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「優愛、顔色良くないよ。大丈夫?」
隣に座る琴音が、肩を寄せて訊いてきた。
その声にハッとする。
会議中だというのに、自分の心がここにあらずだったことに気がついた。
たちまち視界に現われる、いくつものビジネススーツの背中。前に並んで座る本部社員たちだ。こちらを見る怪訝な目が一つもないことにほっとしてから、右隣に視線だけ向けた。
「大丈夫」
琴音だけに聞こえればいいから、最低限の声量でコソコソと答える。
同じように琴音も、顔を前に向けたままで、うんとボリュームを抑えて言った。
「本当に? そうは見えないよ。怖いけど福永さんに言ってさ、退出させてもらったほうがいいんじゃない?」
会議室の広さは、ちょうど高校の教室と同じくらい。
黒板の代わりに、大きなホワイトボードが一つ置かれている。あとは長机とパイプ椅子が並ぶだけの簡素な部屋に、商品部、企画部、販促部の面々が合わせて二十人ほど着席している。パパの姿もあった。壇上には、会議の進行役として福永さんが立っている。
夏に開催される、新店のオープニングセール。その概要の説明が終わって、次の議題に移っていた。セールと同時にスタートする予定のキャンペーンについてだ。
わたしと琴音は、いちばん後ろの席におまけのような心持ちで座っていた。
会議に出席するのは通常、店長クラス以上。入社二年目の売り場担当者がここにいることは、本来なら場違いだ。
わたしは首を振らずに申し出を断る。
「ううん。話してる最中だし、中断させたら悪いから」
「どうせさ、わたしたちは相馬さんに押しつけられただけなんだから。体調悪かったら、無理しなくていいんだからね」
相馬さん。本店の店長。小柄でメガネをかけた人の好い笑顔が浮かぶ。
セールの応援要員に、本店からはわたしと琴音が行くことになった。その詳細を会議で説明されるはずだからと、自分より適任だとニコニコしながら言われたのは、遅番で出社してすぐのことだ。
相馬さんは普段から会議が嫌いだとこぼしていたし、これは都合が良いと思っていた節は確かにある。
「なんなら、わたしが代わりに言ってあげるよ?」
琴音は、同じ年に入社した同期だ。年齢も同じ。研修中もずっと一緒で、本店に配属されたあとも、わたしがメンズファッション担当、琴音はレディースファッション担当として、協力し合って売り場を回している。
琴音は弟くんがいるからか、しっかりしていて頼りがいがある。
最初からわたしを特別視しないし、それどころか、抜けているし頼りないからと、長女の気質を発揮していろいろと助けてくれるのでありがたかった。
「ううん。本当に平気。ありがとね、琴音」
「どうしても無理だと思ったら、遠慮せずに言うんだよ? わたしたちが聞いておかなきゃいけない話は終わったんだし、もう抜けても問題ないんだから」
「うん」
「横尾さん、何か意見がありますか?」
氷で出来た矢のような冷たい声が飛んできて、心臓に刺さり、衝撃でわたしの身体がビクンと震えた。
福永さんと目が合った。切れ長の目は、いつも以上にエッジが効いている。
わたしの意見なんて求めるわけがない。会議に関係のないお喋りをしていたことに気づいたのだ。
琴音もバツが悪そうに顔をしかめた。
「い、いえ、あの……」
こうなると、さすがに何人かはこちらを振り返った。
恥ずかしい。大人になってまで、こんな中学生みたいな怒られ方をされるとは思わなかった。室内にはパパだっているのに、恥をかかせてしまった。
琴音が挙手しながら立ち上がった。責任を感じたのだろう。
「福永さん、横尾さんは」
「意見がないのなら、会議に戻ります。さて、副社長からお預かりした、キャンペーンについてのご提案は以上になりますが――――」
隣に座る琴音が、肩を寄せて訊いてきた。
その声にハッとする。
会議中だというのに、自分の心がここにあらずだったことに気がついた。
たちまち視界に現われる、いくつものビジネススーツの背中。前に並んで座る本部社員たちだ。こちらを見る怪訝な目が一つもないことにほっとしてから、右隣に視線だけ向けた。
「大丈夫」
琴音だけに聞こえればいいから、最低限の声量でコソコソと答える。
同じように琴音も、顔を前に向けたままで、うんとボリュームを抑えて言った。
「本当に? そうは見えないよ。怖いけど福永さんに言ってさ、退出させてもらったほうがいいんじゃない?」
会議室の広さは、ちょうど高校の教室と同じくらい。
黒板の代わりに、大きなホワイトボードが一つ置かれている。あとは長机とパイプ椅子が並ぶだけの簡素な部屋に、商品部、企画部、販促部の面々が合わせて二十人ほど着席している。パパの姿もあった。壇上には、会議の進行役として福永さんが立っている。
夏に開催される、新店のオープニングセール。その概要の説明が終わって、次の議題に移っていた。セールと同時にスタートする予定のキャンペーンについてだ。
わたしと琴音は、いちばん後ろの席におまけのような心持ちで座っていた。
会議に出席するのは通常、店長クラス以上。入社二年目の売り場担当者がここにいることは、本来なら場違いだ。
わたしは首を振らずに申し出を断る。
「ううん。話してる最中だし、中断させたら悪いから」
「どうせさ、わたしたちは相馬さんに押しつけられただけなんだから。体調悪かったら、無理しなくていいんだからね」
相馬さん。本店の店長。小柄でメガネをかけた人の好い笑顔が浮かぶ。
セールの応援要員に、本店からはわたしと琴音が行くことになった。その詳細を会議で説明されるはずだからと、自分より適任だとニコニコしながら言われたのは、遅番で出社してすぐのことだ。
相馬さんは普段から会議が嫌いだとこぼしていたし、これは都合が良いと思っていた節は確かにある。
「なんなら、わたしが代わりに言ってあげるよ?」
琴音は、同じ年に入社した同期だ。年齢も同じ。研修中もずっと一緒で、本店に配属されたあとも、わたしがメンズファッション担当、琴音はレディースファッション担当として、協力し合って売り場を回している。
琴音は弟くんがいるからか、しっかりしていて頼りがいがある。
最初からわたしを特別視しないし、それどころか、抜けているし頼りないからと、長女の気質を発揮していろいろと助けてくれるのでありがたかった。
「ううん。本当に平気。ありがとね、琴音」
「どうしても無理だと思ったら、遠慮せずに言うんだよ? わたしたちが聞いておかなきゃいけない話は終わったんだし、もう抜けても問題ないんだから」
「うん」
「横尾さん、何か意見がありますか?」
氷で出来た矢のような冷たい声が飛んできて、心臓に刺さり、衝撃でわたしの身体がビクンと震えた。
福永さんと目が合った。切れ長の目は、いつも以上にエッジが効いている。
わたしの意見なんて求めるわけがない。会議に関係のないお喋りをしていたことに気づいたのだ。
琴音もバツが悪そうに顔をしかめた。
「い、いえ、あの……」
こうなると、さすがに何人かはこちらを振り返った。
恥ずかしい。大人になってまで、こんな中学生みたいな怒られ方をされるとは思わなかった。室内にはパパだっているのに、恥をかかせてしまった。
琴音が挙手しながら立ち上がった。責任を感じたのだろう。
「福永さん、横尾さんは」
「意見がないのなら、会議に戻ります。さて、副社長からお預かりした、キャンペーンについてのご提案は以上になりますが――――」
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