妹、異世界にて最強

海鷂魚

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十話

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 ベランダでかなり焦っていると、灯が風呂から上がったようで、部屋にやってきた。
「おかえり」
「ベランダにいたんだ。何してたの」
「やばい。かなりやばいぞ」
 僕はベランダから部屋に入り、ソファに腰掛ける。目の前で灯が立って僕の顔を覗き込むが、今の僕の顔は相当切羽詰まった顔をしているだろう。
「どうしたの?」
「腰の鎖、見てくれ」
 一度座ったソファから立ち上がって腰を見せる。鎖が巻きついて離れない腰を。
「見たよ」
「刀が外れないんだ」
「みたいだね。溶接されたみたいに鎖が木刀と繋がってるもん。外れないよこれ」
「気楽そうにいうな。これじゃあ僕はこの戦争において無力なんだぞ。能力の付属された木刀を使えないで、そこら辺の武器屋で武器買ってみろ。武器を持ってるだけで疲労するわ。絶対に戦えない」
 すると灯はニヤニヤしながら、
「じゃあ私が守ってあげなきゃねえ~」
 という。バカにされているが無視。今は兄妹喧嘩をしている場合ではないのだ。
 僕は自分が無力なことによってバイオレットに及ぼす被害をわかりやすく説明した。
「…………」
 黙り込む灯に追い打ちというわけではないが、
「刀どころじゃあない。鎖も取れない。これじゃあトイレも行けないし風呂も入れない。どうすれば……」
 実は地味に一回もトイレに行っていない。異世界のトイレとはどんな感じなのか。同じ人間が考えて作っているはずなので設計などは似ているはずだが……。いけない、考えていたら催してきた気がする……。早くこの鎖なんとかしなければ。
「じゃ、じゃあ私の力で思いっきり鎖を千切れば……」
「その力に巻き込まれる僕の体が千切れるわ!」
 下手をすれば宿も倒壊するおそれがある。灯の力は早々に使えない。というか遅々にしても使えるかどうかは謎だ。
 未だに全力は見ていないが、相当の力を持っていることは明らかである灯の能力だ。パンチの風圧で壁を破壊するのだから、アルハで大暴れしても、そばにいる僕や仲間が巻き込まれるおそれだってある。容易には使えない。
 しかし普通の力でガチャガチャと僕の腰についている鎖をいじる灯は、力加減ができるようでよかった。
 ただし、500キロ以上の握力があるゴリラに体を弄られている気分だが。
「も、もういいよ」
 恐れをなして灯に放してもらう。
「ちょっと、トイレ」
 もう実はかなり近い。今日ずっとしていなかったからだ。
「大丈夫なの?」
 灯の心配に、しかし頷く僕。
 だが大丈夫なわけがないだろ。こんなにガチャガチャに鎖が巻かれているのに、ズボンが脱げるわけがないだろ。
 しかし大丈夫なふりをしてトイレに駆け込まないと、もう漏れる。漏らしたくないが脱げないのだから漏らすしかあるまい。そして漏らすのならば妹の前では決して漏らしたくないのが兄の矜持であった。
 しかし漏らした後どうすればいいんだろうか。
 トイレに駆け込んだ僕は考える。考えつつ鎖を解こうと頑張るが、結果は芳しくない。
 漏らす前提なのが悲しいが、仕方がない。
「さっさと解けろ!」
 最後の抵抗だ。もうすぐ漏れる、そんな怒りや悲しみの嘆きとして叫んだ時。
 鎖がジャラッと腰から離れ、ゴトンという音を立てて木刀が床に落ちた。
 結果として僕は漏らさずに済んだのだった。
 トイレは不思議なもので、紙がない。しかし横の壁にあるボタンを押したら、治癒魔法で消える傷のごとく尻が洗浄され、モノはいつの間にか消えていた。
 洗浄機能については、後で手を洗えばいいやと思い、思い切って尻を触ったが、手には汚れどころか匂いさえついていなかった。
 トイレ事情に限ってはこの世界の方が上だ。清潔すぎる……。
 また異世界の良い点をみつけたところで、鎖ごと木刀を持ってトイレから出た。
「兄ちゃん叫んでたねぇ。それで取れたの?」
「うん」
 頷く。発言すればそのいうことを聞いてくれる能力なのだろうか。
「腰に巻きつけ」
 試しに言ってみると、鎖が動き出して瞬時に腰に巻かれた。そして木刀は帯刀した形に落ち着く。
「すごーい。もう一回やって!」
 妹の言うことを聞くのも癪だが、この木刀の能力も知っておかなければなるまい。使えるかどうかはわからない形をしているけれど……。
「解けろ」
 しかし鎖は外れなかった。
 僕はまだ、入浴していない。
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