46 / 214
魔法と魔術と婚約者
46:古書絵本
しおりを挟むお茶の時間が終わった後、
ヴィンセントはしなければならないことが
できてしまった、と俺に
申し訳なさそうに言う。
俺は手紙の返事でも書くのかと思い、
素直に、わかった、と頷いた。
図書室に行っても良いかと聞くと、
構わないと言われたので
俺は荷物整理をしていた
リタに言って、ノートとペンを
取り出してもらった。
それから屋敷に侍女に
案内してもらって
図書室へと向かう。
ここの図書室はいつ来ても
綺麗に掃除してあって
本も丁寧に保管されている。
もちろん、古書だって
さすがにぼろぼろの本を
新たに製本するようなことは
されていないが、
それでも本がばらばらにならないように
紐でくくってあったり、
埃が付かないように
物凄く古そうな本は
カバーをかけてあったりする。
俺はそのカバーの本を
めくってみるのが好きだった。
中に何が書いてあるのは
表紙がカバーで隠れているから
見ただけではわからないからだ。
以前、ここに来た時は
ドキドキわくわくでカバーを
開いてみたら、昔の料理本だったから
思わず笑ってしまった。
古書だからと言って、
魔法や魔術のことばかり
書いてあるとは限らないのだ。
昔の人たちも、
今の俺たちと同じように
料理を作って、生活していた。
当たり前のことなのに、
俺はそのことに気が付いて、
大発見したような気分になった。
その時のわくわく感は
今でもすぐに思い出すことができる。
今日もそんな新発見があるのだろうか。
図書室に着くと、
侍女は俺のために準備した
お茶をテーブルに置き、
「何かあればお呼びください」
と呼び鈴を残して退出する。
俺はお茶の隣に
ノートとペンを置いて準備をした。
「さて。
今日はどんな本と会えるかな」
楽しみだ。
古書の棚はこのテーブルのすぐそばにある。
侯爵家は絵が綺麗な古書ばかり
集めてくれているので、
まずは表紙で決めよう。
そう思って俺は
1冊づつ表紙を見ながら
読む本を探していく。
棚にはいろんな本があって
題を読むだけでも面白い。
侯爵家の人たちは
ただ古書だから、と言う理由で
俺のために本を集めてくれているのだろう。
だが、古語が読める俺にとっては
目の前の本は本当に
バラエティーに富んでいる。
本の題名を読んでみると
『愛しの彼の心を射止める方法』
『これであなたも自由人になる』
なんだよ、自由人って。
表紙にツッコミするぞ。
『保存食の作り方・最新版』
今はもう、最新じゃないけどな。
『向かってきた剣はこうやって防ごう』
って危ないな、何かの指南書か?
心の中でツッコミを入れつつ
見ていくと、ふと、一冊の本に目が留まった。
絵本だろうか。
『聖樹と恋に落ちた少女』
樹と恋に落ちたのか?
どう言う意味だ?
俺は本を手に取ってみた。
思った以上に分厚くて
結構重たい。
その本をテーブルに置き、
俺は椅子に座った。
サイズも大きめで、
小さな子に読み聞かせを
するための本なのかもしれない。
ページには古びた絵と、
大きめの文字が書かれている。
絵本のようだが、
目次を見ると、
いくつもの話が入っている
小話総編集のようだ。
どれどれ、と俺はページをめくる。
昔の子どもはどんな絵本を
読んでいたのだろう。
そう思ってめくった一枚目で
俺は動きを止めた。
だって。
『光と水を重ねたら種になり、
樹であればしずくになる』
なんて、大きな文字で書いてあったのだ。
俺が、謎に思っていた、
あの文言だ。
もしかしたら、この本を読んだら
あの言葉の意味がわかるかもしれない。
俺は興奮を抑えながら
ノートを広げた。
これでいつでも描き写すことが可能だ。
俺はゆっくるとページをめくる。
物語は不思議な内容だった。
水魔法を使う少女が、
森の中で1本の樹を見つけた。
その樹は長い間、
その土地を守って来た精霊が
宿る樹だった。
少女はその樹を一目見て
その美しさに心を奪われる。
そして少女は、何日も、
何日も、その樹のところに行き、
話しかけた。
まるで恋人に話しかけるように。
その日にあったこと。
親友と喧嘩をしたこと。
両親に怒られたこと。
話をすると、樹木は少女に
応えるように葉を揺らし、
風が吹いた。
そんな穏やかな日が何年も続いたが
ある年、その土地が干ばつに襲われた。
森は枯れ、少女が見つけた樹も
また、葉を散らしていく。
少女は必死で自分の魔法を使い、
樹に水を上げたが、
それぐらいの水では
状況は何も変わらなかった。
そこで神に祈る。
どうか、雨を。
皆を助けて。
この樹を助けて。
少女は必死に祈る。
すると、目の前の樹が
突然、輝いた。
驚く少女の前に、
樹の精霊が姿を見せる。
そして言うのだ。
『もう私は無理だろう。
寿命だったのだ。
そなたの話は楽しかった。
そのお礼に、私の『種』を託そう』
精霊はそう言い、
少女の手に1つの『種』を渡した。
そして少女の目の前で
樹はどんどん枯れていく。
少女は泣いた。
そして、手にした『種』を
樹のそばに植えた。
すると、枯れていく樹の枝から
しずくが落ちた。
ぽとん、と水滴が地面に落ちる。
すると、土に植えた『種』が
芽を出した。
また枝からしずくが落ちる。
また『種』が成長する。
そしてみるみるうちに
少女が植えた『種』は成木になった。
それでも樹はしずくを垂らし続ける。
干ばつで苦しんでいた土地に
しずくは染みわたり、
枯れた畑が潤いを取り戻していく。
驚いた村人たちが
水が流れてくる先をたどっていくと
枯れ始めていた森が
生き返ったように青々と
葉を茂らしている。
そしてその奥で枯れ始めた樹から
水がしたたり落ちているのが見えた。
そばで泣いている少女から話を聞き、
村人たちは精霊に感謝を捧げた。
枯れていく樹は最後に
大きなしずくを落とすと
さらさらと小さな破片になり
風に飛ばされていった。
樹木がすべて風に
吹かれて無くなった時、
成木の周辺には大きな川が生まれていた。
村人たちは精霊に感謝をして
成木を精霊の樹として崇め、
この森の奥を神聖な場として
立ち入り禁止にした。
ただし少女だけは
精霊の樹に近づくことを許された。
少女は毎日魔法で精霊の樹木に
水をやり、話しかける。
そうして村は精霊の樹に守られ
それ以降、干ばつで苦しむことは
なくなったという。
めでたしめでたし。
……はー。
凄い内容だった。
恋に落ちたのか?とは思うが、
まさかこのハーディマン領の
話ではないよな?
森も川もあるし……。
いやいや、精霊の樹なんて
聞いたことが無いし、違うだろう。
でも、気になる。
ちょっと森に行って
探してみるか?
俺はそんなことを思いつつ、
次のページをめくった。
496
あなたにおすすめの小説
「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。
キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ!
あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される
水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。
絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。
長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。
「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」
有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。
追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
お前らの目は節穴か?BLゲーム主人公の従者になりました!
MEIKO
BL
本編完結しています。お直し中。第12回BL大賞奨励賞いただきました。
僕、エリオット・アノーは伯爵家嫡男の身分を隠して公爵家令息のジュリアス・エドモアの従者をしている。事の発端は十歳の時…家族から虐げられていた僕は、我慢の限界で田舎の領地から家を出て来た。もう二度と戻る事はないと己の身分を捨て、心機一転王都へやって来たものの、現実は厳しく死にかける僕。薄汚い格好でフラフラと彷徨っている所を救ってくれたのが完璧貴公子ジュリアスだ。だけど初めて会った時、不思議な感覚を覚える。えっ、このジュリアスって人…会ったことなかったっけ?その瞬間突然閃く!
「ここって…もしかして、BLゲームの世界じゃない?おまけに僕の最愛の推し〜ジュリアス様!」
知らぬ間にBLゲームの中の名も無き登場人物に転生してしまっていた僕は、命の恩人である坊ちゃまを幸せにしようと奔走する。そして大好きなゲームのイベントも近くで楽しんじゃうもんね〜ワックワク!
だけど何で…全然シナリオ通りじゃないんですけど。坊ちゃまってば、僕のこと大好き過ぎない?
※貴族的表現を使っていますが、別の世界です。ですのでそれにのっとっていない事がありますがご了承下さい。
俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード
中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。
目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。
しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。
転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。
だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。
そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。
弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。
そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。
颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。
「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。
続編『元社畜の俺、大学生になってまたモテすぎてるけど、今度は恋人がいるので無理です』
かつてブラック企業で心を擦り減らし、過労死した元社畜の男・藤堂悠真は、
転生した高校時代を経て、無事に大学生になった――
恋人である藤崎颯斗と共に。
だが、大学という“自由すぎる”世界は、ふたりの関係を少しずつ揺らがせていく。
「付き合ってるけど、誰にも言っていない」
その選択が、予想以上のすれ違いを生んでいった。
モテ地獄の再来、空気を読み続ける日々、
そして自分で自分を苦しめていた“頑張る癖”。
甘えたくても甘えられない――
そんな悠真の隣で、颯斗はずっと静かに手を差し伸べ続ける。
過去に縛られていた悠真が、未来を見つめ直すまでの
じれ甘・再構築・すれ違いと回復のキャンパス・ラブストーリー。
今度こそ、言葉にする。
「好きだよ」って、ちゃんと。
【完】ラスボス(予定)に転生しましたが、家を出て幸せになります
ナナメ
BL
8歳の頃ここが『光の勇者と救世の御子』の小説、もしくはそれに類似した世界であるという記憶が甦ったウル。
家族に疎まれながら育った自分は囮で偽物の王太子の婚約者である事、同い年の義弟ハガルが本物の婚約者である事、真実を告げられた日に全てを失い絶望して魔王になってしまう事ーーそれを、思い出した。
思い出したからには思いどおりになるものか、そして小説のちょい役である推しの元で幸せになってみせる!と10年かけて下地を築いた卒業パーティーの日ーー
ーーさあ、早く来い!僕の10年の努力の成果よ今ここに!
魔王になりたくないラスボス(予定)と、本来超脇役のおっさんとの物語。
※体調次第で書いておりますのでかなりの鈍足更新になっております。ご了承頂ければ幸いです。
※表紙はAI作成です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる