運命のひとーSADAME NO HITOー

朋藤チルヲ

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「おお、横尾さん。ちょうどよかった」

 バックルームを歩いていると、前方から、相馬さんが右に左に肩を揺らしながらやってきた。おじさんだけど小柄でぽっちゃりしているからか、ゆるキャラのような趣がある。

「どうしたんですか?」

 わたしはお昼ご飯を食べ終えて、売り場に戻るところだった。
 思わず笑顔がぎこちなくなる。
 相馬さんの満面の笑みと、ちょうどよかったというセリフは、こちら側にとってはあまり良くない展開のフラグだ、とこれまでの経験上よく知っていた。

「これ。出張届ね。新店のオープニングセール、応援に行く日付と氏名を記入して、ここにハンコ。書いたら、福永さんの受領印を貰ってきてね」

 相馬さんはB5サイズの用紙を一枚、ぺらっと差し出した。
 案の定だ。

 新しいお店のオープニングセール、しかも、人気商業施設の中。それなりに混雑するだろう、というのがパパをはじめとする本部の見立て。そのため、セール中の一週間は、各店舗から社員が交代で応援に行くことになった。行列するレジを手伝ったり、あっという間にからになっていく商品の補充を手伝ったりするのだ。

 もちろん新店にも社員はいる。
 ただ、スタッフの大部分を占める新規のパートやアルバイトは、これから研修が始まる。

 クリアランスセールくらいしか、大きなセールをわたしは経験していない。それだって週末にはかなり混み合う。目玉商品ばかりのオープニングセールともなれば、忙しさはきっと段違いだ。新人ばかりではパニックに陥ることが簡単に予測できた。

 応援自体はぜんぜんいい。いつもと違う場所での業務は新鮮なはずで、むしろ楽しみだ。琴音と一緒に行けるのだから、ちょっとした旅行気分でもある。

「福永さんですか?」

 自分の出した声が驚くほど情けない色をまとっていて、自分でびっくりする。
 わたしより背が低い相馬さんは、喉の奥を覗かせながら豪快に笑った。

「福永さんは別に、横尾さんを取って食いやしないよ」
「それはそうでしょうけど……」

 わたしが福永さんに苦手意識を抱いているのは、嫌われていると思っているからだ。
 そこにきて、お見合いの話。
 ただでさえ会わせる顔がないのに、倉庫で迷惑をかけたのはつい先日のこと。ほとぼりが冷めるまでは正直会いたくない。
 でも、そんなわたしの事情なんて、相馬さんには当然知り得ない。

「届を出せば出張費が出るし、それには商品部の部長の受領印が必須だからね。日帰りだって立派に出張なんだから、その対価はしっかり貰っておかないと」

 ここで、社長の娘には微々たる額だろうけど、と冗談でも言わない相馬さんが、わたしは好きだ。

「あれ、でも福永さん、今日も新店ですよね」
「ちょっと待ってね」

 相馬さんは会社から支給されているスマホを操作して、耳にあてがう。すぐに「あぁ、お疲れさまです」と挨拶した。あぁ、はい、なるほど、と相槌を打っていたかと思うと、急に通話を終えた。

「福永さん、今ちょうど本店に着いたところらしいよ」
「え、そうなんですか」

 ひとまず今日は会わずに済みそうだと、安心していたのに。

「駐車場だろうね。すぐこっちに向かうって」
「すぐ……」
「捕まってよかったね。忙しい人だから、福永さん。次にいつ会えるかわからないし、ちゃちゃっと貰ってきちゃって」

 笑顔で用紙を押しつけてくる相馬さんが、もはやわざとわたしを困らせているのでは、とすら思えてくる。
 まだ当日まで四ヶ月もあるのに……とふて腐れそうになるけど、今回の出張届はなにせ全店舗分だ。処理には時間がかかるのかもしれない。

「……わかりました」
「そんなに怖がらないで。福永さんは、仕事に対して真面目な人ってだけだから」

 からからと笑う相馬さん。パパも同じことを言っていた。
 相馬さんはパパと歳が変わらないみたいだし、そのくらいの年代の人からはそういう印象なのかもしれない。

「年の離れた妹さんがいるとかで、あれで面倒見もいいんだ」
「妹さんですか?」
「確か、十個くらい離れてるんじゃなかったかなぁ。じゃあ、よろしくね。藤井さんにも、出勤してきた時に頼まないとだなぁ」

 最後は独り言のようにつぶやいて、相馬さんは来た道をまた揺れながら戻っていった。

 福永さんに妹さんがいるだなんて初めて知った。
 そもそも福永さんという上司について、わたしは知らないことのほうが多い。何も知らないと言ってもいい。
 妙に情報通な琴音や、福永さんと同期の姉なら、もう少し知っていることがあるのだろうか。

 福永さんのことを二人に尋ねてみようか、と思っている自分にはたと気がつく。
 どうしたわたし、と首を振ってから歩き始めた。
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