妹、異世界にて最強

海鷂魚

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十九話

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「私の名前はクロ」
「儂の名はシロじゃ」
 乱闘現場から二人の猫を連れ出した僕らは(連れ出したのは主に灯)、外の誰もいないところまで彼女たちを連れこんで、話を聞いているのだった。
 その連れ込みに二人が従ってくれたのは、単純に、灯が強かったからだろう。
 大男を相手取って圧倒していた自分が、灯に軽く扱われるのだ。
 力の差がわかったのではないだろうか。
「私は灯。このおにーさんが私の兄の青志。この緑色の髪の毛の人がシバリアさん。もう一人馬車を運転してくれるおじいさんがいるけど、今は別行動中。よろしくね!」
「アカリにアオシか。変わった名前じゃのう」
「シバリアは普通の名前よね」
 シロとクロはそんな風に二人で顔を見合す。
「ふふ、私は勇者で、私とお兄ちゃんは異世界からやってきたからね。二人にして見たら、格好も不思議なんじゃない?」
 今着ている私服を見せびらかして、灯は言う。
「確かにのう」
「確かにね」
 また顔を合わす二人。
 仲が良いように見える。
「儂が姉でクロが妹じゃ。異世界人ほど珍しくはないじゃろうが、儂らは半魔と呼ばれる身分。つまりは人間と魔物のハーフじゃな」
「さっきの乱闘も、私たちがギルドを探しにきた時に、いちゃもんをつけてきたおじさんたちと喧嘩になったのよ。そんな私たちを迎え入れてくれるのならば、とても光栄だわ。バイオレットといったかしら。ぜひ入らせてほしいわね」
「ちょーっとまてクロ。早々に自分の身を安売りするもんじゃないわ」
「何を言うのかしらお姉ちゃん。お姉ちゃんもギルドに入ろうって。私たちに優しくしてくれるギルドがあったら入りたいって言っていたじゃない。そのギルドがまさにこのバイオレット、ギルド長のアカリさんたちじゃない」
「待て待てクロ! 赤裸々に話すでない、恥ずかしいわ!」
 仲が良いのか悪いのかよくわからない二人だった。
 しかしギルドに入りたいと思っていたなら、それはもうウィンウィンの関係ということだ。灯はもちろんのこと、シバリアさんも反対はしていない。僕も彼女らを招くのに反対意見はなかった。
「でも、ハーフだからっていって喧嘩になるなんて大変だったね。怪我してない? ここにいるシバリアさんは治癒魔法が得意だから、治してくれるよ」
 灯は優しくそんなことを言う。さっきの強盗事件とは真逆の存在だ……。
「怪我なんて人間相手にせんわ。儂らは魔物と人間のハーフ。特に儂らの親だった魔物は戦闘に特化したタイプの魔物じゃ。儂らは人間に比べたらすごく強いぞ」
「そんなお姉ちゃんの蹴りはアカリさんの片腕で簡単に止められてしまった。それができるアカリさんにギルドへ招待していただけるのなら、私たちもそれを拒否する理由はないわね、お姉ちゃん」
 クロはバイオレットにはいることを簡単に了承してくれているが、肝心の姉、シロがそれを拒む。
 拒むと言うか、
「ええい喧しいぞクロ! 少しは黙っとらんか!」
 シロが恥ずかしがっているようだった。恥ずかしがり屋のシロをどう説得するか考えるべきかとおもったが、
「じゃあいいよ。お姉ちゃんは残ればいいじゃない。私だけギルドに入るわね」
 と、いうクロの一言によって、
「入らんとはいってないわ! 入る!」
 見事、シロのギルド編入も果たされた。流石、姉の扱い方を理解している妹だった。
「よろしくね、シロ、クロ」
 シロとクロ、両方に両手を差し出す灯。二人が少し戸惑っていると、
「握手だよ! 握手!」
 と、少し強引に、シロとクロの手を取った。
「おうおうおう」
 繋がれた手をブンブンと振り回されながら、変な声を出す二人を見て、可愛らしい姉妹だなと感じた。
 ハーフという身分で差別されてきたのだろう。だから乱闘に巻き込まれることにもなった。ふたりがたまたま強かったから、今無事で入られたかもしれないが、シロとクロがただの弱い女の子であったら。
 きっと殺されていたかもしれない。
 ただでさえ現在、人間と魔物——シュバルハとアルハは戦争をしているのだ。敵国のハーフなんて、忌むべき存在だろう。
「シバリアさんは、ハーフに偏見とかありませんか」
 あまりシロとクロに何かを話す印象がなかったシバリアさんに、耳打ちしてみる。
「ええ。大丈夫ですよ。この子たちは可愛らしいし、可愛くなくても、仲間になるというのなら大歓迎です」
 と、シバリアさん。
 さすがは頼もしいおねーさんである。
「じゃあこれで、いよいよ向かうはアルハだね!」
 灯がこちらを向いて言った。
 灯の後ろではシロとクロが手を振り回されてクタクタになっていた。そりゃあんな勢いで手を振り回されて、肩とか脱臼しないほうがおかしい。ふたりが強くてよかった。
「食料集めをしないといけませんよ。アルハでは人の料理が出ませんから」
 そうだ、失念していた。
 ていうか、人が食べられるものがあったところで、それを提供してくれる魔物なんていないだろう。
「うーん、そうだね。じゃあヴィルランドールさんとこに戻って、食べ物が盛んな町とか行こうか。昨日の町やリダに来て思ったんだけど、何かを専門で売っている店はないよね」
 僕も気づいていたが、灯も気づいていたようだ。シュバルハは食べ物屋さんがない。ファミレスのような役割を果たす飲食店では保存食などの食料は販売されていないし。
 そういう文化が盛んなところに行かなければ、手に入らないものが多い。
「そうしよう。異議なし」
「私もアオシさんに同じです」
「儂らも意見はない」
「です」
 皆、意見は合致した。
 馬小屋などはリダの集会所が一番近い所を選んだので、歩いて十分ちょっとで、ヴィルランドールさんと合流することができた。
「——てなわけで、どこか知ってますか?」
 シロとクロはリダ出身リダ育ちだそうで、外の世界を知らないらしい。まあ、年齢も僕と同い年ぐらいだろうし、知らなくて当然と言える。シバリアさんも外に出ないインドアな人間だったらしく、知らない様子だった。後の頼みは知恵と知識が詰まってそうなヴィルランドールさんだ。
 そしてヴィルランドールさんは、
「西に三時間ほど走ると、オールラという、食文化が盛んな町があります」
 と、地図を指差して教えてくれた。
「馬の体力なら問題ないです。行きましょうか」
「三時間だったら、着くのは夕方だな。行こうか」
 僕が言うと、灯はそそくさと乗り込んでいた。馬車が気に入ったようだ。確かに、灯は昔から車や電車で外の風景を見るのが好きだったな。窓側をキープしたかったのだろう。
 みんなぞろぞろと乗り込んで、僕が最後に乗り込んだ。扉を閉めて、ヴィルランドールさんに合図すると、馬車が動き出した。
 オールラへ向けて、いざ。
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