妹、異世界にて最強

海鷂魚

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四十四話

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 シュバルハが悪だろうと、アルハが悪であったところで、結局のところ、魔王は誰かが殺さなければならなかった。
 彼は僕らを恨んでいただろうし、謝ったところで許される範囲の話ではない。
 そしてアルハが悪であるのならば、魔王の話が全て嘘っぱちならば、結果魔王を殺せばシュバルハは救われる。話は終わる。
 と、いうことで。
 僕らはアルハという一つの国を、ほとんどを灯の力だけで、壊滅させたのだった。
 最後の最後に、アルハの希望であっただろう魔王を、ルーツェを殺害することによって、アルハの未来は幕を閉じた。
 魔王は三寂の力で塵になったし、国も最後の一撃で王都に残る建物はほとんどない。日本にも東京大空襲という歴史的空襲があるけれど、その時の東京を想像してもらえれば分かりやすい有様である。瓦礫ごと塵にされているので、それに比べると瓦礫は少ないけれど。
 そうして、今回の件により、アルハにとって絶望的な終末を迎え、僕にとって後味の悪い魔王討伐の旅は終わった。
 僕は、魔王を殺しておいてなんだけれど、まだシュバルハが怪しいと踏んでいる。シュバルハは何かを隠していると思っている。
 その秘密は国の規模でなのか、王の独断による圧政によってなのかはまだ知らない。国民であるシバリアやシロやクロがこの戦争——いや、一方的な殺戮の正体を知っているのだとしたら、国民総出でアルハを貶めにかかっていたのだろうが。
 三人はこの戦争もどきのことを何も知らないようだった。
 戦争もどき。
 戦争のようなもの。
 一方的な殺戮。
 言い方はそれぞれあるけれど、どれにも当てはまるのが今回の事件になるのではないだろうか。
 三寂を放った今、そこに残るのは静寂のみ。
 皆、言葉を失っていた。
 しばらくの間、みんなで更地になった魔王都を眺めていた。
 おそらく、みんな、シュバルハに何かあると予感している。
 そう、灯以外は。
「兄ちゃん、なんで邪魔したの? なんで、私を殺そうとしたの?」
 そうだった。
 僕は灯を殺害するふりをすることによって、灯に三寂の回避行動を取らせ、その隙に魔王を三寂で吹き飛ばしたのだった。
「とっさにジャンプしたけど、私を殺したければ上に撃ったらよかったじゃん」
「あれはお前を殺すふりをして、魔王を殺す作戦だったんだ。敵を騙すなら味方からっていうだろ。灯には悪かったけれど、そうしたことで、魔王を殺せた」
「私一人でやれたよ!」
 灯の激情は。
 僕の心には響かない。
 現在涙をこらえながら、僕に怒りを見せる灯だが。
 現状、ズタボロの灯に、返り血ではなく、自らの血で汚れている灯に。
 魔王を殺せたとは思えない。
 到底、思えない。
 灯の怒りを買った恐怖よりも、魔王を殺せて、灯を——愛する妹を守れた安心感が勝っている。
 だから、僕は灯の激情を受け流す。
「お前には無理だったよ。今、立ってるだけで痛みが体に響くんじゃないのか。剥がれた皮膚が、裂けた肉が、折れた骨が、お前を苛んでいるんじゃないのか」
「…………」
「シバリア。灯を早く治してあげて」
「あっ、はい、遅れてすいません」
 慌てたシバリアが灯に近づくが、それを灯がはねのけ、僕に迫った。
 僕の胸ぐらを掴み、僕のことを殴ろうと腕を——
「上がらないだろ、腕」
「う、ううう」
「お前はよく頑張った。シュバルハに帰ったら、王に会って問い正そう」
「で、でも本当に、私が悪かったら……!」
「大丈夫だ。僕も悪いしシバリアも悪い。シロも悪いしクロも悪い。みんな悪い。ザギも悪かったけれど、あの人は死んだ。死で罪を償った。灯だけが悪いわけじゃない」
「そんなの、そんなの! ただの屁理屈だよ! ほとんどの魔物は私が殺した!」
 僕の胸ぐらから手を話した灯は、僕の胸に顔を埋め、泣き出した。
「私こそ、死で罪を償うべきだよ……ザギが死ぬ必要はなかった……!」
「それは帰ってからわかることだ。王に全てを吐いてもらう。そうすれば誰が悪かわかる。お前が利用されただけだということもね」

「王に何を吐いてもらうのかな?」

 男の声がした。
 どこかで聞いたことのある。
 そして、ちゃんと聞こうと思っていたはずの声。
 ここで聞こえるはずのない声。
 声の方に振り返る。
 そこには、シュバルハの王が立っていた。
 僕たちを魔王討伐に送り出した張本人。
「私——いや、俺になんか用でも?」
「なぜ、こんなところに?」
「こんなところ? もはや、アルハが滅んだ時点でここはシュバルハの領土だが? 自分の領土にいて何かおかしいことがあるかな」
 シュバルハの王。
 黄金の冠を被った王。
 赤いマントを羽織った王。
 高級感のある服を着ている王。
 その王の姿が、一瞬、乱れた。
 目の錯覚かと思った。
 だが、それは錯覚ではない。
 テレビ画面のノイズのように、王の姿が霞む。
 やがて砂嵐のような姿になった王は、老けた白髭の男から、若い——僕と同世代の男に姿を変えた。
「よう、初めまして。雛波灯、雛波青志。俺の名前は西田光にしだひかる。よろしくな」
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