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結論から言うと、宮島 たえ乃さんに関する情報は、何一つ得られなかった。
友達がやたらと多い雅樹のことだから、ひょっとするかも、と淡い期待を抱いていたことは否めない。だけど、求める情報が有名人のものというわけではなく、一般人のものとあっては、そんなものなのだろう。
「残念だったね」
再び集まった実家の居間で、雅樹からの報告を聞いたあと、隣に座る彼へ労いの意味も込めて、わたしは言った。
「まぁ、しかたないよな。やれるだけのことはやったんだし、胸が痛い情報を知ったかもしれないことを考えれば、むしろ何もわからなくてよかったとも思うよ」
「そうだね」
わたしは口角を上げる。そういう弟の考え方が、わたしは好きだ。
「手紙、どうしようか」
テーブルの真ん中には、例の手紙が置かれている。それを凝視して言ったわたしの問いかけに答えたのは、母親だった。
「お父さんが言ったように、捨ててもいいかもね」
「捨てるんだったら、読んでもいいんじゃないかな」
雅樹が封筒に手を伸ばす。
「えぇ? いいのかな」
「宮島さんについて、何かわかるかも」
「それもそうね。無口なおじいちゃんだったし、大事な内容を残していったんだとしたら、見過ごすわけにもいかないし。ちょっと待って、ハサミ」
賛同した母親が、手紙の封を開けるための道具を探しに、席を立った。
わたしは祈るように手の指を組む。
「やばい。本当に、おばあちゃんへの裏切りの言葉が並んでいたらと思うと、心臓バクバクなんだけど」
「あはは。まさか」
『宮島 たえ乃様
御無沙汰しております。いかが御過ごしでしょうか。
長らくこの胸に秘めてきた自分の想いを、こうして貴女様にお伝え出来たらと願う事を、どうかお許し願いたい。
あの日、貴女様と出会わなければ、私は一人息子が連れてきた女性を受け入れる事が出来ず、今頃は孤独の中に居た事でしょう。
他人に私の家を仕切られてたまるかという思いでおりましたが、彼女は、私に宝物を授けてくれたのです。孫です。女の子が一人、男の子も一人です。なんと可愛いのだ! 彼らが生まれた時、私は胸の中で狂喜し、泣きました。
愛おしい者を愛し、私は日々幸福です。この幸福は、貴女様と出会えたからこそ、得られたものです。成長した彼らは何とも生意気に育って参りましたが、それすらも愛おしい。
また迷ったなら、運を天に任せてみるのも一興だと、貴女様に戴いたコインは、今後は出番が無い事でしょう。
本当に、有難う御座いました。』
三人とも、その文面を見つめたまま、しばらく声が出せなかった。
それは、ラブレターなどではなかった。お礼の手紙だ。おそらく、祖父自身も素性についてはほとんど知らない、たまたま通りすがりに話をしただけの相手への。
「そういえば……おじいちゃん、加菜恵が生まれた時、まだ病院にいたお母さんのところに、毎日のようにお見舞いにきてくれたわ」
懐かしむトーンで、ポツリ、と母親が漏らした。目が潤んでいる。
「お父さんよりきてくれていたわね。でも、おかしいのよ。特に何も喋らなくて。ただ、五分くらい加菜恵の寝顔を見ただけで、帰ってしまうの」
クスクスと笑う母親に合わせて、わたしも口角を上げる。でも、声が出せない。それより先に、涙がこぼれてしまいそうだった。
いい話は、いつだって遅れて知る。愛されていたことに気づいたところで、祖父はもういない。感謝の言葉はもう間に合わない。
「コイントスだ!」
唐突に雅樹が声を上げた。何事かと思った。
「じいちゃんはこの宮島さんから、コイントスのやり方と、このコインを貰ったんだよ」
熱く主張する雅樹の指の先には、いつのまにか、あのコインが挟まれていた。
「コイントスって、表か裏が出るかで、物事を決めるやつ?」
「それそれ。だから、これは姉さんが持っているといい」
「わたし?」
雅樹はコインを指で弾いて高く飛ばし、キャッチすると、わたしに差し出した。
「姉さんは、じいちゃん譲りで不器用だから。お守りにするといいんじゃないかな。きっと、じいちゃんを救ったように、姉さんを救ってくれるよ」
わたしは鼻から息を抜くようにして微笑む。それから、しっかりと受け取った。
友達がやたらと多い雅樹のことだから、ひょっとするかも、と淡い期待を抱いていたことは否めない。だけど、求める情報が有名人のものというわけではなく、一般人のものとあっては、そんなものなのだろう。
「残念だったね」
再び集まった実家の居間で、雅樹からの報告を聞いたあと、隣に座る彼へ労いの意味も込めて、わたしは言った。
「まぁ、しかたないよな。やれるだけのことはやったんだし、胸が痛い情報を知ったかもしれないことを考えれば、むしろ何もわからなくてよかったとも思うよ」
「そうだね」
わたしは口角を上げる。そういう弟の考え方が、わたしは好きだ。
「手紙、どうしようか」
テーブルの真ん中には、例の手紙が置かれている。それを凝視して言ったわたしの問いかけに答えたのは、母親だった。
「お父さんが言ったように、捨ててもいいかもね」
「捨てるんだったら、読んでもいいんじゃないかな」
雅樹が封筒に手を伸ばす。
「えぇ? いいのかな」
「宮島さんについて、何かわかるかも」
「それもそうね。無口なおじいちゃんだったし、大事な内容を残していったんだとしたら、見過ごすわけにもいかないし。ちょっと待って、ハサミ」
賛同した母親が、手紙の封を開けるための道具を探しに、席を立った。
わたしは祈るように手の指を組む。
「やばい。本当に、おばあちゃんへの裏切りの言葉が並んでいたらと思うと、心臓バクバクなんだけど」
「あはは。まさか」
『宮島 たえ乃様
御無沙汰しております。いかが御過ごしでしょうか。
長らくこの胸に秘めてきた自分の想いを、こうして貴女様にお伝え出来たらと願う事を、どうかお許し願いたい。
あの日、貴女様と出会わなければ、私は一人息子が連れてきた女性を受け入れる事が出来ず、今頃は孤独の中に居た事でしょう。
他人に私の家を仕切られてたまるかという思いでおりましたが、彼女は、私に宝物を授けてくれたのです。孫です。女の子が一人、男の子も一人です。なんと可愛いのだ! 彼らが生まれた時、私は胸の中で狂喜し、泣きました。
愛おしい者を愛し、私は日々幸福です。この幸福は、貴女様と出会えたからこそ、得られたものです。成長した彼らは何とも生意気に育って参りましたが、それすらも愛おしい。
また迷ったなら、運を天に任せてみるのも一興だと、貴女様に戴いたコインは、今後は出番が無い事でしょう。
本当に、有難う御座いました。』
三人とも、その文面を見つめたまま、しばらく声が出せなかった。
それは、ラブレターなどではなかった。お礼の手紙だ。おそらく、祖父自身も素性についてはほとんど知らない、たまたま通りすがりに話をしただけの相手への。
「そういえば……おじいちゃん、加菜恵が生まれた時、まだ病院にいたお母さんのところに、毎日のようにお見舞いにきてくれたわ」
懐かしむトーンで、ポツリ、と母親が漏らした。目が潤んでいる。
「お父さんよりきてくれていたわね。でも、おかしいのよ。特に何も喋らなくて。ただ、五分くらい加菜恵の寝顔を見ただけで、帰ってしまうの」
クスクスと笑う母親に合わせて、わたしも口角を上げる。でも、声が出せない。それより先に、涙がこぼれてしまいそうだった。
いい話は、いつだって遅れて知る。愛されていたことに気づいたところで、祖父はもういない。感謝の言葉はもう間に合わない。
「コイントスだ!」
唐突に雅樹が声を上げた。何事かと思った。
「じいちゃんはこの宮島さんから、コイントスのやり方と、このコインを貰ったんだよ」
熱く主張する雅樹の指の先には、いつのまにか、あのコインが挟まれていた。
「コイントスって、表か裏が出るかで、物事を決めるやつ?」
「それそれ。だから、これは姉さんが持っているといい」
「わたし?」
雅樹はコインを指で弾いて高く飛ばし、キャッチすると、わたしに差し出した。
「姉さんは、じいちゃん譲りで不器用だから。お守りにするといいんじゃないかな。きっと、じいちゃんを救ったように、姉さんを救ってくれるよ」
わたしは鼻から息を抜くようにして微笑む。それから、しっかりと受け取った。
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