妹、異世界にて最強

海鷂魚

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十八話

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「起きてくださいアオシさん。リダに到着しましたよ」
 声をかけられ、僕は目覚めた。
 時間を見ると、三十分も寝ていない。
 そのうちに僕らはリダへ到着したのだった。
 あまり街の風景は、さっきまで宿泊していた町と変わらない。
 灯は先に馬車から降りて運動していた。ずっと座っていたから凝ったのだろう。僕も伸びをしてから、シバリアさんと馬車降りた。
「じゃあ集会所を探さないとな」
「お待ちくださいアオシ様。この子の宿を探してあげなくては」
 僕を止めたのはヴィルランドールさんだった。馬車を一時間走らせてくれた馬を馬小屋へ預けたいのだと。
 確かにいちいちの移動で馬車を使ったり馬車が付いてきたりしていたら邪魔だったり、馬が肝心なところでへばるだろう。
「じゃあヴィルランドールさんは馬を馬小屋へおねがいします」
「せっかくだったらお馬さんにも最高級の馬小屋に泊まらせてあげたいね」
 僕に若干かぶるように灯が言う。
「しかしわたくし、そのような金額の金銭は手に持ってません……」
 ヴィルランドールさんは困ったように言った。
「私勇者だから無料だよ」
「しかしアカリ様は皆様と集会所へ向かわれるのでは? 馬小屋によっていくお暇はありますか?」
 ヴィルランドールさんのもっともな意見に僕も頷く。
 勇者でもあり、ギルドバイオレットのギルド長でもある灯が席を外して、僕とシバリアさんだけで集会所へ向かうのはいささか筋違いだろう。
「だからと言って、私の紋章をヴィルランドールさんに預けるのはなー。いや、信用してないわけじゃないよ? 無くされた時困るからさ」
 それを信用してないって言うんだぞ、灯。
 ヴィルランドールさんの苦笑いを横目で見つつ、
「僕らはギルドの仲間だ。ヴィルランドールさんもその枠外ではない。ギルドならば集団行動をしなければならないだろう。馬小屋まで一緒に行こう——」
 と、言ったところで、灯がボソッと一言。
「勇者なら銀行でお金もらえないかな」
「いや、それは無理でしょうよ……」
 僕はすぐさま反論する。さすがにそれは横暴すぎではないだろうか。銀行だって無限に国から金が湧いて出ているわけではない。人が貯金などをしてるからお金があるのだ。
「——大変申し訳ありません。銀行はお客様の貯金や引き出しをする場所でありますゆえ、勇者様とは言っても、お金をお渡しすることはできません……」
 申し訳なく言うのは、銀行のお姉さんだった。とりあえず馬と馬車はヴィルランドールさんに任せてそこら辺に停車させておいて、僕らは銀行に向かったのだ。お金がもらえたらいいと思って。大方もらえないと思っていたが、実際にもらえたらラッキーである。なので向かったのだが、すると先ほどのセリフである。
「やっぱり諦めるしかないな。こんな強盗じみたことできるわけないんだ。みんなで馬小屋へ行こう」
「お姉さんさぁ。私が誰だがわかる?」
 僕を無視して、銀行員のお姉さんに威圧をかける灯。これはまずい。隣にいるシバリアさんと目があったが、彼女は小さく首を振った。『これはだめです』と。
 まずい、このままでは警察を呼ばれかねない。警察と勇者では勇者の方が偉いとは思うが、さすがに強盗をするような勇者であれば逮捕されるのではないだろうか。よく政治金不正使用して逮捕される政治家のように。
「やめろ灯。帰るぞ」
 灯の手をとるがそれを振り払い、灯は窓口の机を叩いた。その机がひび割れるほどの力で。
「私が勇者になったのはそれほど強いからだよ。この銀行ごと潰して、あなたを殺してしまっても構わない。それを実行する力があるから。それが理解できたなら、お金を用意して」
「は、はい……。おいくらをご用意すれば……」
「三千万。ある?」
「はい……。ただいま……」
 銀行員のお姉さんが奥に消えた。
 これはまずいぞ……。警察に通報されるのでは……?
 ていうか三千万も馬小屋に必要ないだろ。何を考えているんだ、このクレイジー妹。
「お待たせしました。お受け取りください」
 そして用意された三千万円をかばんごと受け取り、灯は、
「ほらいくよ!」
 と、ウキウキとして銀行を出た。
「おい待て灯! それ返せ!」
「いいんです勇者様の付き人の方」
 叫ぶ僕に銀行員のお姉さんが止めに入る。
「勇者様には無償で身を捧げなければならない。それは変わりない条約です。それを、銀行だからといって反故にしようとしたのはこちらです。本当に申し訳ありませんでした」
「いや、いいんです。本当にこちらこそすいません。本当にもらっていいんですか」
「……はい……」
 いや、相当落ち込んでいるぞ、この人。
 だからと言って今更返しても銀行員のお姉さんとも揉めるし、灯とも揉める。
 貰っておくしかないか……。
「すいません、じゃあ、これで……」
「すみませんでした」
 シバリアさんと何度も頭を下げながら、銀行を後にする。外では灯が待っていた。
「遅いよー。なにしてたの」
「お前なぁ。僕は今さっきシバリアさんとお前の横暴さに謝りながら出てきたところだよ。なに考えてんだ、一体」
「いいじゃん、勇者なんだから。それよりヴィルランドールさんとこ戻ろ!」
「おい——まったく」
 灯を止めることを諦めて、僕らは馬車の止めてあるところまで戻った。
「ヴィルランドールさーん」
「はい。お待ちしておりました」
 馬車の中で休んでいたヴィルランドールさんが出てきた。
「これ、ヴィルランドールさんの年収の三千万。今年はこれで過ごして」
「ええっ、そのような金額、いただいてもよろしいのですか」
 まさか強引に手に入れた金だと知れば受け取らないだろう。灯はうまく、
「勇者様だからね、いくらでもお金はもらえるよ」
 と、言うのだった。
 僕らに目配せしつつ、『余計なことを言うなよ』と言いたげな灯。それに従うしかあるまい。ヴィルランドールさんが受け取らないとなると、銀行から奪った金は無駄になる。そう考えると、ヴィルランドールさんに受け取って貰った方がいくらかマシだ。
「ありがとうございます。一生懸命、働きます」
 ヴィルランドールさんは大きなかばんに入ったお金を受け取ると、馬車の運転席の荷物を入れられるところに詰め込んだ。
「では私はこの馬を馬小屋に、馬車は盗まれないようにしてきます」
「はい、よろしくー」
 灯は軽く手を上げて、ヴィルランドールさんを見送った。
「じゃあ私たちも集会所に向かおうか」
「そうだな。何はともあれ、仲間を探そう。お金のことはしょうがない。でも灯。これからはああ言うやり方はするな」
「……なんでよ。別にいいじゃん。勇者なんだから」
「勇者だからと言ってなんでも許されるのか?」
「許されるよ、勇者だもん」
 聞き分けのない灯にうんざりする。
 こいつはここまで道徳心のないやつだったか。それとも、勇者という立場が、人をここまで横暴にさせたか。
 勉強はできなくても正誤の判断はできると思っていた。あんな強盗みたいなやり方で金を奪っても勇者だから許されるという意見は間違っている。
 勇者は人を守るから、救うから勇者ではないのだろうか。
 これではただの蛮族と変わらない。金を強引に奪って、いざとなったら暴力に訴える。そんなやり方、間違っている。
「まあ、落ち着いてください、二人とも」
 シバリアさんが僕と灯の間に入る。
「アカリさんのやり方は良くありませんが、確かに勇者にならば、誰であろうと身を尽くさなければなりません。それをしなかったのは今回銀行側です。アカリさんが全て悪いわけではありません。両方に何かが足りなかった結果が、さっきの出来事です。もうことは終わったので仕方ありません。私たちは一刻も早く仲間を見つけ、アルハへ向かい、魔王を倒さなくてはならないでしょう」
「その通りですね」
「うん……。これからは気をつけるよ、ごめん」
 兄の言うことには耳を貸さず、年上のお姉さんの言うことになら素直に謝る。まあよくあることだ。この場合、シバリアさんが主導権を握ってくれなければ、兄妹喧嘩になっていたかも知れない。感謝しなくてはならなかった。
「ありがとうシバリアさん」
「どういたしまして」
 歩きながら、シバリアさんに軽く頭を下げる。シバリアさんも気にしていないようだった。
「もう終わったことです。いつまでも気にしていたら仕方ないでしょう。集会所はもう直ぐそこです。というか、ほら、あのかばん見えますか。その隣の建物が集会所になりますよ」
 指差す先には飲食店の看板らしきものが店先に出ている。そのさらに先。そこに集会所があった。
 そして集会所に到着して、中に入る。中は最初に行った集会所と大差ない。酒場みたいになっており、横の壁にでかい掲示板が設置されている。
 じゃあ掲示板に募集用紙貼ろうか——と、言いたいところだったが、しかしこの集会所では、それどころでないことが起こっていた。
 乱闘だ。しかし、それもすこし様変わりな。
 部屋の中にいる男たちが勢いよく拳を振るうが、その振るった先にいる二人組の女の子にボコボコにされているのだ。
 その二人組が、異様だった。
 ただの人間ではなかったのだ。
 腰から尻尾が生えており、頭には大きな猫耳。
 それの白バージョンと、黒バージョンが二人で組んでおり、男たちをボコボコにしていた。
 白猫と黒猫が、場を圧倒していた。
 それを見て退出しようとした時に、灯の姿が見えなかった——いや、いた。
 黒猫と白猫の女の子の二人に、小走りで向かっていたのだ。
 いや、何をしている、こいつ——
「灯——」
 そして灯は二人組の——黒猫の方に接触。黒猫は先ほどまで戦っていたその勢いで、灯に殴りかかったが、灯がそれを華麗に避けた。白猫がそれを見て、灯に蹴りを入れる。しかし、その蹴りを片腕で受け止めた灯は——
「ストーップ!!」
 と。
 鶴の一声で、ボコボコにされようと立ち上がる男たち——それと二人組の白猫と黒猫の女の子の動きを止めた。
 白猫の女の子は、左足の蹴りを灯に止められたままの体勢だったので、足を引っ込めた。
 訪れる静寂。
 僕とシバリアさんは、それを見ているしかやることがなかった。動けなかった。
「君たちかわいいね! 私のギルド——バイオレットに入らない?」
 灯がとった行動は、異形の二人——白猫と黒猫の二人の、勧誘だった。
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