運命のひとーSADAME NO HITOー

朋藤チルヲ

文字の大きさ
12 / 60
【3】

3

しおりを挟む
「優愛、今日は遅番だったか」

 ダイニングで一人、遅い晩ご飯を食べていると、スーツ姿のパパが入ってきた。
 左手に、書類でパンパンのビジネスバッグを提げている。幼い頃から見慣れた姿だ。

「お帰りなさい。パパは早いね」

 売り場を担当する社員は、早番と遅番の二パターンで勤務している。
 早番は開店から夕方五時まで、正午に出社して閉店まで勤務するのが遅番だ。
 本店の正社員は、わたしを含めて五人。交代でシフトを回している。

 本部社員の勤務時間は、一般的なオフィスと変わらない。
 でも、パパは例外だ。午前中の会議だけとか、閉店後に出社することもあるけど、終日会社にいることがほとんど。帰りは、日をまたいでしまうことが大概だった。

「ああ。ママに確認したいことがあってね。電話だとまどろっこしいから、帰ってきちゃったんだ」
「あれ? そう言えばママ、パパが帰ってきたの、気づいてないのかな」

 外から帰ってきた時、玄関でマグカップを持ったママと鉢合わせした。ママは「敵の実態がまだ見えてこないのよ」と眉間にシワを寄せて言い、書斎へと消えていった。
 書斎は、パパとママが自宅で仕事する際に共同で使う部屋。一階の、ガレージから見える位置にある。夜だからカーテンを閉めてあるとは言ったって、パパの車が入ってきたらわかりそうなものなのに。

 呼びにいこうと立ち上がると、パパはジャケットを脱ぎながら制してきた。

「いいよ、いいよ。キャンペーンの詳細がまだ詰め切れていないんだろう。ママが何かに没頭すると周りが見えなくなるのなんて、いつものことだ」
「あれ、仕事の話だったんだ」

 パパは椅子の背もたれにジャケットを掛ける。真向かいの席に腰を下ろした。バッグはテーブルの足に立てかけられている。

「パパ、ご飯は?」
「食べてきた」
「じゃあ、コーヒー飲む? 淹れてあげるよ」

 アイランドキッチンのカウンターに向かいかけると、「いや、いい」とそれも制してきた。パパの顔中に笑いジワが広がる。

「ありがたいが、お腹いっぱいだ。優愛はお腹空いているんだから、ゆっくり食べなさい。好物ばかりじゃないか」

 テーブルには、お手伝いの奈津なつさんが作った、トマトとウインナーのポトフ、白身魚の香草焼き、ミニサラダ。デザートにみかん入りのミルク寒天。彩りと栄養バランスを考えて作ってくれる料理は、いつもおいしい。

 奈津さんは住み込みではなくて、通いのお手伝いさんだ。ママより少しだけ若くて、旦那さんと保護猫二匹と暮らしている。お子さんはいない。
 ママがどうしても早く帰れない時は、夜遅い時間までいてくれたものだけど、わたしが中学生になったことを機に、それはなくなった。よほどのことがなければ、いつも夕方五時に切り上げて自宅へと戻っていく。

 物心つく頃から慣れ親しんできている奈津さんの味が、わたしも姉も、もちろん両親も大好きだ。
 わたしは返事の代わりに、えへへ、と笑った。

「希美はまだなんだな」
「お姉ちゃんは仕事のあと、遣史くんのマンションに寄ってくるって」

 披露宴で使う写真を取りにいくって言っていた。遣史くんのデジカメに入っているのだ。今日中に画像データを式場側に送らなければいけないことを、うっかり忘れていたのだという。遣史くんはまだ出張先だけど、合鍵ならある。

 遣史くんのマンションは、本店からそれほど遠くないけど、自宅とは逆方向。
 経理部の部長を任されている姉は、ただでさえ帰りが遅い。その上、今日は遠回りしてくるようなものだから、あと小一時間は戻らないだろう。

「お姉ちゃんにも何か用事?」
「いや、どちらかと言うと、話したいことがあるのは優愛になんだ」
「わたし?」
「優愛、気になる相手がいないのなら、パパが紹介する男性とお見合いしてみないか?」
「お見合い!?」

 予想もしていなかった提案が飛び出してきた。

「嫌か?」
「い、嫌って言うか……」

 唐突すぎる。

「希美は結婚して、家を出ていくだろう? ただ別の場所で暮らすという意味ではなく」
「う、うん」

 遣史くんは長男。結婚後しばらくは、二人きりでの新婚生活を満喫するみたいだけど、ゆくゆくは姉も一緒に向こうの実家に入る。
 長男とか長女とか、そういう考え自体が古臭いと言われそうだけど、実際はまだまだ根強いのが現実で、それでも許したパパは寛大だと思う。

「そうなると、この家を継ぐのは必然的に優愛だ」
「むう……」

 正直なところ現実味がないけど、そういうことになるのだろう。

「できれば、優愛にはお婿さんをとってもらいたい」
「お婿さん!」
「そうだ。そして、この家だけじゃない。パパやママだって永遠に働けるわけではないし、そうなったら優愛とお婿さんとで、会社を守っていってもらわないとならない」
「そ、それはまぁ、わかるけど、そんな都合のいい相手が……」

 言いかけて、はっと閃いた。ごくごく最近、パパの口から出た男性の名前がある。

「ま、まさか、その相手とは」
「福永周平くん。うちの商品部の部長だ。知っているだろう?」

 パパは満面の笑みで言った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています

紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、 ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。 「もう君は、僕の管理下だよ」 退院と同時に退職手続きは完了。 住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。 外出制限、健康管理、過保護な独占欲。 甘くて危険な“保護生活”の中で、 私は少しずつ彼に心を奪われていく――。 元社畜OL×執着気味の溺愛社長 囲い込み同棲ラブストーリー。

雪の日に

藤谷 郁
恋愛
私には許嫁がいる。 親同士の約束で、生まれる前から決まっていた結婚相手。 大学卒業を控えた冬。 私は彼に会うため、雪の金沢へと旅立つ―― ※作品の初出は2014年(平成26年)。鉄道・駅などの描写は当時のものです。

貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈

玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳 大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。 でも、これはただのお見合いではないらしい。 初出はエブリスタ様にて。 また番外編を追加する予定です。 シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。 表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

神楽坂gimmick

涼寺みすゞ
恋愛
明治26年、欧州視察を終え帰国した司法官僚 近衛惟前の耳に飛び込んできたのは、学友でもあり親戚にあたる久我侯爵家の跡取り 久我光雅負傷の連絡。 侯爵家のスキャンダルを収めるべく、奔走する羽目になり…… 若者が広げた夢の大風呂敷と、初恋の行方は?

『愛が切なくて』- すれ違うほど哀しくて  

設楽理沙
恋愛
砂央里と斎藤、こじれてしまった糸(すれ違い)がほどけていく様子を描いています。 ◆都合上、[言う、云う]混合しています。うっかりミスではありません。   ご了承ください。 斉藤准一 税理士事務所勤務35才 斎藤紀子    娘 7才  毒妻:  斉藤淳子  専業主婦   33才 金遣いが荒い 高橋砂央里  会社員    27才    山本隆行  オートバックス社員 25才    西野秀行   薬剤師   22才  岡田とま子  主婦    54才   深田睦子  見合い相手  22才 ――――――――――――――――――――――― ❧イラストはAI生成画像自作 2025.3.3 再☑済み😇

【完結】お嬢様だけがそれを知らない

春風由実
恋愛
公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者でもあるお嬢様には秘密があった。 しかしそれはあっという間に公然の秘密となっていて? それを知らないお嬢様は、日々あれこれと悩んでいる模様。 「この子たちと離れるくらいなら。いっそこの子たちを連れて国外に逃げ──」 王太子殿下、サプライズとか言っている場合ではなくなりました! 今すぐ、対応してください!今すぐです! ※ゆるゆると不定期更新予定です。 ※2022.2.22のスペシャルな猫の日にどうしても投稿したかっただけ。 ※カクヨムにも投稿しています。 世界中の猫が幸せでありますように。 にゃん。にゃんにゃん。にゃん。にゃんにゃん。にゃ~。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

処理中です...