Rain man

朋藤チルヲ

文字の大きさ
46 / 49

amazing grace

しおりを挟む
 気がついた時にはもう、朝日はハンドガンを構えていた。黒く、禍々まがまがしく光る、全長三十センチほどの銃。ライフル以外にも持っていたなんて知らなかった。どこに隠し持っていたんだろう。それを両手で持ち、真横に向かって発砲した。

 銃の先端には、細長い筒状のものが取りつけられている。発砲音がほとんどしなかったのは、それのおかげなのかもしれない。

 朝日が銃口を向けた先に視線をやれば、見覚えのある姿があった。

 息の飲む。
 あの男たちだ。朝日を追ってきた、朝日の仲間。組織の暗殺者たち。間違いない。二人とも、あの時と同じコートに身を包んでいる。

 小ぶりな銃を、朝日はずっと身につけていたのだろうから、そこから発射される弾は氷じゃないんだろう。氷だったら、とっくに溶けている。
 残念ながら、それは彼らにかすってもいないらしい。依然として怯むことなく、こちらに銃口を向けたまま、走って距離を詰めてきた。

 彼らの銃は、朝日が持っているものよりはるかに大きい。しかも、ゴツゴツと無骨だ。
 あんな大きな銃から吐き出される弾丸は強くて、殺傷能力も高いんだろうか。そんなもので撃たれたら、さすがの朝日だって勝てないんじゃないだろうか。

「凛子!」

 朝日は顔を振ったかと思うと、視線で大通りの先を指し示した。

 私ははっとして、強く口元を引き結ぶ。バスケットをしっかりと抱きしめて、身体を反転させた。アスファルトを蹴るようにして走り出す。

 人をかき分け、かき分け、ぶつかりながら、それをまたかき分け、進む。

 最も恐れていた事態がやってきた。
 彼らは確証がなくて動けなかったのではなく、このタイミングを狙って待っていたのかもしれない。

 嘘をついて朝日をかくまって、朝日と親しくなって、裏の世界に少しだけ触れてしまった私。そして、組織の裏切り者である朝日を、いっぺんに始末することができる絶好のタイミングを。

 走る私のそのあとを、朝日もついてきていた。
 その間も男たちに向けて弾を放つけど、動きながらだからなのか、無関係の人を避けながらのせいなのか、なかなか命中しない。

 でも、それは敵も同じらしかった。
 いくつも放たれる弾丸は私たちには当たらず、両脇に連なる屋台の商品や建物のショーウインドウ、そういった物に当たり、飛び散ったりガシャガシャに砕けたりした。

 その音や様は私たちを嘲笑い、はやし立てるかのようでもある。怖くて怖くて、懸命に前を向いて走る私の奥歯は、絶えずガチガチとぶつかり合っていた。

 私たちが進んでいく方向でたちまち湧き上がる、人々の悲鳴、怒号、戸惑い。
 その中で、次第に不思議な感覚に陥り始めた。すべてがスローモーションで動いているように見え出す。

 はじかれて高く舞い上がる、クリスマスケーキの生クリーム、真っ赤なイチゴ。砕け散るシャンパンの瓶から霧のように吹き出す、琥珀色の液体。散り散りになるモミの木の緑、飛ぶ金色のベル。

 走り出す男性の背中。女性の、大きく開かれた目と口。つまづいて転ぶ幼い男の子。
 時折後ろを振り返りつつ、私を守る盾のようにぴったりと背後をついてくる、朝日の凛とした瞳。

 それらは私を中心にして、まるで夢の中のメリーゴーランドみたいに、ひどくのんびりとしたスピードでくるくる回る。

 耳には讃美歌が聴こえていた。「アメイジング・グレイス」だ。
 朝日の声じゃなく、天に昇っていくかのような女性の伸びやかな声。厳かで、穏やかで、美しい旋律が、私の耳の奥でゆったりと鳴り続けていた。

 目に映るものは悲惨な光景でしかないのに、その音はどうしようもなく麗しく、悠々と響くのだった。

 いつしか私は祈っていた。
 どうか、誰も朝日のことを見ないで。
 この人は、私を守ろうとしてくれているだけなの。
 だから、物騒な物を振り回したことも、朝日の姿さえも、みんな、お願い、忘れて。

 すぐ後ろにいる朝日を気にしながら走っていたら、周囲への意識が散漫になり、ふと手が横を逃げ惑う女性の肘に当たった。バスケットが私の手を離れる。

「レイン!」

 身体中の毛を逆立てたレインを閉じ込めたまま、バスケットが道に転がった。私はすぐに、つんのめるようにひざまずく。膝小僧が砂利を踏む。

「――――凛子!!」

 それまで耳にしたことのない、切羽詰まった朝日の叫び声が聞こえた。

 何が起きたのか、すぐには理解できなかった。

 振り返った私の目に映ったのは、私をかばうように両手を大きく広げた、朝日の後ろ姿。大きな翼を持つ鳥のようにも見えた。

 そのコートの背中に黒い穴が二つ、空いていた。そこから鮮血がしぶきを上げ、私の頬に、鼻先に、雨のように降り注ぐ。ほんのりと温かさを感じた。

「……あさ……? 朝日ぃ――――!!!」

 喉が壊れるんじゃないかってくらいの、大きな声で呼んだ時、朝日はこちらに向かってゆっくりと倒れ込んでくるところで、私は泣きながら両方の腕を前に突き出して、立ち上がろうとした。

 そのかかとに、バスケットが当たる。
 完全に膝を伸ばす寸前だったために不安定になっていた身体は、そんな他愛ないきっかけで簡単に後ろに傾いた。

 次に見たのは青い空。雨など降りそうもない、透明なスカイブルー。そして、横からこちらに向かって突進してくる、大型トラック。

 あ、私、車道に。

 そう思ったのが、最後。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

冷遇妃マリアベルの監視報告書

Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。 第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。 そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。 王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。 (小説家になろう様にも投稿しています)

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...