ゾンビ

海鷂魚

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第1話「もう、訳分かんねえ」

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「クソ。騒がしいな……今何時だと思ってんだ……」
 俺は外で騒ぐクソ人間どもに起こされ、スマートフォンを確認した。って、まだ八時じゃねえか! 俺は深夜の五時に寝てんだぞ! 俺に気を使えよクソ人間ども!
「いてえって! おい誰か警察!」
「きゃあああ」
「ああああああああ」
「逃げろッ! あっ、足……」
「…………」
 騒ぎ方が尋常ではない事が、窓の外を見るまでもなく、クソ人間の怒声で伝わってきた。結構でけーんだな、人の声って。
 ま、そうか。
 俺は窓の外を見て、思った。
「人が人を食ってんだもん。そりゃ怒鳴るってもんだぜ」



「ああがぁ」
 人の声にしては理性がないと思われるその声の主は、カーチャン。
「おご……ごく……」
 何かを言いながら俺の部屋のドアノブをガチャガチャと回したいようだ。まあ、今必死に俺が反対側でドアノブ抑えてるから開かねーんだけど。
「ごく……つぶ……」
「穀潰しっていいてーのかババア……だけど今朝から元気だな、どうした?」
「おごぁ」
「やっぱ会話にならねーか」
 事は十数分前に遡る。玄関が何者かによって破壊された。うちは古い家で、ドアがガラスでできており、横にスライドするタイプのセキュリティ観念がないに等しい玄関をしているのだ。それが何者かによって割られ、とてつもなく不快なガラスの割れる音で俺の頭はついに覚醒した。寝ぼけていた脳みそがフル回転した。
 が、すでに時遅し。普段ニートやってる人間が覚醒したところで平凡より下であることには変わりがなく、ガシャンという破裂音に反応して、部屋を出て確認するまでは時間がかかった。
 だから遅かった。
「お、お母さん?」
 制服姿の妹。俺に似て無愛想だが、俺に反して努力家の奴だ。俺は妹からは神と慕われていて……まあいいやそのくだりは。
 とにかく、妹の方が早かった訳だ。玄関に様子見に行くのが。
 間取りとしては、玄関を開ければすぐ傍に二階へ続く階段があり、二階の二部屋が妹と俺の部屋になっている。そして俺は自室から出て玄関を見に行った時、階段の途中から玄関を見下ろす妹の背中で通行止めを食らった。
「お母さん……なにやって……」
「おいッ!」
 学校に行くつもりだったのか、制服姿の妹の襟を思いっきり引っ張った。
 そうでなければ。
「おごぁあ? ああ?」
 カーチャン……だったゾンビに妹が食われるところだった。
 カーチャンゾンビは妹の足を狙って飛んだみたいだったが、俺が妹を引っ張ったお陰でカーチャンゾンビの噛みつき攻撃は躱された。そして階段の角に思いっきり顎をぶつけるというダメージを食らったらしいカーチャンゾンビは、外れた顎をぶらつかせながら立ち上がろうとしていた。
「おっさん! なに引っ張ってんだよ!」
「うるせえ早く上に行けよ!」
 俺は無理やり妹の尻を叩き上げ、部屋へ逃げるよう誘導する。
「は? おっさんの部屋とかセーシ臭くて無理なんだよ死ね!」
「うるせえだったら自分の部屋にいろや! とにかく今のババアはただのババアじゃねえ! ゾンビババアだッ!」
 真面目に何言ってんだ俺。とにかく、
 言いながら各自部屋へ避難。妹も、先ほどのカーチャンゾンビの特攻が攻撃だと認識したらしく、部屋から出てカーチャンゾンビを説得するつもりはないようだった。
「にいちゃん……」
「……喋んな。ババアが今部屋の前にいる」
 部屋は対に位置しており、声はおろか、生活音はなんでも聞こえる。俺はエロ動画をスピーカーで聴きながらシコってるところを何度も殺されかけたし、そんな俺を嫌いながらもシコってる(?)妹の妖美な声も聞いた事がある。いや妖美ってのは嘘。家族の喘ぎ声がエロい訳あるかいボケ。
「つか、お前俺のことおっさんて呼んでたじゃん。なに今更にいちゃんって」
「……うるせー……」
「すげえ嬉しいぜ。また妹に慕ってもらうのはな」
「にいちゃんも、私の名前、前みたいに呼べよ、クズ」
「……幸子」
「にいちゃん……」
「おごおおおぉおおお!」
 うるせーぞババアーーーー!
 クソ、死亡フラグか。まあいいか、死ぬ前に昔みたいに、幸子のこと……。
 撫でてえな、昔みたいに。
「なあ、ババア、どうなってんだ? 幸子はどう思う?」
「いや、普通じゃないでしょ。目が白目むいてた」
「やっぱ? そうだよな、見間違いじゃねえよな。仮にゾンビって呼んだけどさ、マジでゾンビならやばいぞ。噛まれたら終わりだ」
「さっき……も、噛もうとしたんだよね」
「ああ、俺が間一髪、お前が死にかけるところを、俺がなんとか、お前を助けるために、俺が襟を引っ張って、お前の命を救った」
「恩の重ね着やめろ」
 まあ、ともかく。
「俺、ゾンビ知識とかゲームでしかねーけど、おそらく従来のゾンビなら、音に反応するはずだ。今ババアが俺の部屋の前でガン待ちしてるようにな」
「おごぁ」
 はい、待ってます! じゃねーわ。
「とにかく、だから、適当に音を鳴らそう。俺の部屋の窓が玄関と同じ向きだから、玄関側に何か落とせばなんとかなる……はず」
「えっと、にいちゃん。ひとついい?」
「なんだよ」
「今この声の距離感からして、ドアの前にいるよね? てことは、察するに、お母さん……? お母さんが、ドアを開けようとしてて、抵抗してるんだよね? 私が部屋のドアを開けられないようにドアノブ押さえてるのと一緒で」
「おお、推察力あるな」
「バカにすんなし。つかバカ、あんたその状態からどうやって玄関にものを落とすの?」
「…………」
 そっすね。
 ババアは相変わらず俺の部屋のドアノブ、ガチャってるしな。
「あー、どうしよ」
「私に考えがある。私が大きな声とか出す。その間ににいちゃんが玄関にものを落としまくる。いらねえ人形めちゃくちゃあるだろ」
「は? お前それフィギュアのことだったら許さねーからな? 俺の部屋で捨てていいのは使用済みティッシュだけだ」
「それでどんな音が出せるんだよ! わっ」
「どうした⁉︎」
「お、お母さんが、私の部屋のドアを開けようとしてる」
「ババアふざけんな! 幸子に手ぇ出したら許さねーぞコラァ!」
「ちょ、それが狙いだろうが! 今のうちに人形とかパソコンとかぶちまけてこい! ニート卒業のきっかけになるよ!」
「クソっ」
 考えている時間はない。たしかにドアノブはもう握られている様子はない。今しかない! 今やるしか!
「さらば、『ゆーれいちゃんは嫌いですか? 第三巻に三ページだけ写り込んだ悪霊』のエロフィギュア! そして『吉田さんのよっしゃー! の主人公の母親』のエロフィギュア! そして」
「さっさと捨てろやァ!」
「ひぃっ。あっ」
 効率よく捨てるため、棚ごと移動させてフィギュアを捨てていこうと思ったが、幸子の怒号にビビ……もとい驚き、俺は棚を窓側に思い切り倒してしまった。凄まじいガラスの割れる音で耳が痛かったが、棚ごと落ちていったフィギュアたちがそれ以上の音を奏でてくれたらしく、
「よし、多分お母さんそっちいった……!」
 そういいながら、部屋を開けた幸子の気配を感じ取る。
「おつかれ、幸子。だけどまだ、ここから逃げなきゃなんねー。もし逃げ切れたらさ……俺、お前の頭……」
「にいちゃん……っ。あまり声出さないで。お母さん戻ってくるよ」
「あ、ああ、そうだ、った、な」
 ん?
 なんで。
 幸子の声が向かいの部屋からするんだろうね。
「んごー」
「トーチャン、お前もか……」
 そこには、仕事カバンを持った巨体がいた。トーチャンはこんなにでかくなかった。うん、天井に頭が届くような身長とかおかしいし、なんかそのせいでスーツボロボロだよ、トーチャン……。
 カーチャンゾンビの姿は見えない。狙い通り下に行ったか。
「うおぉご」
「はぁ……っ、幸子、部屋から出るな。トーチャンもだ。なってる。ゾンビに」
「えっ」
「クリーチャーってほうが見た目的にあってるけど、まあいい。とにかくその、お前は部屋から出て、ベランダからでも逃げろ。玄関には多分、カーチャンがいるから、バレないようにな」
「に、にいちゃんはどうすんの……」
「と、トーチャンを、引きつける。なんのために宝の山を棚ごとぶん投げたと思ってんだ。お前の命を助けるためだよ、全て計画通りだ……」
「だから、恩の重ね着はうぜーって……言ってんだろッ‼︎‼︎」
 瞬間、トーチャンゾンビが膝から崩れた。その後ろには、幸子……ノートパソコンでトーチャンの膝を攻撃した幸子が見えた。
「走れええええええええ!」
 幸子の声に合わせ、
「らああああああああん!」
 俺はダッシュした。膝から崩れたトーチャンゾンビの肩は、飛び台にするには高すぎない高さだった。そしてトーチャンゾンビを超えて飛ぶ俺。向かいには幸子。
 幸子は両手を広げ、母性溢れる抱擁を俺に……。
「きゃっ」
 普通に避けられて床に転がる俺。
「止まるなっ! 走るぞ!」
 薄情な幸子はさておき、俺は幸子の手を引き、階段を転がるように、まあ転がってないんだけど、降りて、
「あぶぁあお」
「あっ、俺のエロフィギュアが、しゃぶられてる」
 カーチャンゾンビはエロフィギュアに夢中だった。夢中でべろべろと舐めたり噛んだりしていた。
「何してんだよ……早く……っ」
「っと、その前に」
 俺は自分の靴を取り、妹の靴も取った。これは忘れられない。というか、この家からの脱出時にはすでに考えていたので、無駄はない。
「いや、今の切なそうに人形を見てるお前の無駄の多さはなんだよ」
「心を読むな。行くぞ」
 クソったれ! なんなんだよ一体。窓の外を見た限り、ゾンビになってんのはトーチャンカーチャンだけじゃねえ。どうなってんだ? 警察は仕事してんのか、それとも、最悪、警察がすでにゾンビ化していたり……。
「もう、訳分かんねえ」
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