運命のひとーSADAME NO HITOー

朋藤チルヲ

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「君の両親には、わかったんだろう。そんなこと、一言も口にしなかったのにな。俺になんとか生きる目的を持たせようと、懸命になってくれた」

 福永さんは、どことなく夢見心地のような口調で話し続ける。

「父は……怖かったと言ってました。このまま別れたら、福永さんが生きることをやめてしまうように思えた、と」
「なるほど。まぁ、そうか。あの頃の俺はただ自分に落胆して、抜け殻のようだったからな」

 自嘲するように、福永さんはくしゃっと顔を歪めた。

「君の両親は、大袈裟じゃなく俺に命を吹き込んでくれた。恨むなんて……それどころか、言い表せないくらい感謝しているよ」
「父や姉が通っていた大学の、進学費用を援助したんですよね……」

 確認の意味で、そう言っただけだった。だけど、福永さんから返ってきた答えは意外なものだった。

「いや。その申し出は辞退した」
「え?」

 福永さんは身体を起こした。顔に苦笑いが浮かんでいる。

「そういうふうに話したのか。俺に配慮してくれたんだろうな」
「配慮?」

 どういうことかわからず、目をしばたたく。

「社長が話す仕事に興味を持ち、大学を紹介してもらったことは確かだ。ただ、俺はその頃、自己嫌悪に押しつぶされそうになりながら、母親のそばで暮らすことに限界を感じてもいた。できることなら、すぐにでも家を出たかった」
「あ……」

 そうか、と思った。福永さんを責められなかったのは、お母さんもだったのだ。

 親としてそれはいけないと思いつつも、大きな悲しみから、息子に当たりたい気持ちは少なからずあったはず。でも、日々を虚ろに過ごすようになってしまうくらい、福永さんが悲しんで打ちのめされていることも、痛いほどにわかったはずだ。

 お互いに後ろめたさを感じて、親子なのに、いつしか真正面から向き合えなくなっていたのかもしれない。
 それはきっと悲しくて、辛いこと。その原因を作ったのもわたしだと、わたしは忘れてはならない。

「幸い、バイトで貯めた金が残っていた。進学費用にはそれを充て、何が何でも現役で合格する。だから、今すぐ家を出るための費用だけを持ってくれとお願いした」
「そういうことだったんですね……でも、じゃあ、就職は……?」

 恩人である正体を隠しながら、わたしと接点ができる可能性の高い今の職場に、どうして身を置くことになったのか?

「それが、あの時社長と交わした、もう一つの約束だ」

 静かな笑みを浮かべて、福永さんは言った。

「俺をYOKOOに就職させてくれないかと頼んだ。もちろん、俺と社長との関係は、他の誰にも明かさない約束で」

 瞬間、琴音のセリフが脳裏を過ぎていった。
 福永さんが今いる場所は、福永さん自身が選んだ。その通りだった。

「もちろん、社長は最初渋ったよ。本部には君の姉さんを配属させるつもりでいたようだし、そのうちには君も入ってくるだろう。いくら素性を伏せてと言ったって、リスキー極まりない」
「姉は……知らなかったってことですか? 福永さんが、一緒に働くことを」

 姉のことが福永さんの口から出てきたことで、疑問が浮かび、尋ねていた。

「社長と俺しか知らないことだった。副社長には何かの折に話したようだが、君の姉さんはとりわけ強く反対するだろうと思ったからな」

 姉は、わたしが福永さんに必要以上に近づくことを嫌がった。わたしが真実を知って傷つくことを恐れたからで、知っていたら確かに猛反対して、福永さんの就職を阻んだだろうと思う。

 だけど今、福永さんは会社にいる。
 パパは渋っても、最終的には了承したということ。入社してからそれを知った姉は、時すでに遅しと諦めざるを得なかったのかもしれない。

「反対されて、リスクがあることもわかっていたのに。どうしてですか……?」

 実際、わたしが社員名簿なんて探ったことで、秘密は明らかになってしまった。いや、パパやママが言っていたように、わたしが行動に出なくても、遅かれ早かれ、真実は明るみになったのだろう。

 睫毛をふせた福永さんは、すべてを観念したかのように見えた。もう洗いざらい、包み隠さず話すつもりなのかもしれない。
 わたしは乾いた喉に息を飲み込む。

「……さっき言った通り、俺は君を傷つけたいだなんて思っていない。むしろ、君を傷つけるものから守りたいとさえ思っていた。……失った妹の代わりに」
「妹さんの、代わりに……?」
「俺は妹を守れなかった。たった一人で逝かせてしまった。その痛みは、やりがいのある仕事を見つけ、充実して生きるようになっても消えずにいた。むしろ、増した」

 でも、それでいいんだ、と福永さんは言った。当然の報いだから、と。それに、わたしはどんな言葉を返してあげたらいいのか、わからない。

「ただ、助けた君が妹と同じ歳だったことは、偶然に思えなかった。君が平穏に成長していくのを、そばで見守り、できればサポートしたいと望むようになった。君が知らなくてかまわない。知られては意味がなかった。これは、俺の贖罪でもある」

 それから、小さく噴き出した。

「見守りたいだなんて……おかしなことを言うよな。会社では俺がいちばん、君に辛く当たっていたというのに」
「それは……わたしに真実を知られないようにするため、じゃないんですか?」
「それはそうなんだが」

 福永さんは目線を上げて、フロントガラスの先の夜を見据えるようにした。

「……人は誰も、独りになる瞬間がくる。多少厳しくしても、その時に、君がしゃんと立って歩けるようにしたかったというのも、あるかな」

 そう言った時の福永さんの顔は、まぎれもなく「兄の顔」だった。
 嬉しさはある。でも、同時に寂しさも胸に滲むように広がった。福永さんの中で、わたしの存在はあくまで「妹の代わり」なのだ。「妹」以上にはなれない。
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