妹、異世界にて最強

海鷂魚

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一話

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「兄ちゃん!」
 午後八時。夕飯を終えた僕は勉強をしていた。高校生——所謂学生において、もっとも重要なのは学業である。しかも今年は大学受験も控えており、人生においてもターニングポイントを迎える。そんな僕にとって、勉強をしているという時間は至福。神聖なる時である。
 そんな時間を誰でもない妹に邪魔されたことによって、僕は若干の不快感を覚えながら、背後にいる妹へ振り向いた。
「なんだ、あかり
 灯の奴はニコニコしながら部屋へ侵入、僕のもとに近づいてくる。また何か面白いおもちゃでも見つけたのだろうか。おもちゃでなくても、灯の興味を引き、人と共有させたいと思わせる何か。
 いや、しかしおもちゃという線も消えることはない。灯の部屋は今でもぬいぐるみがわんさかと部屋の面積を占領している。そんなもの、小学生のうちに卒業すべきだと僕は考えるが、中学二年生になった今でもそれがやめられないのは、ある種の依存症ではないか。
 しかし灯が手に持っていたのはおもちゃではなく。紙。
 封筒であった。荘厳な封緘がされたもので、紙にも高級感があると見える。それは封緘が織り成す錯覚かもしれなかったが、結局のところ、正しく封緘のされた封筒を、灯が手に持ってやってきたということだ。
「これ見てよ、私宛だよ」
 確かに、封筒の表面には僕らの住所と、灯の名前。
 雛波ひななみ灯様。
 と、そう書かれていた。
「それがどうした?」
 僕は問う。実際のところ、興味は皆無であった。妹にくる手紙なんて珍しいといえば珍しいし、こんな封緘がされているとなれば更に珍しい。が、それが僕に関係するかといえばそれは違う。宛先は灯であるのだ。僕ではない。しかしここで灯にそれがどうしたと訊いたのは、灯の魂胆が見え透いていたからだ。
 荘厳な封緘がされた封筒が自分宛にきた。すごいでしょ。
 と。
 そう言いたいのだ。中身の詳細は一切見当もつかぬが、それはとにかく僕には無関係。手紙の中身を想像するだけ時間の無駄と言える。しかしそこでコミュニケーションを取っておかないと、自慢を目的にやってきた灯の目的を達成できない事となる。そうすると愚図るのは灯の奴で、灯が愚図れば相当面倒くさい。
 同じ屋根の下で暮らしているのだから、その誰かが不機嫌だったり、そう言った態度が目に見えるだけでこちらも不愉快な気分にさせられる。なので、僕は敢えて灯の魂胆に乗ってやろうというのだ。
 自己中心的な考え方でコミュニケーションは取れない。相手のことも考えなければならない、こういう面倒なのがコミュニケーションである。家族という関係性である。
 しかしどうやら、灯の目的は自慢ではなさそうであった。
「中身読んだんだけどね、なんと! 異世界召喚! 異世界へ行けるチケットだったんだよ~」
 ここまではまだ自慢である。異世界がどうとか、ファンタジックなことを言われていることを除けば、まあまあありふれた自慢話。しかし灯の次の言葉で、その自慢話は様変わりする。
「それでね、なんでも一つ、こっちの世界のものを持ってけるらしいんだけど、私、寂しいのは嫌だから兄ちゃんを連れて行く事にした!」
「……は?」
 何を言っているのか、全く理解ができない。いや、異世界へ行く灯が、なんでも一つ現世のものを持って行けるとして、その物を兄に選んだ。と、そういう話なのはわかったが、理解ができない。
 異世界がどうとか、何を言っている? いつも灯の頭の螺子は緩んでいると感じていたが、とうとう勢いよく外れてしまったか。その勢いで螺子が異世界へ行くほど。
「私ね、自殺したいと思ってたの」
 そしてこのカミングアウトである。
 驚きを隠せない。
 いつものほほんとしていて、能天気で、お気楽で、軽薄なバカだと思っていたが、そんな灯が自殺を図っていたと?
「両親は兄ちゃんばっかり贔屓して、私をいじめるし、頭の悪い私は学校で馬鹿にされたりして……。だから、もう自殺しようって、そう考えていた時に、手紙が届いたんだ。窓なんて開けていた覚えなかったけど、窓辺に落ちていたの。そして内容が異世界へのチケット。最初はぬいぐるみのクマさんを異世界に持っていこうと考えていたんだけど、ふと兄ちゃんのことを思い出してさ。兄ちゃんは両親に贔屓されててずるいって嫉妬もしてたけど、兄ちゃん自身は、私のことを馬鹿になんてしてなかった。いつも私の話を聞いてくれて、相手してくれた。だからせめて、持って行くなら兄ちゃんにしようって、決めたんだ」
 言葉が出なかった。
 灯は僕をそんな風に捉えていたのか。捉えられてしまっていたのか。
 僕は灯の中では優しい兄だった。現実では、そんなことないのに。
 僕はいつもお前を馬鹿にしていた。
 事実馬鹿だからだ。
 なのに表向きでは、基本的に優しい兄を演じきった。
 それが現在、悪い方向へ進もうとしている。善を積んだはずが、その善が僕の方向へ倒れ、僕を押しつぶそうとしている。
 自殺なんて考える狂った脳みそで、巻き込まれる僕の心境なんて灯は考えちゃいない。
 僕は自己中心的ではないが。
 灯は自己中心的だった。
 それが兄妹の小さな差異である。
 その小さな差異が積み重なって、現在。なのに僕は、
「あ、ああ。僕はいつも灯を愛しているよ。行こうじゃないか、異世界へ」
 なんて、引きつった微笑みを浮かべつつ、そんなことを言うのであった。
 腐っても自己中心的ではいられない。
 他人のために死ぬのが僕なのである。
 僕、雛波青志あおしなのである。
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