運命のひとーSADAME NO HITOー

朋藤チルヲ

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 階段下で、行ったり来たりを繰り返す。
 納品伝票を手に持っているから、傍目には、枚数が合わないとか、何かトラブルでも起きたように見えることだろう。
 何てことはなかった。二階に上がることをためらっているだけだ。

 商品は、ダンボール箱に詰められて搬入されることがほとんど。箱には必ず納品伝票が添付されている。伝票は品出し後に回収して、紛失を防ぐために、そのつど商品部に計上しなければならなかった。

 少し前に、搬入口に新しい荷物がないかチェックしに行った際、駐車場に白のハッチバックがあるのを見つけてしまった。搬入口のシャッターは、裏手の駐車場に面しているのだ。

 早く計上してしまわなければ、お昼休憩にも入れない。でも、階段を上がれば福永さんがいる。そう思うと、それだけでもう足がすくむ。

「お疲れさん、優愛ちゃん」

 背後から、つまり売り場の方角から声をかけられた。
 明らかにこの辺では聞かないイントネーション。
 振り返れば予想通り、田嶋さんがニコニコしながら近づいてくるところだった。

「どないしたん。こないなところで、うろうろしよってからに」
「田嶋さん……正面から入ってきたんですか?」

 また名前呼びしていると、注意する気力もない。

「おう。商談しに行ったら、抱き合わせでオマケをつけられてもうてな。売り場に出せるスペースが確保できるか、確認しとこう思うて」

 これは、渡りに船かもしれない。

「田嶋さん、お願いがあるんですけど」
「おお? なんや。珍しいな。優愛ちゃんからのお願いやったら、お願いしてもお願いされたいもんやの」
「本部に戻るんですよね? これ、ついでに計上しておいてほしいんです」

 差し出した伝票を手にして、田嶋さんは目を丸くした。

「納品伝票か」
「わたし、あの……お客さんに呼ばれてて。すぐに向かわないといけなくて」

 もちろん、そんなの嘘だ。
 伝票は基本的に、作業を担当した従業員が計上する決まりになっている。上司に代わりに計上してほしいなんて言語道断。でも、田嶋さんはわりとどんなことでも引き受けてくれるし、とにかく、まだ今は福永さんと顔を合わせる勇気がない。

「ええけど……」

 少し含んだような言い方をしたあとで、田嶋さんは視線を上げた。

「お。俺よりよほど適任者が来よったで」

 嫌な予感を覚えつつも、後ろを振り返る。福永さんが階段の中ほどまで降りてきていた。

「最終的なチェックはあいつがすんねんから。頼むんやったら最適やん」

 田嶋さんはどこまで本気なのかわからないことを、笑いながら言う。

「い、いえ。大丈夫です。やっぱり自分で出してきます」

 上司を使い走りにしようとしたことを知られたら、それこそ軽蔑されてしまう。

「なんでぇ」

 青くなって伝票を取り返そうとした手を、田嶋さんはかわして、あろうことか福永さんに向かって見えるように振った。

「おおい、部長殿。優愛ちゃんは今日も勤勉や。午前中だけで、こないな量の品出しこなしとる。部下のモチベのためにも、たまには褒めたりぃて」

 わたしに押しつけられた伝票を、さらに福永さんに押しつけるだなんて、田嶋さんは本気だったわけではなかった。からかわれたのだ。もしかしたら、わたしの嘘を見抜いて、お灸を据えたつもりだったのかもしれない。
 そう知っても、ほっとできるはずもない。

 福永さんは階段を降りきり、固まるわたしの横を通り過ぎた。見下ろす視線は、見る者を凍らせるような冷たさ。
 侮蔑。そんな言葉がぴったりの、今まで見た中で、最大限の嫌悪感を滲ませた目だった。

 控えめに微笑んだ福永さんは、もういないのだ、と思い知った。

「なんや、あいつ。挨拶くらいしてったらええやないか。けったくそ悪いな」

 売り場を遠ざかるスタッフジャンパーの背中に、田嶋さんは吐き捨てるように言った。

「この前、羽田さんと喋っとった時は、もうちょい愛想よかったやろうが」

 その名前に、胸の奥が切り刻まれる。

「すまんなぁ、優愛ちゃん。俺がちょっとふざけたばっかりに、気分悪くさせてもうたなぁ」
「いえ……大丈夫です」

 笑顔が無理しているように見えないだろうか。心配で、ついうつむきがちになる。

 田嶋さんは悪くない。
 元はと言えば、わたしがここでグズグズしていたからだ。仕事なのだから、本部フロアに福永さんがいようと、変に意識することなかったのだ。

「優愛ちゃん。なんや、あいつにどえらい怒られでもしたか」
「え……?」
「あいつがおるんのわかっとったから、二階に上がれへんかったんやろ?」

 いたずらっぽい笑顔を浮かべながら、田嶋さんは訊いてきた。伝票を差し出してきたので、黙ってそれを受け取る。

 それなら、ぜんぜんよかった。
 でも、そうではないと否定することも、適当な言い訳をすることもできなかった。
 わたしと福永さんの間には、クレバスのような底の見えない溝がある。どうしたって埋められない、深い、深い、溝が。それを思うと悲しくて、口を開けば感情の蓋も一緒に開いてしまいそう。

 田嶋さんは当たったと解釈したのか、それ以上は詮索してこなかった。代わりに、重くなった空気を変えるためか、「でもあいつ」と切り出した。

「嘘ついとったなぁ、この前」
「……え?」
「コーヒーを奢ってもろうただの、初めてだのそうでないの、言うとった時」

 過去の記憶をそこから探し出すかのように、田嶋さんは天井を見上げて話す。

「どの部分でどう嘘ついとったのかまでは、俺にはわからへんけど。わかる人にはわかるんやろうて」

 そう言って目線を戻して、わたしに笑いかけた。

「あんな、あいつ嘘つく時な、無意識に顎を触りよんねん。知っとるとおもろいで。今度よう見とってみ」
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