アヴィロードで会いましょう

朋藤チルヲ

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「なれ……るかも」

 言わされた気はしなかった。彼の話を聞いていたら、本当にそう思えるような気がした。

「よかった」
「でも」

 気持ちが軽くなったことは、確か。これまでよりずっと、前向きに考えられそうな気がする。
 でも、わたしは地面にじっと降り積もっていた時間が、あまりにも長すぎた。いきなり顔を上げて歩き出せない。怖い。

「何か、目標を立てようか」

 優しい彼は、またアドバイスをくれた。

「目標?」
「身近な、簡単なものでいいから。明日これをやろう、とか。ほんのちょっとだけの勇気で、達成できそうなもの」
「ほんのちょっとだけの、勇気で……」

 わたしは少し考えて、それから、思いついたそれに自分で震える。こちらを窺う彼の穏やかな瞳に、なけなしの勇気をかき集めて言った。

「明日、またここで会ってくれませんか……?」

 彼の瞳は、たちまち悲しそうになった。
 迷惑をかけてしまったと思うと、ひどくいたたまれなくなる。

「ご、ごめんなさい。ただ、あの、あなたの話を聞いていると、元気になれる気がして。でも、あの、忘れてください」

 調子に乗ってしまった。泣きたい気分。

「ごめん。そうじゃないんだ」

 差し込まれるようにして投げかけられた声が、わたしよりもずっと泣き出しそうで、意外に思えた。

「え?」
 彼は弱々しく笑った。
「明日は……行かないといけない場所があるから」

「あ……」

 気を遣わせてしまったんだ、と思った。優しい人のようだから、きっぱり断ることがためらわれるんだろう。さらに萎縮して、そうなんですか、とうなだれる。
 彼は首を引っ込めて背中を向ける。空を仰いだ。

「きっと、わずらわしいことが一つもない場所。それは絵空事みたいにね」

「それ」
 思い当たる詞があった。
「ストロベリーフィールズ?」

 彼は振り返って笑顔を見せる。

「わかってくれると思った」
「わかります、もちろん」
「あの歌詞はいいね」

 うなずく。

「すごく素敵な場所に行くんですね」

 きっと、恋人と会う予定があるんだろう。歌に負けないくらい素敵な人だから、素敵な相手が待ってくれているに違いない。

「ごめんね」
「いいんです」

 寂しさは拭えない。恥ずかしさも。申し訳なさも。でも、清々しさもあった。

「代わりにと言ってはなんだけど」
「え?」

「いつか、アビィロードで会いましょう」

 思わず目をしばたたいた。

 視線を落として考える。
 あの海外ロックバンドのファンであれば、その名称が、彼らの代表的な名盤を指していることはすぐにわかる。もしくは、その作品を収録したスタジオ。その前にある、あまりにも有名すぎる横断歩道か。

 いったい、何のレトリックのつもりなんだろう?

 降参だ。尋ねようと顔を上げる。
 ところが、そこに彼の姿はなかった。考え込んだのは、ほんの少しの間だったのに。

 ただ桜の花びらが、音もなく舞い落ちるだけ。
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