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四十六話
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シバリアを守れなかった。
婚約者である彼女を、愛すべき彼女を守れなかった。
シロを守れなかった。
あの純白は赤く染まって、消え失せた。
クロを守れなかった。
誰よりも優しい彼女は誰よりも残酷に殺された。
「いつまでそうしてんだよ」
声が聞こえる。
「いつまでうずくまってんだよ。いつまで灯ちゃん抱えて泣いてんだよ」
知っている声がする。
聞こえるはずのない声。
死んでしまったはずの声。
筒井金切の声。
前方に向くと、涙で霞んでよく見えないが、確かに筒井はそこに立っていた。
「私が西田光を金縛りにあわせてなきゃ、お前死んでたぜ?」
「お前が……助けてくれたのか」
通りで西田の動きは鈍かった。全く動かずにシロとクロを殺した奴がモーションを見せることがあるわけない。奴はあの時、金縛りにあっていたのだ。だから僕が攻撃できた。
「幽霊はいるって言ったろ?」
「そう……か」
気絶している灯の顔を見る。
灯が起きていれば、筒井が見えるか確かめたかったが。
「結局、僕一人じゃ何もできなかったな」
「そうだよ」
「結局仲間を守れなかったな」
「お前が無力だからだよ」
「西田を殺して、何が起こるんだ? 元の世界に帰れるのか?」
「そんなことは知らない。だけど、西田が君らを召喚したんじゃないことは、三寂が言ってたろ」
「そんなことも言ってたな……」
だからどうしろというのだ。
その魔術師とやらがどこで何をしていて誰なのかもわからないのに。
どうやってその人物に会うことができる?
「ヴィルランドールのところに戻れ、雛波。彼は無事だ。彼の馬車で王都に戻って、魔術師とやらを探してみろ」
「筒井、だけど僕はこれからどうすれば——」
筒井はもういなくなっていた。
散々、僕にアドバイスをくれた挙句、何も言わずにいなくなった。
僕はそんな筒井に寂しさを覚えつつ、あいつらしいなと感じた。そして、ヴィルランドールさんのところに戻ることを決めた。
仲間をほとんど殺されて、ノコノコと戻って来た僕に、ヴィルランドールさんは何ていうだろうか。
僕を責めてくれるだろうか。
僕なんかを……。
「灯、灯」
灯に声をかけたが、返事がない。
苦しそうに顔を歪めて眠っている。
僕は灯を抱きかかえて、やっと立ち上がる。
灯が女の子だとはいえ、中学生は重い。僕は灯を赤子のように抱きかかえ(その際、灯の足は引きずられている)、ゆっくりと、一歩ずつ歩くことにした。
森から魔王のところまでは灯のダッシュで数分でついたが、こんな亀の歩きのようなスピードで歩いて、どれだけの時間がかかるだろうか。
だが、僕は灯を置いていくことは考えないし、ここで諦めて死ぬことも考えていない。
シバリアが死んでしまった以上、この世界は僕にとって無意味だ。
元の世界に帰ろう。
僕らを召喚した魔術師には、王様から帰っていいと伝言があったと伝えれば、それが通るのではないだろうか。
「三寂、いるか」
『ああ』
短く答えた女の声は、確かに三寂のものだった。
「お前なら、僕らを召喚した魔術師を知ってるな」
『ああ。その際、私からもうまく言おう』
「ありがとう」
会話はそれだけで終わった。それでよかった。また王都に着いたら魔術師探しに三寂を頼ればいい。
とにかく。
今は一歩でもヴィルランドールさんのところに戻らないと。
数メートル進んだところで、僕は振り返った。
シバリアの死体は僕の横にあったので、三寂で吹き飛ばなかったが、シロとクロの死体は西田のところにあったので、三寂で諸共に吹き飛ばしてしまった。
だが、なりふり構わず三寂を使わなければ、僕は死んでいた。
西田に全員、殺されていた。
自分の命と灯さえ守れたのなら、その事実を大切にしなければならない。
だが、今更になって、他の仲間を守れなかった罪悪感が、僕の心を蝕んでいた。一秒でも早く西田の計画の欠落を見抜いて、シバリアから杖を受け取って西田に三寂を振っていれば、皆を守れたかもしれない。
しかし、そんな例えばは、本当に今更だ。
もう、仲間をほとんど殺されたという事実しか、現実に残っていない。
そこに魔王を殺せた達成感や、西田を殺せた爽快感は、一切ない。
ただただ、虚しい。
敵を殺せたが、その喜びよりも、仲間を殺された悲しさが勝る。
だから、敵の打倒を素直に喜べない。
「シバリア……」
僕は一旦灯を地面に下ろして、首から上のないシバリアの亡骸も運ぶことにした。
ここで雨晒しにされるのも不憫だ。
火葬でも土葬でも、何かしらの形で葬ってやらねばなるまい。
左腕に灯を。
右腕にシバリアを。
抱えて、また歩き始めた。
重い。
腕が辛いし、足は重い。頭痛がするし、もう死んでしまいたい。
ああ、もう、死んでしまおうか。
シバリアの杖があれば、喉にでも突き刺せば死ねる。
「灯」
妹の名前を口にして、灯を見る。
灯の顔は今も苦悶に歪んでいる。
その表情を見たときに、こいつだけは守らないと。と、強く思うのだった。
死にたくなったら、灯の顔を見る。
その繰り返しで、少しずつ歩みを進めるのであった。
右足を出して、左足を出す。右足を出して、左足を出す。
右足を出して、左足を出す。右足を出して、左足を出す。
右足を出して、左足を出す。右足を出して、左足を出す。
そうして一歩ずつ前に出る脚を見ながら歩いていたら、小石に躓いた。
「ぐっ」
灯とシバリアは傷つけられない。
なんとか踏ん張った。
深呼吸して、また歩みを進める。
歩け。
進め。
婚約者である彼女を、愛すべき彼女を守れなかった。
シロを守れなかった。
あの純白は赤く染まって、消え失せた。
クロを守れなかった。
誰よりも優しい彼女は誰よりも残酷に殺された。
「いつまでそうしてんだよ」
声が聞こえる。
「いつまでうずくまってんだよ。いつまで灯ちゃん抱えて泣いてんだよ」
知っている声がする。
聞こえるはずのない声。
死んでしまったはずの声。
筒井金切の声。
前方に向くと、涙で霞んでよく見えないが、確かに筒井はそこに立っていた。
「私が西田光を金縛りにあわせてなきゃ、お前死んでたぜ?」
「お前が……助けてくれたのか」
通りで西田の動きは鈍かった。全く動かずにシロとクロを殺した奴がモーションを見せることがあるわけない。奴はあの時、金縛りにあっていたのだ。だから僕が攻撃できた。
「幽霊はいるって言ったろ?」
「そう……か」
気絶している灯の顔を見る。
灯が起きていれば、筒井が見えるか確かめたかったが。
「結局、僕一人じゃ何もできなかったな」
「そうだよ」
「結局仲間を守れなかったな」
「お前が無力だからだよ」
「西田を殺して、何が起こるんだ? 元の世界に帰れるのか?」
「そんなことは知らない。だけど、西田が君らを召喚したんじゃないことは、三寂が言ってたろ」
「そんなことも言ってたな……」
だからどうしろというのだ。
その魔術師とやらがどこで何をしていて誰なのかもわからないのに。
どうやってその人物に会うことができる?
「ヴィルランドールのところに戻れ、雛波。彼は無事だ。彼の馬車で王都に戻って、魔術師とやらを探してみろ」
「筒井、だけど僕はこれからどうすれば——」
筒井はもういなくなっていた。
散々、僕にアドバイスをくれた挙句、何も言わずにいなくなった。
僕はそんな筒井に寂しさを覚えつつ、あいつらしいなと感じた。そして、ヴィルランドールさんのところに戻ることを決めた。
仲間をほとんど殺されて、ノコノコと戻って来た僕に、ヴィルランドールさんは何ていうだろうか。
僕を責めてくれるだろうか。
僕なんかを……。
「灯、灯」
灯に声をかけたが、返事がない。
苦しそうに顔を歪めて眠っている。
僕は灯を抱きかかえて、やっと立ち上がる。
灯が女の子だとはいえ、中学生は重い。僕は灯を赤子のように抱きかかえ(その際、灯の足は引きずられている)、ゆっくりと、一歩ずつ歩くことにした。
森から魔王のところまでは灯のダッシュで数分でついたが、こんな亀の歩きのようなスピードで歩いて、どれだけの時間がかかるだろうか。
だが、僕は灯を置いていくことは考えないし、ここで諦めて死ぬことも考えていない。
シバリアが死んでしまった以上、この世界は僕にとって無意味だ。
元の世界に帰ろう。
僕らを召喚した魔術師には、王様から帰っていいと伝言があったと伝えれば、それが通るのではないだろうか。
「三寂、いるか」
『ああ』
短く答えた女の声は、確かに三寂のものだった。
「お前なら、僕らを召喚した魔術師を知ってるな」
『ああ。その際、私からもうまく言おう』
「ありがとう」
会話はそれだけで終わった。それでよかった。また王都に着いたら魔術師探しに三寂を頼ればいい。
とにかく。
今は一歩でもヴィルランドールさんのところに戻らないと。
数メートル進んだところで、僕は振り返った。
シバリアの死体は僕の横にあったので、三寂で吹き飛ばなかったが、シロとクロの死体は西田のところにあったので、三寂で諸共に吹き飛ばしてしまった。
だが、なりふり構わず三寂を使わなければ、僕は死んでいた。
西田に全員、殺されていた。
自分の命と灯さえ守れたのなら、その事実を大切にしなければならない。
だが、今更になって、他の仲間を守れなかった罪悪感が、僕の心を蝕んでいた。一秒でも早く西田の計画の欠落を見抜いて、シバリアから杖を受け取って西田に三寂を振っていれば、皆を守れたかもしれない。
しかし、そんな例えばは、本当に今更だ。
もう、仲間をほとんど殺されたという事実しか、現実に残っていない。
そこに魔王を殺せた達成感や、西田を殺せた爽快感は、一切ない。
ただただ、虚しい。
敵を殺せたが、その喜びよりも、仲間を殺された悲しさが勝る。
だから、敵の打倒を素直に喜べない。
「シバリア……」
僕は一旦灯を地面に下ろして、首から上のないシバリアの亡骸も運ぶことにした。
ここで雨晒しにされるのも不憫だ。
火葬でも土葬でも、何かしらの形で葬ってやらねばなるまい。
左腕に灯を。
右腕にシバリアを。
抱えて、また歩き始めた。
重い。
腕が辛いし、足は重い。頭痛がするし、もう死んでしまいたい。
ああ、もう、死んでしまおうか。
シバリアの杖があれば、喉にでも突き刺せば死ねる。
「灯」
妹の名前を口にして、灯を見る。
灯の顔は今も苦悶に歪んでいる。
その表情を見たときに、こいつだけは守らないと。と、強く思うのだった。
死にたくなったら、灯の顔を見る。
その繰り返しで、少しずつ歩みを進めるのであった。
右足を出して、左足を出す。右足を出して、左足を出す。
右足を出して、左足を出す。右足を出して、左足を出す。
右足を出して、左足を出す。右足を出して、左足を出す。
そうして一歩ずつ前に出る脚を見ながら歩いていたら、小石に躓いた。
「ぐっ」
灯とシバリアは傷つけられない。
なんとか踏ん張った。
深呼吸して、また歩みを進める。
歩け。
進め。
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