野狐と大正妖奇譚

狛枝ころや

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気づき

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「んん…」
ふにゃ、と蕩けた目で篠崎が卓に突っ伏した。
「おい、飲み過ぎだ」
「ん~…」
うだうだとしながら、でもお猪口は手放さない。
「もうやめとけ」
「やだぁ」
お猪口を取り上げようとしたらぎゅ、と握りこんで隠されてしまった。
…はぁ、とため息を吐く。
立ち上がりぐんにゃりとした篠崎の体を後ろから抱き起した。
「いい加減にしろ、誰が面倒見ると思ってんだ」
「ん~?…漢三」
とろん、とした顔で微笑まれる。
「…分かってんならやめてくれよ…」
「んふふ…ん~…」
すりすり、と胸に縋りつかれる。
「漢三…♡」
きゅ、と着物を握られてしまい離れられなくなった。
「…ああもう…」
あぐらをかいて座り込む。篠崎はそのまま寝てしまった。


頭を撫でてやりながら考える。
(ここんとこ篠崎の雰囲気がなんか違う気がする…)
七尾との事があってから、どこか、前とは違う…ような気がする。
もしかして…俺の方を向いてくれてきたのか?
…この気持ちに応えてくれてるんじゃ…あー…いや、やめとこう。もし違ったらまた喧嘩になる。

サラサラ、と長い髪を手でもてあそんで口元に持ってきてキスをした。



…足が痺れた。
「篠崎…そろそろ起きてくれ」
ゆさゆさと体を揺らすが「んん…」とこぼすだけで動かない。ため息を吐いて頭を持ち上げ、無理やり脚を抜いた。そっと床に降ろしてやる。
厠へ行こうと立ち上がると着物を握っていた篠崎の手が床にとん、と落ちた。
「…いやや…!…いかんといて…一人は嫌や…」
「ああもう分かったよ…」
しゃがみ込んで撫でようとすると、篠崎は一言呟く。
「母さん…」
頬を涙が伝った。
「……は…?」



…俺は母親代わりなんだろうか。
七緒が言っていた事が本当なら篠崎は両親に捨てられたらしい。寂しい、寂しいといつも言っているけど、そんなものどうやったら埋められるんだろうか…。
…無理だな。
俺はこいつの母親でも父親でもない。ただ篠崎の事が好きなだけだ。愛して欲しいって…そういう事だったのか?
…じゃあ俺なんかじゃ…到底足りないじゃないか。

なんて思い違いをしていたんだ、と頭を抱えた。こんなの、どうしたってこいつの穴が埋められるわけがない。俺の気持ちはただの押し付けでしかない。悔しい。俺は無力だ。篠崎の為だと思いながら篠崎の事何も考えられていない。知らなかった。…知りたくなかった。

今まで捧げてきた愛はなんだったんだろう。悔しさと悲しさと、いろんな感情でぐちゃぐちゃになって声を押し殺して泣いた。
「…漢三?」
いつのまにか上半身を起こしていた篠崎が心配そうな声を上げた。
「どうしたんや、大丈夫か…?なんかあったんか…?」
「…っなんでもない」
「そんなわけないやろ…話してや」
「うるさい…お前には関係ねぇよ」
「…ウチのせいか…!」
「違う」
「ウチのせいやろ!寝とる間に何かしてしまったんちゃうか!?なぁ、漢三!」
ぐしゅ、と腕で涙を拭って言った。
「…っ俺は…お前の母さんじゃねぇよ…っ!」
「…ッ」
「俺は…っお前の母さんでも父さんでもない…っお前のことが好きなだけの一匹の狼だよ…それだけなのに…」
ひぐ、としゃくりあげて息を吸う
「俺をみてくれよ…ッ」
「…」
はく、と何か言おうとして、篠崎は黙ってしまった。
「…っ、う……ふ、ぐ…っ」
ぼろぼろと涙を溢す漢三は今までに見たことないくらい、小さな子どもみたいだった。



ぐずぐずと泣きじゃくる漢三の隣に座って背中を撫でてやる。
「……漢三、あんな。ウチ、父さんと母さんに捨てられてん」
「…知ってる」
「うん…ウチ長男やってんけどさ、目が開いた時、弟妹がようさん居ってんよ。みんな可愛くてなぁ。母さんの乳を奪い合ってよう蹴り合った。」
「…」
「…日を追う毎に弟達の蹴る力は弱くなっていってな。そのうち、一匹また一匹…死んでしまった。ウチ以外みんな死んだ。」
「…」
ずず、と鼻を啜って膝を抱き抱えて聞く。
「今やからわかるんやけどさ、父さんも母さんも九尾やってんよ。ほなウチら子どもに流れ込む妖力も桁違いでな。ウチはそれに耐えられたから生きとるけど…弟達は耐えられんかったんやろうね。みんなようけ…ようけ苦しんで死によった。」
「…うん」
「父さんと母さんはそれ見て大層辛かったんやろね。『もう見たくない』って溢して二人で揃って神格化してしまいよってなあ…残されたウチにはなんも教えてくれんと行ってしもうた。おかげで狩りも身の守り方もなんも分からんで何度も夜襲で喰われかけたわ。」
「…そうか」
「…でも本当に一番危なかったのはな…漢三、おまんに介抱してもらった時の怪我やねん。」
「…」
「漢三は命の恩人や。それに……」
「…なんだよ」
篠崎は本当に言いたいことを飲み込んで伝えた。
「…大事な親友なんよ」
「…」
「やから、そないな気持ちにさせてしまったことは謝る。ごめんな。」
「…うん」
「でも…おまんの気持ちには応えられん。それも…ごめん」
「……。そうか」
「…ごめんな」
「いや、いいんだ。」
「…ありがと」
「……あのさ」
「ん?」
「…体の関係だけでいいから…続けてくれないか」
「……ええよ。漢三がそれでいいなら、ウチはええよ。」
「うん…それでいい。それだけあれば俺は生きていけるから」
「そか」
困ったように笑う篠崎の目にはうっすらと涙が浮かんでいたが漢三は自分の涙でそこまで気づかなかった。


「ほな、寝よ?明日は明臣ん店と龍進達の茶屋に行くんやろ?」
「…おう」
「ん。顔上げて?」
「?」
悲しそうに微笑んだ篠崎が両手で頬を包んで唇にキスをしてくれた。
「…おやすみ」
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