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物心ついた頃から、他人が怖かった。他人の頭の中が怖かった。自分の姿が、言葉が、行動が、どんなふうに捉えられているのかわからないから、怖くて怖くてたまらない。
緊張しながら話すから、余計に力が入っておかしなことを口走ってしまい、何度も笑われた。からかわれることはしょっちゅうで、からかいで済まないことをされもした。
高校まで、学校は行ったり行かなかったり。
でも、卒業したからには、もう甘えていられない。自力で歩いていけるようにしないと、困るのは自分だ、と通院を決めた。
だけど、あいもかわらず、日々はただ降り積もる。どれも同じ花びらが、幾重も重なるだけのように。
まったく前進しない、足踏みだけのわたしの毎日は、ただそこに降り積もっていくだけ。
「自分のこと、もっと好きになってあげるといいんじゃない?」
「え?」
アドバイスされると思っていなかった。思わず首を曲げて後ろを見てしまう。
同じように首を傾けた彼と目が合った。さっきと姿勢が違わないようだから、たぶん、ずっとこちらを窺ったままなのだ。彼はにこっと微笑んだ。
「僕はもちろん、事情を知らないし、医者じゃないから、そういうことのメカニズムもわからない。でも、自分に自信を持って、自分を好きになれたら違うのかなって憶測」
バカにしているんだとばかり思っていたのに。
気まぐれでもいい。なんとか力になろうとしてくれる気持ちは、嬉しくないわけじゃない。でも。
「自信なんて」
こんな自分に、どうやって自信を持てるというのか。
「歌、上手だったのに。それは自信にならない?」
「そ、そんな。へたくそです」
「そんなことないよ。僕、曲名当てたし」
彼は歯を見せた。こちらに向けている口角から八重歯が覗いた。
もう片方も八重歯なんだろうか。そんなどうでもいいことを、確かめたいと思う自分がいる。そしたら、不思議と素直な言葉が口をついて出ていた。
「……本当は、わかっているの。考えすぎるのがよくないんだって。他人にどう見えるか、そんなの気にしたって意味がない。そう先生にも言われた。わかるけど、どうしようもないの。そんな自分が、嫌い」
いちばんの理解者であるわたしにさえ、好きになってもらえない、かわいそうなわたし。そんなわたしが、存在している意味なんてあるんだろうか。
「これ」と、彼が自分の明るい色の前髪をつまんだ。
「染めているんじゃないんだ。地毛なんだよ。ちょっとびっくりしない?」
「え?」
唐突なことに戸惑いながらも、確かに、と思う。とても自然な色には見えない。遠慮がちに彼の顔を眺める。整ってはいるけど、日本人離れしている、というほどでもない気がした。
「えっと……ご両親のどちらかが、海外にルーツが?」
彼は首を振る。
「ううん。詳しくは知らないけど、遺伝子の異常の関係で、生まれつき色素が薄いんだ。だからほら、肌とかも」
タータンチェックのシャツの袖をまくって、あらわになった腕。体毛がほとんどないと思ったら、色が薄いせいで金色の陽に透けていた。肌自体も白くきめ細かく、血管がうっすら透けている。
「きれい……」
本音を漏らしてしまったら、彼がはにかんだ。
「ありがとう。ね。そういうことだよ」
「え?」
袖を元に戻しながら、彼は言う。
「これを変だと思うか、きれいだと思うかは、その人次第ってこと」
頭の奥で、キーンと耳鳴りみたいな音が響いた。不快なものではなくて、ずっと奥のほうから、じわじわと冴えてくるような感じ。
「気持ち悪いって言われたことはあるよ。でも、きれいって言ってくれる人もいる。あなたみたいにね」
気持ち悪いという言葉にしゅんとする。同情とは少し違う。わたしも言われたことがあるのだ。
彼はふふ、と笑った。女性的な笑い方。
「人はいろいろだから。いちいち気にしていたらきりがない」
「いろいろ……」
「うん。だから、自分にとって嫌な声を、大事にする必要はないと思うし」
大事にしているって考えはなかった。でも、言われてみれば、自分からわざわざそれだけを取り上げて、くよくよしているのだから、大事にしていると言えるのかもしれない。
「僕は大事にするなら、あなたみたいな人がいい」
目を細めて笑いかけてくれる彼に、動悸が騒ぎ出す。
勘違いしてはいけない。彼が言っているのは、自分に向けられる好意的な声のこと。
「それでも気になるなら、個性だと思ったらいいんじゃないかな」
「個性?」
「そう。かっこよくない? 自分にしかない、オンリーワンの特性」
「オンリーワン……」
「この広い世界に一つ。一人、か。そう考えたら、自分のことが特別に思えるし、好きになれそうな気がしない?」
緊張しながら話すから、余計に力が入っておかしなことを口走ってしまい、何度も笑われた。からかわれることはしょっちゅうで、からかいで済まないことをされもした。
高校まで、学校は行ったり行かなかったり。
でも、卒業したからには、もう甘えていられない。自力で歩いていけるようにしないと、困るのは自分だ、と通院を決めた。
だけど、あいもかわらず、日々はただ降り積もる。どれも同じ花びらが、幾重も重なるだけのように。
まったく前進しない、足踏みだけのわたしの毎日は、ただそこに降り積もっていくだけ。
「自分のこと、もっと好きになってあげるといいんじゃない?」
「え?」
アドバイスされると思っていなかった。思わず首を曲げて後ろを見てしまう。
同じように首を傾けた彼と目が合った。さっきと姿勢が違わないようだから、たぶん、ずっとこちらを窺ったままなのだ。彼はにこっと微笑んだ。
「僕はもちろん、事情を知らないし、医者じゃないから、そういうことのメカニズムもわからない。でも、自分に自信を持って、自分を好きになれたら違うのかなって憶測」
バカにしているんだとばかり思っていたのに。
気まぐれでもいい。なんとか力になろうとしてくれる気持ちは、嬉しくないわけじゃない。でも。
「自信なんて」
こんな自分に、どうやって自信を持てるというのか。
「歌、上手だったのに。それは自信にならない?」
「そ、そんな。へたくそです」
「そんなことないよ。僕、曲名当てたし」
彼は歯を見せた。こちらに向けている口角から八重歯が覗いた。
もう片方も八重歯なんだろうか。そんなどうでもいいことを、確かめたいと思う自分がいる。そしたら、不思議と素直な言葉が口をついて出ていた。
「……本当は、わかっているの。考えすぎるのがよくないんだって。他人にどう見えるか、そんなの気にしたって意味がない。そう先生にも言われた。わかるけど、どうしようもないの。そんな自分が、嫌い」
いちばんの理解者であるわたしにさえ、好きになってもらえない、かわいそうなわたし。そんなわたしが、存在している意味なんてあるんだろうか。
「これ」と、彼が自分の明るい色の前髪をつまんだ。
「染めているんじゃないんだ。地毛なんだよ。ちょっとびっくりしない?」
「え?」
唐突なことに戸惑いながらも、確かに、と思う。とても自然な色には見えない。遠慮がちに彼の顔を眺める。整ってはいるけど、日本人離れしている、というほどでもない気がした。
「えっと……ご両親のどちらかが、海外にルーツが?」
彼は首を振る。
「ううん。詳しくは知らないけど、遺伝子の異常の関係で、生まれつき色素が薄いんだ。だからほら、肌とかも」
タータンチェックのシャツの袖をまくって、あらわになった腕。体毛がほとんどないと思ったら、色が薄いせいで金色の陽に透けていた。肌自体も白くきめ細かく、血管がうっすら透けている。
「きれい……」
本音を漏らしてしまったら、彼がはにかんだ。
「ありがとう。ね。そういうことだよ」
「え?」
袖を元に戻しながら、彼は言う。
「これを変だと思うか、きれいだと思うかは、その人次第ってこと」
頭の奥で、キーンと耳鳴りみたいな音が響いた。不快なものではなくて、ずっと奥のほうから、じわじわと冴えてくるような感じ。
「気持ち悪いって言われたことはあるよ。でも、きれいって言ってくれる人もいる。あなたみたいにね」
気持ち悪いという言葉にしゅんとする。同情とは少し違う。わたしも言われたことがあるのだ。
彼はふふ、と笑った。女性的な笑い方。
「人はいろいろだから。いちいち気にしていたらきりがない」
「いろいろ……」
「うん。だから、自分にとって嫌な声を、大事にする必要はないと思うし」
大事にしているって考えはなかった。でも、言われてみれば、自分からわざわざそれだけを取り上げて、くよくよしているのだから、大事にしていると言えるのかもしれない。
「僕は大事にするなら、あなたみたいな人がいい」
目を細めて笑いかけてくれる彼に、動悸が騒ぎ出す。
勘違いしてはいけない。彼が言っているのは、自分に向けられる好意的な声のこと。
「それでも気になるなら、個性だと思ったらいいんじゃないかな」
「個性?」
「そう。かっこよくない? 自分にしかない、オンリーワンの特性」
「オンリーワン……」
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