ANGEL -エンジェル-

蜜星

文字の大きさ
22 / 119
癒-healing-

P22.優しいんだね

しおりを挟む


「泣かないで。」



彼女は僕の目の前を、通り過ぎて行った。
そして猫の前にしゃがみ込む。
自分の持っていた傘を猫が濡れないように被せると、小さくて柔らかそうな手でそっと子猫を撫で始める。
長くてきれいな髪に大きな瞳。整っている顔立ち。
子供のような容姿にも、大人のような容姿にも見える…
まるで天使のようだ…そんなことを考えていると、

「傷がすぐに治るからって、傷つけちゃだめだよ。」

「え?」

気が付いたらえぐれた手首は元通りに治っていた。
思わず手を止めてしまったんだ…
まわりの土が血で滲んで赤くなっている

「本当に化け物じみた力だな…」

「そんなことないよ。」

顔をあげると、彼女はこっちを見て微笑んでいる。
この子は…何者なんだろう?
普通驚いたり、気持ち悪がったり…そんな場面のはずじゃ…

「どこから…見てたんですか?」

「んー君が手首を切ってるとこ。雨で気のせいかと思ったけど、
声が聞こえたような気がしたから…気になってうろうろしてたんだ。」

えへへ、と笑って、
子猫を抱きかかえて近づいてくる
座り込んでいる僕の前にしゃがんで、顔を覗き込む。

「それで、君は何で泣いていたのかな?」

「…僕は…」

「子猫が一人ぼっちになったのが悲しかったのかな?」

親猫の亡骸がちらりと視界に入る…。
彼女は僕をまっすぐ見つめて、返事を待っている。
言葉も、仕草も本当に優しくて、何故だか土砂降りの雨も気になりないほど
暖かいものに包まれているような不思議な感じに襲われていた。

「…僕は…」

「ん?」

優しく、すごく綺麗な目で、俺を見ている。

「そんなんじゃ…ただ…自分が嫌で…」

「なんで?」

「さっきの見たでしょう?僕はこんな可笑しな力が嫌なんです。」

「素敵な力だと思うよ?」

「そんなことない!」

雨がずっと降り続いている…さっきよりも強い雨音で…

「あの時、父さんや母さんと一緒に死ねればよかったんだ…あんなの見たくなかった…!!!」

僕は…何を言ってるんだろう?
こんなこと彼女に言っても何の話だか全く分からないのに…

「身内からは知らないうちに恨まれていて、
親戚はあの事故で助かった僕のことを気味悪がって、遠ざけるようによそよそしくなった…」

自分の中にしまっていた感情が言葉になって溢れてくる…

「大きな家に一人きりで、帰っても誰も居ない。
その度に、あの事故の日を思い出して…
まだ少しだけ息のある母親と父親を、なぜが無傷の僕は、何もできずに呆然と座り込むだけ…!!!
誰も助けることはできない自分の無力さに苦しみながら、この先ずっと一人で生きていかなくちゃいけない!!!
死にたくても、どんなに辛くても…僕は死ねない!何でだよ…!!!」

雨が強く地面をたたいている。
僕の頬に止めどなく暖かいものがつたっていく。
今までどんなに辛くても人前で泣いたりすることはなかったのに…

「だから、助けたかったのかな?」

「え…」

「君は、君みたいな寂しい気持ちをこの猫にさせたくなかったのかな?」

彼女の腕の中で震えてる猫もびしょ濡れになっていた

「優しいんだね」

そういうと震えている猫を僕の膝に乗せて、傘を俺に渡して立ち上がった。
土砂降りの雨が彼女をあっという間に濡らして行く…彼女は少し体が震えていた。
なのに、彼女の顔を見れば、そんなことを感じさせない
暖かい、優しい笑顔でまた僕を見つめていた。
まってて、と呟いた気がしたが雨音でよく聞こえない。
そして、くるっと背を向け、動かなくなった親猫の方に歩いて行った。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...