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First photo 幼い頃の記憶
母の秘密
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母は、元々体が強い方ではなかった。
私が小学生に上がって少し経った時から、高熱を出して寝込んでしまう日が多くなっていた。少しの気温や環境の変化で体調を崩しやすい母は常に自己管理に努め、健康でいられるようにした。
それでも、私が小学生になると何かと移動が多く、学用品を買う為に山を下り人の集まるショッピングセンターに行ったり、学校では保護者での集まりが頻繁に行われたりする。父は無理はするなと声をかけていたけれど母は私のために不自由にさせないようにしていた。私にもしっかりとした自我が芽生えはじめ、年頃だった為にオシャレだったり、周りの友達に影響されてアニメを見たりゲームを知ったりでカメラ以外にも興味がわいてきたのだ。
ある日、父が母を気にして家にいるように言って、ショッピングセンターに私と行ったときには文句ばかり言っていた。父の選ぶ服も筆記用具もぬいぐるみもちっともかわいいと思わなかったからだ。
その時の私はどうして母がついてきてくれないのかについて散々父に問いただしてとても迷惑をかけた。父は必死で私をなだめてくれていた気がする。明確な理由をはっきり言わずに私を納得させようととても優しく話してくれた。
帰ってきたらドタバタと家の中で音がした。急いで階段を降りてきた母は「おかえり。」と優しく微笑んだ。
同時に目を変えて「お父さんに迷惑をかけてない?」と言われた。私は心臓を貫かれたように黙っていると、「なにもないよな、偉かったよ。」と父が私の頭を撫でた。「…ならいいけど。」と私を横目に見ながら居間のテーブルを指差しおやつの準備ができていることを母が告げた。
私は、急いで手を洗って母の作ってくれた手作りクッキーを頬張った。バターの甘みとほんのり塩気のある母のクッキーが私の大好物で、余裕がある日には幼い頃から作ってくれていた。父は母に駆け寄り何かを話し込んでいた。何かは分からない。けれどもその時はとても悲しい表情をしているように見えた。
黙々と食べていると母が「美味しい?」と聞いてきた。小さく頷いた私は何か不安がよぎり、「お母さん、大丈夫?」と聞いたのだ。私なりの精一杯の質問だった。母は「大丈夫だよ。」とけろりとした顔で言う。大丈夫なら大丈夫なのだろうと自分は思い込むようにして更に口にクッキーを放り込んだのだった。
母は数年前から体に大きな病気を患っていた。それでも母は絶対に私に弱音を吐かなかった。
時は経ち、小学5年生になってある日のこと、私はとんでもないことを言い出したのだ。学校から家に帰ってきて母にそっと、「引っ越しをしたい。」と。母は拍子抜けな顔をして、目を伏せた。「お父さん帰ってきたら話そっか。」その一言だけを残して母は足早に洗濯物を取り込みに行った。この時の母の背中は今でも忘れられない。
父が帰ってきていつもの三人での夕食はどこか空気が違った。和やかな雰囲気ではなく張り詰めているような息が苦しいような。母は私が引っ越しをしたいと提案していることをやんわり話した。父は箸を止めて私を真っ直ぐ見つめて理由を聞いた。仲良くなった友達と放課後遊びたい、オシャレなお洋服を着て色んなところに遊びに行きたい、小学生に上がってからの溜め込んできた欲望を涙ながらに話したのだ。
山間部に住む私は小学校までの道のりも遠くいつも仕事に向かう父に送ってもらい、帰りも学童に預けられ夕方に父が迎えにくる、そんな生活だった。
放課後に友達の家で集まってゲームをしたり公園で遊んだり、休みの日には遊園地に出かけたり、そんな話を周りから聞いては会話に馴染めずいつも誤魔化しているのがつらかった。
父は私に何と声を掛ければいいか分からなかった。そして切り出したのは母。「もういいの、つらかったよね。」そこからは淡々と母が自分は今重い病気にかかって治ることが難しいこと、都会の空気や環境が自分の体に悪影響を及ぼすこと。
「今まで話せなくてごめんね。」
母は深々と私に頭を下げた。私は何と愚かなんだろうと思った。ここに住んでいるのも山間部の自然に包まれることできれいな空気を取り込んでいるからなのだ。我慢ばかりしていたのは私だと勘違いしていた。母は何倍もの我慢と苦しみを溜め込んでいたのに。
でもその時ただ、母がいなくなるのが怖い、そう思った。私は母に抱きついていなくならないでと必死に泣きついた。
その日からは、母を想い自分の生活環境に文句を言ったり感情的になることをやめた。家では常に穏やかに過ごすようにし、母に心配をかけないよう辛いことがあれば部屋でひっそりと泣くようにした。
時は流れ、中学生になる前の長期休み、新学期の準備をしていると、タンスの中からホコリを少し被った一眼レフが顔を覗かせた____。
私が小学生に上がって少し経った時から、高熱を出して寝込んでしまう日が多くなっていた。少しの気温や環境の変化で体調を崩しやすい母は常に自己管理に努め、健康でいられるようにした。
それでも、私が小学生になると何かと移動が多く、学用品を買う為に山を下り人の集まるショッピングセンターに行ったり、学校では保護者での集まりが頻繁に行われたりする。父は無理はするなと声をかけていたけれど母は私のために不自由にさせないようにしていた。私にもしっかりとした自我が芽生えはじめ、年頃だった為にオシャレだったり、周りの友達に影響されてアニメを見たりゲームを知ったりでカメラ以外にも興味がわいてきたのだ。
ある日、父が母を気にして家にいるように言って、ショッピングセンターに私と行ったときには文句ばかり言っていた。父の選ぶ服も筆記用具もぬいぐるみもちっともかわいいと思わなかったからだ。
その時の私はどうして母がついてきてくれないのかについて散々父に問いただしてとても迷惑をかけた。父は必死で私をなだめてくれていた気がする。明確な理由をはっきり言わずに私を納得させようととても優しく話してくれた。
帰ってきたらドタバタと家の中で音がした。急いで階段を降りてきた母は「おかえり。」と優しく微笑んだ。
同時に目を変えて「お父さんに迷惑をかけてない?」と言われた。私は心臓を貫かれたように黙っていると、「なにもないよな、偉かったよ。」と父が私の頭を撫でた。「…ならいいけど。」と私を横目に見ながら居間のテーブルを指差しおやつの準備ができていることを母が告げた。
私は、急いで手を洗って母の作ってくれた手作りクッキーを頬張った。バターの甘みとほんのり塩気のある母のクッキーが私の大好物で、余裕がある日には幼い頃から作ってくれていた。父は母に駆け寄り何かを話し込んでいた。何かは分からない。けれどもその時はとても悲しい表情をしているように見えた。
黙々と食べていると母が「美味しい?」と聞いてきた。小さく頷いた私は何か不安がよぎり、「お母さん、大丈夫?」と聞いたのだ。私なりの精一杯の質問だった。母は「大丈夫だよ。」とけろりとした顔で言う。大丈夫なら大丈夫なのだろうと自分は思い込むようにして更に口にクッキーを放り込んだのだった。
母は数年前から体に大きな病気を患っていた。それでも母は絶対に私に弱音を吐かなかった。
時は経ち、小学5年生になってある日のこと、私はとんでもないことを言い出したのだ。学校から家に帰ってきて母にそっと、「引っ越しをしたい。」と。母は拍子抜けな顔をして、目を伏せた。「お父さん帰ってきたら話そっか。」その一言だけを残して母は足早に洗濯物を取り込みに行った。この時の母の背中は今でも忘れられない。
父が帰ってきていつもの三人での夕食はどこか空気が違った。和やかな雰囲気ではなく張り詰めているような息が苦しいような。母は私が引っ越しをしたいと提案していることをやんわり話した。父は箸を止めて私を真っ直ぐ見つめて理由を聞いた。仲良くなった友達と放課後遊びたい、オシャレなお洋服を着て色んなところに遊びに行きたい、小学生に上がってからの溜め込んできた欲望を涙ながらに話したのだ。
山間部に住む私は小学校までの道のりも遠くいつも仕事に向かう父に送ってもらい、帰りも学童に預けられ夕方に父が迎えにくる、そんな生活だった。
放課後に友達の家で集まってゲームをしたり公園で遊んだり、休みの日には遊園地に出かけたり、そんな話を周りから聞いては会話に馴染めずいつも誤魔化しているのがつらかった。
父は私に何と声を掛ければいいか分からなかった。そして切り出したのは母。「もういいの、つらかったよね。」そこからは淡々と母が自分は今重い病気にかかって治ることが難しいこと、都会の空気や環境が自分の体に悪影響を及ぼすこと。
「今まで話せなくてごめんね。」
母は深々と私に頭を下げた。私は何と愚かなんだろうと思った。ここに住んでいるのも山間部の自然に包まれることできれいな空気を取り込んでいるからなのだ。我慢ばかりしていたのは私だと勘違いしていた。母は何倍もの我慢と苦しみを溜め込んでいたのに。
でもその時ただ、母がいなくなるのが怖い、そう思った。私は母に抱きついていなくならないでと必死に泣きついた。
その日からは、母を想い自分の生活環境に文句を言ったり感情的になることをやめた。家では常に穏やかに過ごすようにし、母に心配をかけないよう辛いことがあれば部屋でひっそりと泣くようにした。
時は流れ、中学生になる前の長期休み、新学期の準備をしていると、タンスの中からホコリを少し被った一眼レフが顔を覗かせた____。
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