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第7話

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【猫野莉子視点】

 お父さんはとても優しかった。
 でも、お父さんはお母さんよりも、私よりも他の女の人の方が大事だった。

『お父さん待って!行かないで!』
『ごめんな、リコ、俺はお母さんやリコよりも、新しいお母さんの方が好きなんだ』

 そう言って小さい頃に私と、お母さんの前からいなくなった。
 お母さんは私の前では笑っていた。
 でも、見えない所では泣いていたのを知っている。

 私は、人を見るとその人がいい人か悪い人か分かる。
 お父さんの顔色を窺っていて、学校でも顔色を窺うようになった。
 その癖がついたからだろう。

 お母さんはパン屋さんと、他のパートを掛け持ちして私を育ててくれた。
 私がスキルホルダーに目覚めるとここに引っ越して、パン屋さんのパートとスーパーのパートを掛け持ちして私を育て続けてくれた。

 高齢を理由にパート先のパン屋さんがお店を閉める事になった。
 その時にお店を使わせてもらい、お母さんだけで新しくパン屋さんを始めた。
 スーパーのパートを辞めてもお母さんのパン屋さんは繁盛した。

 でも、パン屋さんは重労働だ。
 お母さんは夜中の2時からワンオペで仕込みを始めて1人でお店を回して私の為に家事もやってくれている。
 
 パン屋さんは利益が少ない。
 人を雇う余裕は無い。
 パンを作る為のミキサー1つだけで数十万円する。
 前にミキサーが壊れたけど、大きいミキサーが買えず、小さめのミキサーを買っていた。
 何度もミキサーを回して仕事が増えていた。

 お母さんは私が引率無しで大穴に行くのをよく思わない。
 お金を手に入れる為に配信を始めたけど、大穴に入らずナイフを振る型を見せたりしていた。
 お母さんは私が大穴に行くよりは配信をした方がまだ安心らしい。
 チャンネル登録者数が1万を超えて少しだけお金が貯まった。
 配信をスマホから胸元の魔法陣に変えた。



 ハンター高校では男の人にじろじろ見られて嫌な気分になった。
 女の人は、表ではにこにこしていても、裏では陰口を言いそうな人が多くいたし、実際に陰口を言われているのを何回か聞いた。

 チャンネル登録者数が伸びると女子数人がにこにこして近づいて来た。
 私のお金でカラオケに行こうと言われた。

 私は、家が貧乏な事を話して、人が近づかないようにした。
 そうすると今度は男の人から10万で抱かせて欲しいと言われた。

 良い人は私に話しかけてこない人が多かった。
 悪い人は私のお金や体目当てで近づいて来た。

 
 私は高校が終わるとすぐに帰ってお母さんのお手伝いをした。
 お母さんの作業はすぐ覚えた。

 斥候のスキルのおかげだろう。
 斥候スキルは直感力を強化する。
 昔から勘がいいと言われていた、だからこそこのスキルを覚えたのかもしれない。

 お母さんのお手伝いが終わると配信、そして勉強をして過ごした。

 動画の勉強をしているときゅうチャンネルを見つけた。
 白くて小さくてモフモフで動きが可愛い。
 ぬいぐるみが動いているよう。

 配信をしているのは男の人。
 顔は分からないし声は低いけど、優しそうにきゅうに話しかけていた。

 無くなった小麦粉を届ける為、ついでに配信をする為に小麦粉を担いで駅に向かいそこから配信を始めた。
 そうこうしている内に時間が無くなりお母さんから催促の電話がかかって来た。

 急いでお母さんの所に向かうと、きゅうを頭に乗せたカケルさんと出会った。
 今、カケルさんはきゅうを癒している。



 きゅうを癒すカケルさんの表情から目が離せない。
 泣いていないのに泣いているようでほっとけなかった。
 光が止み、カケルさんが横に倒れた。

「か、カケルさん!は、配信は終わり!」

 カケルさんは、気絶して……寝ているだけみたい。
 私はすぐに配信を終わらせてカケルさんをおんぶした。
 眠るきゅうは手に持ってもそのまま眠り続けている。

 カケルさんの体は筋肉でごつごつしている。
 筋肉質で、男の人の体だ。
 きゅうをカケルさんと私の間に乗せて家まで運んだ。
 きゅうが逃げなくなった。

 家に運ぶと自分のベッドまで移動させる。
 きゅうをベッドに置くと気持ちよさそうにスースーと寝息を立てている。
 
 次にカケルさんをベッドに寝かせる為に、カケルさんに抱き着くように密着した。
 汗のいい匂いがする。

 きゅうを撫でると毛が柔らかくて暖かい。

「なめらか~」

 起きたら逃げられるかな?
 でも、いい気持ち。
 
 きゅうを撫でながらカケルさんの寝顔を見る。
 きゅうを癒す時の泣いていないのに泣いているような表情は消えて、子供のように眠っている。
 あの表情が目に焼き付いて離れない。

 ネコリコチャンネルを開くとチャンネル登録者数が1万から2万に増えていた。

「え?」

 動画でアップされた視聴数はどんどん増え、コメントも増え続けていた。
 カケルさんときゅうに会ったからだ。

 きゅうチャンネルを開く。
 きゅうの癒される動画に今日の事について色々と質問コメントが書かれていた。

『持っているスキルを教えてください』
『普段の訓練メニューを教えて』
『カケルさんの一日ルーティン動画希望』
『カケルも動画に出て欲しい』
『きゅうチャンネルはもったいない。カケル&きゅうチャンネルにすべき』

『拳で岩を砕く動画を希望』
『蹴りも見たいです』
『ネコリコチャンネルから来ました。次は大穴配信をお願いします』

 私が配信したせいで、迷惑をかけた?
 さっき配信した動画を見返す。

 きゅうが隠れる

『わあ、可愛い』
 
 ふふ、きゅうは本当に可愛い。
 丸くてモフモフしてて、鳴き声も可愛くて暖かくて触ると気持ちいい。

『隠れた!ふふふ、かわいい』

 顔がにやけてしまう。
 きゅうは可愛い。
 思わず寝ているきゅうに手が伸びた。
 この肌触りは癖になる。

 でも、その後に汗がダラダラと流れる。

『い、いいよ。それよりも、名前を教えて』
『カケルさんは何才なの?』

 個人情報を何度も聞いたせいで、カケルさんが困ってる。
 それでも私はしつこく情報を聞き出すように話を続けた。

『でも人見知りですからね。また次の機会にしましょう』

 コメントを見て確信する。

『社交辞令のもう会わない奴やん』

 迷惑かけてる。
 私はカケルさんの迷惑になっている。

『私はお母さんと2人家族だけど、カケルさんは何人家族?』
『家族の話はやめましょう!』

 カケルさんに悪い事をした。
 カケルさんは会社を辞めたばかりなのに!
 家族の話はしちゃいけなかったんだ!
 カケルさんはきゅうをの元気が無いと言っていたのに!
 
 お詫びをしなきゃ、でも、なんて言えば……
 
 スマホに電話が来た。
 お母さんからだ。

『リコ、小麦粉はまだ?』
『お母さん、私、うう、うええええん』
『何?どうしたの?すぐに終わらせてそっちに行くわね。今家にいるの?』

 私はお母さんから電話が来て、声を聞いて安心すると泣いてしまった。
 お母さんが家に戻るとお母さんに今日の事を話した。



「分かったわ。でも、どうしてカケル君にしつこく話をしたの?リコは話をしていい人と駄目な人が分かるわよね?」
「……いい人だと思ったから」

「それだけ?」
「カケルさんが、さみしそうで、きゅうに、似てたから」
「……お母さん、ちょっと、意味がわからないわ。動画を見せてくれない?」

 私はお母さんに今日の動画を見せた。



「うん、うん、なんとなく、分かったわ。カケル君が泣きそうに見えたのよね?」
「……うん」
「ほっとけないと思ったのよね?助けたいと、そう思ったのよね?」
「……そう、かも」

「お母さん多めにご飯を作るわね」
「わ、私も手伝う」

 私はお母さんと多めのご飯を作った。

 男の人が好きそうな、ボリュームのあるご飯を作った。
 カケルさんは、許してくれるかな?
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