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「優愛、今日は遅番だったか」
ダイニングで一人、遅い晩ご飯を食べていると、スーツ姿のパパが入ってきた。
左手に、書類でパンパンのビジネスバッグを提げている。幼い頃から見慣れた姿だ。
「お帰りなさい。パパは早いね」
売り場を担当する社員は、早番と遅番の二パターンで勤務している。
早番は開店から夕方五時まで、正午に出社して閉店まで勤務するのが遅番だ。
本店の正社員は、わたしを含めて五人。交代でシフトを回している。
本部社員の勤務時間は、一般的なオフィスと変わらない。
でも、パパは例外だ。午前中の会議だけとか、閉店後に出社することもあるけど、終日会社にいることがほとんど。帰りは、日をまたいでしまうことが大概だった。
「ああ。ママに確認したいことがあってね。電話だとまどろっこしいから、帰ってきちゃったんだ」
「あれ? そう言えばママ、パパが帰ってきたの、気づいてないのかな」
外から帰ってきた時、玄関でマグカップを持ったママと鉢合わせした。ママは「敵の実態がまだ見えてこないのよ」と眉間にシワを寄せて言い、書斎へと消えていった。
書斎は、パパとママが自宅で仕事する際に共同で使う部屋。一階の、ガレージから見える位置にある。夜だからカーテンを閉めてあるとは言ったって、パパの車が入ってきたらわかりそうなものなのに。
呼びにいこうと立ち上がると、パパはジャケットを脱ぎながら制してきた。
「いいよ、いいよ。キャンペーンの詳細がまだ詰め切れていないんだろう。ママが何かに没頭すると周りが見えなくなるのなんて、いつものことだ」
「あれ、仕事の話だったんだ」
パパは椅子の背もたれにジャケットを掛ける。真向かいの席に腰を下ろした。バッグはテーブルの足に立てかけられている。
「パパ、ご飯は?」
「食べてきた」
「じゃあ、コーヒー飲む? 淹れてあげるよ」
アイランドキッチンのカウンターに向かいかけると、「いや、いい」とそれも制してきた。パパの顔中に笑いジワが広がる。
「ありがたいが、お腹いっぱいだ。優愛はお腹空いているんだから、ゆっくり食べなさい。好物ばかりじゃないか」
テーブルには、お手伝いの奈津さんが作った、トマトとウインナーのポトフ、白身魚の香草焼き、ミニサラダ。デザートにみかん入りのミルク寒天。彩りと栄養バランスを考えて作ってくれる料理は、いつもおいしい。
奈津さんは住み込みではなくて、通いのお手伝いさんだ。ママより少しだけ若くて、旦那さんと保護猫二匹と暮らしている。お子さんはいない。
ママがどうしても早く帰れない時は、夜遅い時間までいてくれたものだけど、わたしが中学生になったことを機に、それはなくなった。よほどのことがなければ、いつも夕方五時に切り上げて自宅へと戻っていく。
物心つく頃から慣れ親しんできている奈津さんの味が、わたしも姉も、もちろん両親も大好きだ。
わたしは返事の代わりに、えへへ、と笑った。
「希美はまだなんだな」
「お姉ちゃんは仕事のあと、遣史くんのマンションに寄ってくるって」
披露宴で使う写真を取りにいくって言っていた。遣史くんのデジカメに入っているのだ。今日中に画像データを式場側に送らなければいけないことを、うっかり忘れていたのだという。遣史くんはまだ出張先だけど、合鍵ならある。
遣史くんのマンションは、本店からそれほど遠くないけど、自宅とは逆方向。
経理部の部長を任されている姉は、ただでさえ帰りが遅い。その上、今日は遠回りしてくるようなものだから、あと小一時間は戻らないだろう。
「お姉ちゃんにも何か用事?」
「いや、どちらかと言うと、話したいことがあるのは優愛になんだ」
「わたし?」
「優愛、気になる相手がいないのなら、パパが紹介する男性とお見合いしてみないか?」
「お見合い!?」
予想もしていなかった提案が飛び出してきた。
「嫌か?」
「い、嫌って言うか……」
唐突すぎる。
「希美は結婚して、家を出ていくだろう? ただ別の場所で暮らすという意味ではなく」
「う、うん」
遣史くんは長男。結婚後しばらくは、二人きりでの新婚生活を満喫するみたいだけど、ゆくゆくは姉も一緒に向こうの実家に入る。
長男とか長女とか、そういう考え自体が古臭いと言われそうだけど、実際はまだまだ根強いのが現実で、それでも許したパパは寛大だと思う。
「そうなると、この家を継ぐのは必然的に優愛だ」
「むう……」
正直なところ現実味がないけど、そういうことになるのだろう。
「できれば、優愛にはお婿さんをとってもらいたい」
「お婿さん!」
「そうだ。そして、この家だけじゃない。パパやママだって永遠に働けるわけではないし、そうなったら優愛とお婿さんとで、会社を守っていってもらわないとならない」
「そ、それはまぁ、わかるけど、そんな都合のいい相手が……」
言いかけて、はっと閃いた。ごくごく最近、パパの口から出た男性の名前がある。
「ま、まさか、その相手とは」
「福永周平くん。うちの商品部の部長だ。知っているだろう?」
パパは満面の笑みで言った。
ダイニングで一人、遅い晩ご飯を食べていると、スーツ姿のパパが入ってきた。
左手に、書類でパンパンのビジネスバッグを提げている。幼い頃から見慣れた姿だ。
「お帰りなさい。パパは早いね」
売り場を担当する社員は、早番と遅番の二パターンで勤務している。
早番は開店から夕方五時まで、正午に出社して閉店まで勤務するのが遅番だ。
本店の正社員は、わたしを含めて五人。交代でシフトを回している。
本部社員の勤務時間は、一般的なオフィスと変わらない。
でも、パパは例外だ。午前中の会議だけとか、閉店後に出社することもあるけど、終日会社にいることがほとんど。帰りは、日をまたいでしまうことが大概だった。
「ああ。ママに確認したいことがあってね。電話だとまどろっこしいから、帰ってきちゃったんだ」
「あれ? そう言えばママ、パパが帰ってきたの、気づいてないのかな」
外から帰ってきた時、玄関でマグカップを持ったママと鉢合わせした。ママは「敵の実態がまだ見えてこないのよ」と眉間にシワを寄せて言い、書斎へと消えていった。
書斎は、パパとママが自宅で仕事する際に共同で使う部屋。一階の、ガレージから見える位置にある。夜だからカーテンを閉めてあるとは言ったって、パパの車が入ってきたらわかりそうなものなのに。
呼びにいこうと立ち上がると、パパはジャケットを脱ぎながら制してきた。
「いいよ、いいよ。キャンペーンの詳細がまだ詰め切れていないんだろう。ママが何かに没頭すると周りが見えなくなるのなんて、いつものことだ」
「あれ、仕事の話だったんだ」
パパは椅子の背もたれにジャケットを掛ける。真向かいの席に腰を下ろした。バッグはテーブルの足に立てかけられている。
「パパ、ご飯は?」
「食べてきた」
「じゃあ、コーヒー飲む? 淹れてあげるよ」
アイランドキッチンのカウンターに向かいかけると、「いや、いい」とそれも制してきた。パパの顔中に笑いジワが広がる。
「ありがたいが、お腹いっぱいだ。優愛はお腹空いているんだから、ゆっくり食べなさい。好物ばかりじゃないか」
テーブルには、お手伝いの奈津さんが作った、トマトとウインナーのポトフ、白身魚の香草焼き、ミニサラダ。デザートにみかん入りのミルク寒天。彩りと栄養バランスを考えて作ってくれる料理は、いつもおいしい。
奈津さんは住み込みではなくて、通いのお手伝いさんだ。ママより少しだけ若くて、旦那さんと保護猫二匹と暮らしている。お子さんはいない。
ママがどうしても早く帰れない時は、夜遅い時間までいてくれたものだけど、わたしが中学生になったことを機に、それはなくなった。よほどのことがなければ、いつも夕方五時に切り上げて自宅へと戻っていく。
物心つく頃から慣れ親しんできている奈津さんの味が、わたしも姉も、もちろん両親も大好きだ。
わたしは返事の代わりに、えへへ、と笑った。
「希美はまだなんだな」
「お姉ちゃんは仕事のあと、遣史くんのマンションに寄ってくるって」
披露宴で使う写真を取りにいくって言っていた。遣史くんのデジカメに入っているのだ。今日中に画像データを式場側に送らなければいけないことを、うっかり忘れていたのだという。遣史くんはまだ出張先だけど、合鍵ならある。
遣史くんのマンションは、本店からそれほど遠くないけど、自宅とは逆方向。
経理部の部長を任されている姉は、ただでさえ帰りが遅い。その上、今日は遠回りしてくるようなものだから、あと小一時間は戻らないだろう。
「お姉ちゃんにも何か用事?」
「いや、どちらかと言うと、話したいことがあるのは優愛になんだ」
「わたし?」
「優愛、気になる相手がいないのなら、パパが紹介する男性とお見合いしてみないか?」
「お見合い!?」
予想もしていなかった提案が飛び出してきた。
「嫌か?」
「い、嫌って言うか……」
唐突すぎる。
「希美は結婚して、家を出ていくだろう? ただ別の場所で暮らすという意味ではなく」
「う、うん」
遣史くんは長男。結婚後しばらくは、二人きりでの新婚生活を満喫するみたいだけど、ゆくゆくは姉も一緒に向こうの実家に入る。
長男とか長女とか、そういう考え自体が古臭いと言われそうだけど、実際はまだまだ根強いのが現実で、それでも許したパパは寛大だと思う。
「そうなると、この家を継ぐのは必然的に優愛だ」
「むう……」
正直なところ現実味がないけど、そういうことになるのだろう。
「できれば、優愛にはお婿さんをとってもらいたい」
「お婿さん!」
「そうだ。そして、この家だけじゃない。パパやママだって永遠に働けるわけではないし、そうなったら優愛とお婿さんとで、会社を守っていってもらわないとならない」
「そ、それはまぁ、わかるけど、そんな都合のいい相手が……」
言いかけて、はっと閃いた。ごくごく最近、パパの口から出た男性の名前がある。
「ま、まさか、その相手とは」
「福永周平くん。うちの商品部の部長だ。知っているだろう?」
パパは満面の笑みで言った。
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