上 下
10 / 26

第二章『とめどなき世界』1

しおりを挟む
道は舗装されていないが綺麗に均され、建物は土や木が基本だが頑丈に造られている。
行きかう人々には活気があり、店先にりんごと思しき物を並べた商店の呼び込みが勇ましい。
文明のレベルは、古代ローマから中世ヨーロッパと言った所。
人々が着ている服も、現代とは別の意義や機能を求めたものだった。
「人が多いね……殆どが普通の恰好?してるね……」
「鎧を着ている人は少ないわね。軽い胸当て位なら、見かけるけど」
「町には魔物は出ないとか……危険は少ないって事かな?それか……ここは市場みたいだから冒険者じゃなくて、普通に町に住んでいる人が多いとか」
「そうね、露店で売っているのは、生鮮食品が多いようだし、冒険者がいるのはここじゃないのかも。でも、町は壁に囲われていなかったから、そもそも安全かもだけど」
ユリアは広い大通りを歩きながら考え込む。
トウタも辺りを確認しながら、あてどなく歩いていた。
人々の間で交わされているの会話は、日本語に聞こえる。しかし、店に書かれている文字は、全く見たことも無いモノだ。
スキルの様な不思議な力で、耳に入る言語が翻訳されているのだろうか?
「眼鏡を掛ければ、あの文字も読めるわね」
ユリアは賢者の眼鏡を掛けて、店の看板を眺めている。
何が書いてあるのか聞こうとしたが、すぐに眼鏡を外して仕舞ってしまった。
「賢者の眼鏡…だっけ?便利そうだし……ずっと掛けておけば?」
「いやよ。私メガネに合わないモノ」
「似合わないって……それって今大事なの?」
「大事に決まっているわよ。知らないの?」
知らない。
と言える筈もなく、トウタは曖昧に頷いた。
「とにかく、どこに向かいましょうか?」
ユリアのわざとらしい言い方に、トウタは不快な顔を見せた。
「……人を試す言い方って好きじゃないよ……お金と情報が必要なんでしょ?」
「悪かったわよ。『質屋か武器屋を探しましょうかい、旦那?』。言い直したから良いでしょ?」
「……なんで下男風?」
トウタとユリアは大通りを外れ、冒険者の良そうな場所を探す事にした。
そこになら、手持ちの武器を換金できる場所が有る筈だ。
「………」
「……どうしたの…ユリアちゃん?」
「なんでもないわ。なによ、確認男の真似?」
「……あれって…真似するものなの?」
ユリアは誰かに見られていることを確信したが、気付いたことをバレない様に振る舞った。
トウタに行ってしまったら、気付いてない演技は無理だろうな、と。
伝える事は一旦止めて、1人静かに指輪をはめ直した。

「もうちょっと高くならないんですか?」
「この剣じゃー、それだけしか出せないな。お嬢さん」
何軒目かになる武器屋巡り。店主とユリアが、カウンターを挟んで言い合いをしている。
基本的にどの店でもユリアが店主と交渉をし、トウタは後ろで様子を窺っている形だ。
2人が売ろうとしているのは、トウタが拾って使っていたレア度Rの剣。
今回の店で掲示された金額は50G。他の店でも似たような値段だったので、相場なのだろう。むしろ、他に少し高い店もあったぐらいだ。
トウタは、また別の店に行くのかと思ったが、ユリアはこの店でまだ粘る様子を見せている。
「私達、お金がいるんです」
「そーは言われても、その剣は10等級だからね」
「10等級って、あれと同じ扱いですか?」
ユリアは店の隅の箱に、乱雑に積まれている剣を指した。
ワゴンセールみたいなものだろうか?箱には30~100Gと見られる張り紙がしてあった。
「あれはー規格外。11等級だ」
「私達の剣、結構いいモノなんですよ」
「まー、9等級…とも言えなくはないなー。だが、使いっぱなしで手入れが出来ていないし、少し曲がってないか?」
「剣は使ってこそ、価値が出るんですよ。戦闘で使っても折れなかったという証明です」
ユリアは店主から目を外し、店内を見回す。
周りの剣の値札をこっそり確認しているらしかった。
「剣の設えが良いのはまー、分かる。使ってこそっていうのもな。だが、スキルの無い武器は、やはり等級は下がるんだー」
「剣はスキル付き、少ないじゃないですか」
「少ない訳じゃないさー。剣と槍は、スキル無しでも需要があるから、スキル無しも多く出回っているだけさー。そもそも、スキル無しの剣の利点は、『安く手に入る』ことだー。だから、これも安いんだ」
「で、でも、その剣……レア度Rなんです……」
トウタが我慢できずに口を挟むと、店主は怪訝な顔をした。
「レア度?……あー、神様はそんな言い方するんだっけか」
店主は2人を見比べ、ニマニマと笑い出す。
「神様の勉強しているってことは、坊主の方は金持ちのボンボンかー?嬢ちゃんは抜け目がなさそうだな……美人だが踊り子って体つきでもないし、坊主の所のメイドで、まんまと駆け落ちってとこかー?」
「客が誰かなんて、どうでもいいじゃないですか?」
「悪い悪い。いや、剣はその値段だが、お嬢ちゃんが付けている指輪なら、2000Gを出せるぞー」
「この指輪は、身を守るために必要な分です」
「指輪がダメなら……僕の手甲を売る?」
「それは、しまってて」
トウタは戦闘で使った手甲を取り出そうとしたが、ユリアに鋭く止められた。
「て、手甲は使うもんね……なら、こっちは?」
「ば、バカ!」
「え……?」
トウタが懐から短刀を取り出すと、ユリアに腕を掴んで止められた。
それは刀身に炎を付与できるレア度Nの短刀。ユリアは慌てて短刀をトウタの懐に押し込もうとしたが、既に遅かったらしい。
「おー!その短刀は価値がありそうだ!見せてくれー!」
「あ……」
カウンターを乗り越えてきた店主に、短刀を奪われてしまった。
「これは……5万Gは出せるぞ!」
「5万Gって……凄いの?剣よりは上っぽいけど?」
ユリアに尋ねると、難しい顔をしたまま答えてくれる。
彼女は少し考え込んでいるようだ。
「市場の値段を考えると、1Gが100円位だったわ。だから500万円ってところ」
「うそ!でも……レア度Nだよ?」
トウタが混乱していると、店主が苦い顔をした。
「ワシはレア度って言い方は嫌いだー」
「そう……なんですか?」
「武器は誰かが作るものだー。様々な経験を越え、種々の技巧を凝らし、精々の丹精を込めて作り上げる。それを皆が10段階で評価するんだ。それなのに、レア度っていうと、『たまたま良いモノが出来た』って感じじゃないかー。まー、神故の視点と言うやつなんだろうが」
「そうですね……すいません…」
「いや、金持ち貴族は、神に仕えるモノ。坊主がそう育てられたのも、無理はないだろう。教育ってヤツだー」
「そんなことより、その短剣は売る気はないんです」
うっとりと眺めている店主から、ユリアは短剣を取り返した。
「そんなー!でも、お嬢ちゃん、金は要るんだろー?」
「要りますけど、これはお金にしません。それに売ったとして、払ってくれるお金はあるんですか?」
ユリアは売却の意思を少し覗かせる。
本当は情報収集が主な目的であったが、欲しいものが手に入るのであれば逃す手はない。
「んー……分割で」
「一括で要るんです」
「んーそうか……来月には工面できそうなんだけどー」
「私達は、すぐに王都に行くんです。来月のお金なんて、当てにできません」
「王都に?何しに……あー、新しい神の使徒が現れるんだっけか?見に行くのかい?まさか、仲間に加わろうってんじゃないだろうなー?」
「目的は色々あります。なんで私達が、仲間に加わろうとしていると思ったんですか?」
「そういう若者が多いからなー。世界を救うために、神の使徒と一緒に魔王を倒すってなもんだ」
「魔王……?」
店主の言葉に、トウタとユリアは顔を見合わせた。
剣と魔法とモンスター。それに神の使徒に魔王と来た。自分達はゲームの中にでも迷い込んでしまったのかと、胸中の不安が大渦を巻く。
ユリアとしては更に話を聞きたかったが、この店主に無知を晒すことはリスクになると判断。泣く泣く情報収集は切り上げる。
その代わり、ここからは交渉だと腹を括った。それもルールすら知らない世界でのブラフという、ゲームの世界チャンピオンも真っ青な命知らずだ。
「そうなんですね。でも、私達の目的は色々です」
「そうかー……」
ユリアは曖昧に濁して、多くを話したくない理由を匂わせた。
若さゆえの過ちなのか、金持ちしか分からない使命があるのか、世事に疎い阿呆なのか。
断定材料に乏しい筈の相手に、勝手に邪推して貰うしかない。
目論見通りに行けば、店主はある提案をしてくる筈だ。
「で?一括ならー、という訳かー」
「……売るとは言ってませんけど」
「まー、まー、交渉次第と……うーん……どうすべきかー」
店主はこれ見よがしに考え込む。
彼はトウタとユリアを交互に見比べていた。
「……」
ユリアにできる事は、不遜を気取る事だけ。
この世界の知識が乏しく、これ以上言葉を重ねる事が出来ないのだから、言葉無き交渉をするしかない。
彼女が引き出したい提案は、店主側にもリスクがある、恐らくは違法なもの。
だからこそ、目の前の小娘とボンボン息子に行っても良い物なのか値踏みさせる。
通常の商取引であれば、金銭が有限の保証となる。
騙されても失うのは支払った金だけだ。
しかし外法であるのであれば、金銭は信頼の代わりになってはくれない。
どちらかがヘマをすればもう片方にも危険が及ぶ、言うなれば運命共同体……とまではいかなくても、仲間として扱わなければならなくなる。
ある意味では違法な取引の方が、相手を知り、己を売り込む。真摯な取引と言えるかもしれなかった。
「提案があるんだけどさー」
店主は考え込んだ後に、カウンターに引っ込んだ。
「現金は用意できないが、旅に必要な色々なものは用意できるんだー。うちで揃えていかないかー?」
「私達が持っていないもの?」
「あー。お前さん達、訳有りだろー?」
待ち望んでいた店主の提案。
顔には出さないが、ユリアは肩の荷が下りた気がした。
旅の一式、武器、地図、食料、身分証明書、社会常識、その他諸々。
2人には足りない物が多すぎる。店主がどの事を意図しているのかは分からないが、その全てが欲しいモノだ。
勿論店主の笑みは、言外に違法なものも揃っていると語っていた。
「私達がここにいることが分からないように、一式用意できますか?」
「偽名で必要ってことかー?少し高くなるけどいいかい?」
白々しく店主は躊躇って見せる。
ユリアは世間の事を知っている風の演技を続けた。
「短刀を7万Gで買ってくれるなら、考えます」
「お嬢ちゃんは、しっかりしてるなー」
店主は苦笑いをした。
「まー、人間2人を偽造するなら、それなりには掛かるわなー」
「予算は掲示した通りです。質の悪いモノで私達が連れ戻されたら、ここのことは口外しますから」
「おー。怖い、怖い。まー、任せておけ。腕は確かだー」
店主は良くない表情を浮かべると、店の奥の作業台に道具一式を広げる。
楽しそうに、カードに必要な情報を組み込み始めたのだった。
しおりを挟む

処理中です...