒いし中に入ろう。」
朱花の目の前に手を差し出すとぴょんと跳びついてくる、蛙か!
俺だけが幸せすぎて、競馬で外れた人に刺されるんじゃないかと警戒しながらそそくさと中に戻った。
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