妹、異世界にて最強

海鷂魚

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二十九話

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「魔物が近くにいる。先代は魔物に追われてここまできたみたいだから。注意は怠らないで。特に灯」
「なんで私?」
「見てて思うんだけど、灯は緊張感がなさすぎる」
 不思議そうにする灯の頭に、軽くチョップをかます。
「あいた」
「そしてシロとクロには……僕の実力が十分わかったと思う。その点を踏まえて、うまく連携して戦ってくれ」
 僕がギルド長でもないのに指示を出しているのは、バイオレットのギルド長である灯に指示を出すだけの能力がないからである。
 敵だ! やっつけろ!
 という命令しかできないであろう灯の代わりに、僕が指示を出している。
「まあ、儂らもともと団体行動苦手じゃしな……。ほっといても勝手に戦って勝手に勝っとるわ」
「それはそれで問題だが……」
 曲者揃いのバイオレットである。まともなのは僕とシバリアさんだけか(運転手も含めればヴィルランドールさんもまともな人物の内に入る)。
 念のため、すぐにヴィルランドールさんと話ができるように、運転席と客席をつなぐ小窓は全開にしてあるし、シロやクロも臨戦態勢でいる。
 このまま馬車を走らせていても問題ないはずだ。
 馬車を走らせてから数分も経ってないが、そろそろ先代を追っている魔物に出くわしてもおかしくない。
「前方に人! 一人です」
 ヴィルランドールさんの声が客室に響いた。一斉に窓から顔を覗かせると、遠くて小さくしか見えないが、確かに一人、倒れているでかい生き物のよこに、人間が立っていた。
「先代勇者のギルドメンバーでしょうか」
 シバリアさんがいう。その可能性はなきにしもあらず。だが、先代が逃げ出すほどの魔物を倒すギルドメンバーがいるのだろうか。
「馬車ごと吹っ飛ばされたらやっかいね。先に様子を見て来る」
 窓から飛び出したのはクロだ。馬より速い脚で、人のところに向かった。
「儂も行く。明らかにさっきの勇者よりつよいぞ、あやつは。この辺で馬車を止めい」
 シロの命令で馬車が停止する。
 本当に強い者は、相手の力量を測れる——のか。僕には全く理解ができない。さきほどの先代と大して格好の汚さも変わらないただのおじさんが立っているようにしか見えない。
「私も行くー! 兄ちゃんはシバリアさんよろしくね」
 シロと灯の二人は馬車を降りてクロを追った。クロはもう前方の人物と接触しており、何か話しているようだった。
「何者でしょうね……」
 心配そうにいうシバリアさん。それもそうだ。さきほど、先代と出くわして死にかけたのはシバリアさんだけだ。
 僕も相当ボコボコにされたが、死ぬ程度ではなかったし、戦う力もあった。それがないシバリアさんにとって、先代のような人物と出会えば、この先接触する人間が疑わしく、脅威に見えるだろう。
「でもまた、アオシさんが助けてくれるって、守ってくれるって思うと、少し安心します……。アオシさんからしたら、お荷物を守らなきゃいけないなんて、うざったいでしょうけど」
 下を向いてもじもじするシバリアさんに焦ったさを覚えつつ、
「そんなこともありませんよ」
 と、否定する。
「シバリアさんが泣いてたから、僕は立ち上がれた。立ち上がって、刀を振れた」
 腰にぶら下げてある木刀を優しく撫で、シバリアさんのおかげで戦えたことを告白する。結構恥ずかしい思いをするが、胸がスッキリするのも確かだ。
「アオシさんは、カッコイイです」
 シバリアさんがボソッと言って、顔を赤らめた。その表情に見とれそうになりつつ、外の様子も確認する。灯とシロも前方の人物に接触し終えている。何か話していた。
「敵ではなさそうですよ。遠目だけど、戦意とかは感じられない」
 エネルギーが目に見えているわけではないが、戦う気なら、もう戦っているはずだ。ノロジーという弱肉強食の世界で、まさか口喧嘩しているわけでもあるまいに。
「そうですね。何を話してるんだろう」
「本当に口喧嘩してたり、なんて」
 などと、そうこう話している間に、四人が帰ってきた。そう、謎のおじさんが、灯とシロとクロの中に混じってやってきたのだ。
「シバリアさんは中にいて」
 僕はシバリアさんにそう言い残して、馬車を降りた。
「どうも、いいにいちゃんが奥で隠れてたのかね」
 クロや灯とシロが先行しておじさんのもとに向かっている間、僕が馬車にいたことを指して言っているらしい。
 遠くから見たらただの汚いおじさんだったが、近くで見ると迫力がある人物だ。
 背が高く、長髪で、髪が散り散りになっている。筋骨隆々で肌が浅黒く、瞳は吸い込まれそうなほど暗い。
「兄ちゃん。この人は、先代勇者を追っていた魔物を倒した、先代勇者の師匠だってさ!」
 灯の説明で納得がいった。なぜこんな山道に人がいるのか。
 師匠が弟子とともに移動していたかどうかまではわからないが。
 ともかく、先代勇者の師匠が彼で、そこに倒れている魔物を倒したのも彼だということだけが事実として残っている。
 ならばそれだけで情報はいいだろう。
 問題はその先だ。
 なぜ、灯たちはこの人を連れてきたのか。
「仲間になってもらおうと思ってさ。座席、一人分空いてるし!」
「申し遅れた。私の名前はザギという。気軽に呼び捨てで構わんよ」
「よろしくおねがいします。ザギ……さん。僕はアオシ。馬車の中にもう一人いるのが、シバリア」
 声が聞こえて、慌てて降りたシバリアさんが出てきた。
「どうもシバリアですっ。すいません馬車の中で……」
「いやいや、構わんよ」
 ザギは優しい笑顔を見せて、シバリアさんに接する。僕とは対応が全然違うな。美人には大男も弱いのか。
「この辺りはアルハに近い。魔物もたまにここまで来ることがあるんだ。それの討伐を、先程アオシくんが倒した勇者とやっていたんだが、彼が逃げ出してな。次見つけたら殺そうと思っていたから、倒してくれたのならよかった」
「倒したというか、逃したようなものですけど」
 それでいい。というザギ。
 そのまま馬車に乗り込んで進もうとしたところで、
「道に転がっている巨体の魔物、邪魔なのでどかせませんか」
 ヴィルランドールさんが困ったように言った。
「すまん。どかしてくる」
 ザギが馬車から降りて走っていった。そして魔物の死体を押し投げて、山の茂みに捨てた。体長十メートルはあるぞ。それをあんなに軽々と……。
 ザギの強力な腕力に恐々としつつ、馬車は進んだ。そしてザギを乗せて、本腰を入れて出発した。
「足止めを食らったので、早めに進んでいた道のりが予定通りになりましたよ。今夜もシュバルハで寝泊まりすることになりますぞ。今夜が最後になりますが……気を引き締めて参りましょう」
 ヴィルランドールさんは清く正しく美しくを体現したかのような紳士だ。その紳士の言葉に背中を押されつつ、覚悟を改めた。
 僕たちはまだアルハにすら着いていない。
 緊張は続く。
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