Rain man

朋藤チルヲ

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maria

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 処分される。まるで不要品のような言い方。
 その組織にとっては、それが当たり前の考え方なんだろう。そこで働く人間は物でしかなくて、要らなくなったら、私たちがゴミを捨てるように処分する。

 ただ悪いことに、朝日は殺し屋として有能すぎた。

 裏切って飛び出していった朝日を、連れ戻して、もう一度組織のために役立てることは無理。そうかと言って、捨て置くこともできない。
 なぜか。怖いからだ。

 朝日が、組織にとっていろいろと都合の悪い事実をたくさん知っているだろうことは、私にだって想像がつく。
 組織側としては、そんな人間を野放しにしておいて、いつ秘密を公言されるかと怯えて過ごすのは嫌だし、これまでの恨みだと乗り込んでこられたら、職人を総動員しても太刀打ちできないと考えているのではないだろうか。

 だから、見つけ出して処分する。
 朝日はゴミはゴミでも、一般ゴミではなくて有害なゴミなのだ。

 だけど、私にとってはもちろん、朝日は有害なんかじゃない。
 そもそも、朝日を害のあるものに仕立て上げたのは、組織のほうじゃないか。

 朝日は、本当は、私なんかよりずっとずっと真っ白だ。もし今と違う人生があったなら、きっと豊かに過ごせたに違いないのに。

 下唇を噛んだ。
 泣き出しそうになったからと言うより、私の中の黒く汚れた渦のようなものが、口から飛び出しそうになったから。飛び出せばそれは、私を包み込んで支配して、きっと私はどうにかなってしまう。

 この世界のずるいもの、醜いもの、理不尽。そういったものへの怒りの感情のままに喚いて、暴れて、でも、その怒りの力はどこにも及ばないと知り、倒れ伏して、それきり一切の感情が動き出さなくなってしまう予感がする。

 だから、閉じて、飲み込んで、身体の奥のほうに押し込んだ。
 代わりに、疑問を吐き出す。

「……なんで、逃げ出したりしたの? 追われることも、見つかって連れ戻されたらペナルティーを受けることも、わかってたんじゃないの……?」

 問いかけながらも、私にはその理由がなんとなくわかる気がした。

 だけど、逃げ出して表社会に出てきたって、結局は、組織で働いていた時と生活は大きく変わらない。誰かを傷つける依頼を受けて、実行して、お金を貰う。朝日は、そうすることでしか生きられないのだから。

 ずっと組織の中にいることが最善だとは言わない。
 でも、少なくとも命を狙われることはない。

 自分の命を危険に晒してまで逃げ続けることに、どんなメリットがあるのか。
 もしかして、メリットうんぬんは関係なくて、何か、逃げ出さないとならない理由でもあったのだろうか。

 朝日はじっと黙って答えない。
 それは正解を表してもいたし、謎を増やしてもいた。

 ただ、一つだけ確かなことがある。
 私はそれを、震える声で言った。

「……約束なんて、しなかったら」

 その声に、朝日の睫毛の先が細かく振動した。

 私と朝日が交わした約束。

 あの時、出て行くという朝日を、私が無理矢理引き留めなかったとしたら。
 朝日は無事に逃げおおせたはずだ。暗い運命の雨に打たれながらも、愛くるしい黒猫と一緒に、好きな歌とギターを楽しむ日々をまだ続けられたはずだ。

 私さえ我が儘を言わなかったら。

「ごめんなさい……ごめんなさい」

 私は泣いていた。顔の前で両方のこぶしを組んで、祈るみたいに、懺悔するみたいに。湿った息がこぶしにぶつかる。雪模様が滲んでいる。

 朝日を危険な目に遭わせるつもりはなかった。
 一緒にいたかった。私に優しくしてくれる人と、私の冗談に笑ってくれる人と、出来る限り長く一緒にいたかった。ほとんどの子供にとって当たり前の日常を過ごしてみたかった。

 それだけの願いさえ、すんなりと叶えさせてもらえない私は、たぶん神様の逆鱗に触れてしまったんだろう。私はとても悪い子だから。

 朝日が、私の腰に回した腕に力を入れたから、思わず身体をびくつかせる。
 でも、朝日はパパのように私を痛めつけることはなく、まるで花束を抱きかかえるように、大事に抱き寄せた。

「……あったかいな、凛子は」

 私はカーテンから目をそらせずにいたけど、朝日が私の着古したパーカーの肩口に、そっと頬をつけたのを感じた。

「僕には、母親に抱かれた記憶はないけど……なんだか懐かしい感じがする。きっと神の子を身ごもった聖母は、こんな温かさだったんだろうね」

 それから、私を諭すように緩やかな声で言った。

「大丈夫。僕は捕まらない。出て行きもしない。約束を守るよ。守りたい」

 私はそれ以上涙が零れないように、目線をうんと上に持っていって、天井を見た。

 その瞬間、重たくカビ臭い天井板が、ぽんと弾け飛ぶ。
 そこには藍色の夜空が広がっていて、砕けた氷の粒みたいな星がちらちら瞬いている。三日月が、夜空を掘るみたいな鋭い角度でぶら下がっている。

 白く光る月から、空からの使者がぽとりと生まれて、落ちてくる。使者たちは私の肩に乗っかって、優しい歌をハミングする。

 そのメロディーは私の心を慰める。朝日の歌声のように。
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