運命のひとーSADAME NO HITOー

朋藤チルヲ

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【8】

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「ちょっと。トイレ行こう」

 翌日のお昼。
 福永さんに教えてもらったばかりの、ジャンクションを安全に越える裏技を、出勤してきた琴音に教えてあげたところだった。
 琴音はわたしの腕を取り、そのまま売り場から階段へ向かって歩き始める。わたしはつんのめりながらついていく。

「その話、詳しく聞かせてもらおうか」
「え、え? 今言ったことが全部だよ」

 ジャンクション手前のインターで一旦降りて、次のインターから再び高速道路に乗る。それだけだ。もし降りて乗るまでの時間まで詳しく教えてと言うなら、計測のためにもう一度行ってくるしかない。

「聞きたいのは、なんであの鬼上司に教えてもらったのかってことよ」
「え、だって」
「わたしと下見に行く約束してたのに」
「それは……うん」
「洗いざらい白状してもらおう。さ、いざ行かん二階」
「えええ? 琴音、怒ってる? ごめんてば」

 階段を上り切って、オフィスフロアに出る。
 森さんがいたらどうしようと面伏せな気分だったけど、休みなのか姿がなかった。
 ほっとするわたしをずんずん引っ張って、琴音は社長室に会議室、休憩室の前を通り過ぎ、トイレのドアを押した。

「ごめん、琴音。でも、下見には行くつもりでいるから」

 半べそをかいたわたしの言葉に応えず、琴音はさっと室内を見回す。個室の鍵がすべて空いていることを確認したのだろう、それから眉をひそめた顔を向けてきた。

「そういうことじゃないの」
「え?」
「なんで福永さんと二人で行ったの」
「え? だってそれは」

 何を責められているのかよくわからないまま、口をとがらせて反論する。

「琴音が、福永さんと車に乗るのは嫌だって言ったからだよ」

 元々は、琴音のワガママが発端だ。

「そりゃ言ったけど」
「琴音は昨日、休みだったし。福永さんが道案内してくれるって言っても、絶対出てこなかったでしょ?」
「まぁ、そうだね」
「福永さんは昨日しか時間が取れないって言うし。そしたら、二人で行くしかない」

 わたしだって、ほとんど強引に連れていかれたようなもの。結果的には行ってよかったと思っているにしても、面と向かって本人に言うのが嫌だからって、送迎の断りまでわたしに押しつけた琴音に、文句を言う権利はないと思う。

 琴音は腕を組んで、当たり前のことのように言った。

「確かにさ、大地震が発生して目の前まで地面に亀裂が走ってきたって、わたしは絶対、あの鬼上司の車には乗りたくないよ」
「そこまで」
「でも、よく考えて。若い女性社員を夜、自分の運転する車に乗せて、高速まで連れていこうとしないんだよ。普通の上司は」

 一瞬ぽかんとした。

「変な噂になりそうな行動は避けるものなの。体面てものがあるんだから」
「え、でも……」
「それをしないってことは、あわよくばって思いがあったんだと思うよ?」
「ええ!?」

 そこまで言われると、いかに鈍いわたしでも、琴音が何に対して怒っているのかがさすがに理解できた。かっと全身が熱くなる。

「鬼上司ったって、男なんだよ。健康な独身の! そんな相手の車に、しかも夜に、一人で乗り込んだらだめだって」
「そんな、福永さんはそういうの、ないよ! わたしに対してはそんな、絶対ない!」
「なんで言い切れるの」
「福永さんはわたしのこと嫌いだし。そもそも女性として見てない」

 スカートのことや、本店に着いた時には、福永さんは別れの挨拶すらなく、さっさと建物に入ってしまったことを、必死になって琴音に話した。

「それはまぁ……そういう気分になれない事情が、男性側にも稀にあるのかもだけど」
「琴音、声が笑ってる」
「本当にただの親切心だったとしてもよ。あの鬼上司にそんな真っ白な気持ちがあるとは、わたしは思えないけど。でも、変な噂が広がって困るのは、優愛だってそうなんだから。気をつけないと」
「それは……でも、福永さんは意外に」
「わかった? 社長令嬢」
「はい……」

 完全に納得はできないけど、押し込められて何も言い返せない。
 でも、琴音の言うことは正しい部分もある。
 わたしに協力を申し出た森さんに対して、下心があるからだと福永さんは言った。でも、はたから見れば、福永さんの行動だって同じだ。

 福永さんはみんなが思うような人ではないと、懸命に説明したところで、簡単には信じてもらえない。今以上にイメージが悪くならないように、確かに軽率なことをするべきではなかった。

「もしまたそういうことがあったら、今後は必ずわたしに相談すること」
「はい……」
「一刀両断するので」
「それ、相談する意味ある?」

 琴音は唇をとがらせる。

「優愛が変な虫を引き寄せるからでしょうが。ぼーっとしてるくせに、かわいいからタチが悪い」
「照れたらいいのかへこむべきか混乱してます」
「他人を疑わないところ、やっぱり社長令嬢なんだよなぁ。うっかり忘れそうになるけど」
「うん。わたしも忘れそうになる」

 トイレのドアに向かいかけて、琴音は思い出したように振り返って訊いてきた。

「そう言えば、福永さんに訊いた? 大学のこととか。出身地のこととか」
「え? あ……ううん」

 首を振る。

「なんだ。話を聞くいい機会だったのに。希美さんには?」
「まだ……なんか、怖くて」

 琴音は、出納室にいた時と似たような、同情する顔になった。

「わからなくもないけど。深く考えすぎじゃない? 案外、どうってことない答えが返ってくるかもよ」
「うん……」

 車の中で言い出せなかったことも、タイミングのせいなんかではない。福永さんの口から答えを聞くことが、怖かったのだ。

「まぁ、優愛の問題だし、優愛が訊きたいと思った時でいいだろうけど」
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