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きみのねだん
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「よくきたね、あおい」
玄関先で、おじいちゃんはニコニコしてわたしを出迎えてくれた。その笑顔を見て、やっとほっとする。
「ジュース飲むかい? 寒いから、ココアのほうがいいかな」
台所に向かって歩いていくおじいちゃんのあとについて、家の中に入る。
パパ方のおばあちゃんは、わたしが生まれる前に死んじゃっているから、お仏壇に飾ってある写真でしか、わたしは顔を見たことがない。
パパにそっくりな優しい笑顔は、もそもそとコタツに潜り込むわたしを、今日もお線香の煙がゆらゆら揺れる脇から見ていた。
やわらかな湯気が立つココアと一緒に、おじいちゃんは小さなピンク色の袋を持ってやってきた。
「あおいは、これが目当てできたんだろう?」
顔中のシワを深くして、ニヤニヤする。
おじいちゃんには、何でもお見通しだ。えへへ、と笑ってそれを受け取って、おじいちゃんがコタツに座るのを見届けないうちに、わたしはさっそく袋を開けて中を見た。
名前を思い出せないおじさんの顔が出てきた。とたんにガッカリしてしまう。
「あのね、おじいちゃん……あおいね、欲しいものがあって」
キョトンとするおじいちゃんに、申し訳ない顔をつくって言う。
「ちょっと高くて……もらったお年玉じゃ、足りないの」
だけど、どうしても欲しい。それが手に入ったら、わたしはすごく幸せ。
もしもおじいちゃんがその手助けをしてくれたら、とてもとても感謝して、いっぱいおじいちゃん孝行をしてあげたいと思う。
おじいちゃんはじっとわたしの目を見つめて、それから、何も言わずにゆっくり立ち上がって、お仏壇の下の引き出しを開けた。茶色の封筒を持って、戻ってくる。
「これはね、あおいが中学校に上がる時にいろいろ要りようだろうと思って、取っておいたんだけど」
中学生になるまでには、あと一年ある。
いりよう、の意味はイマイチわからない。でも、前にママが「たくさんお金がかかる」みたいなことを言っていたから、そういうことなのかも。
「でも、必要な時に使ってこそのお金だからね。何が欲しいのかはわからないけど、あおいは変なものを欲しがらないって、おじいちゃんは信じているから」
そう言うと、おじいちゃんは、封筒の中からお札を二枚出した。
その人の名前は知っている。福沢諭吉さんだ!
このお金と、今までもらったお年玉と足せば、四万円以上になる。もしかしたら、いちばん安いものだったら手が届くかもしれない。
わたしの胸が、急にワクワクし始めた。
「ありがとう、おじいちゃん!」
頑張ってここまできて、やっぱりよかった。ふくふくした気持ちで、おじいちゃんの家を出る。
あんまりハッピーな気分だったから、神社の前でまた野良猫に飛びかかってこられても、強気でピュッと逃げることができた。
パパが洗車場から帰ってきたところを捕まえて、ピカピカになった車で、幹線道路沿いにあるペットショップまで連れていってもらった。
前にきた時と同じく、キラキラ明るい店内がわたしを迎えてくれた。
小さなガラスの部屋がたくさんあって、その中で、クリクリ丸いお目めのかわいらしい仔犬、仔猫たちが引っくり返って遊んでいる。
わたしはドキドキする胸を押さえながら、仔猫のコーナーに近寄っていった。
つぶらな瞳に、よちよちとした足取り。どの子も本当にかわいらしいけど、わたしのお目当ては君たちじゃない。
いくらおじいちゃんから予想外の収入があったって言っても、生まれてからあんまり経っていない、誰もがいちばん欲しがる時期の仔猫たちを買えるほどの金額になっていないことはわかっている。
わたしはコーナーの隅々にまで目を光らせて、売れ残っている子を探した。
なかなか売れないで、ある程度大きくなってしまった子だったら、もしかしたら値引きされているんじゃないかと考えたのだ。わたしのお年玉でも買えるんじゃないかって思った。
だけど、期待は大きくハズレた。そんな子はいなかった。わたしはすごく悲しくなってしまった。
家に帰る車の中で、黙ったまま、チリちゃんの家に遊びに行った時のことを思い出していた。
少し前に、チリちゃんは仔猫を買ってもらった。
種類は忘れちゃったけど、ふわふわの毛並みをしていて、尻尾もフサフサで、仔猫のうちから普通の大人猫くらい大きい。これからもっと大きくなるんだって、チリちゃんは自慢げに言った。
一緒に寝ると、とても温かくていい匂いがするんだって。学校から帰ってくると、ちゃんと玄関で待っていてくれるんだって。お利口だねって褒めると、ごろんと倒れてお腹を見せるんだって。
とてもうらやましい。
わたしは一人っ子だから、小学校に上がってからは、ぬいぐるみとしか一緒に眠ったことがない。
チリちゃんのところで仔猫を触らせてもらったあと、パパにねだって、初めてペットショップに連れて行ってもらった。
ガラスのケースの中の一つに、同じ種類の仔猫を見つけて、その値段の高さにすごくビックリした。パパも「これは高くて買えないなぁ」って苦笑いしていた。
その子だけじゃなかった。他のケースの仔猫たちも、口をポカンと開けてしまうくらい、どの子もみんな値段が高い。
その時は、その金額にただただ驚いてしまって、お店の端っこのほうまでよく見ていなかった。ひょっとしたら、安くなっている子もいたのかもと思って、探しにきてみたのに。
今夜も一人で眠るしかないんだと思ったら、うんと寂しくなった。
明日、またおじいちゃんのところに行ってみようか。
これ以上お金をもらおうなんて考えじゃない。なんとなく、おじいちゃんなら、何かいいアドバイスをわたしにくれるんじゃないかって思った。
玄関先で、おじいちゃんはニコニコしてわたしを出迎えてくれた。その笑顔を見て、やっとほっとする。
「ジュース飲むかい? 寒いから、ココアのほうがいいかな」
台所に向かって歩いていくおじいちゃんのあとについて、家の中に入る。
パパ方のおばあちゃんは、わたしが生まれる前に死んじゃっているから、お仏壇に飾ってある写真でしか、わたしは顔を見たことがない。
パパにそっくりな優しい笑顔は、もそもそとコタツに潜り込むわたしを、今日もお線香の煙がゆらゆら揺れる脇から見ていた。
やわらかな湯気が立つココアと一緒に、おじいちゃんは小さなピンク色の袋を持ってやってきた。
「あおいは、これが目当てできたんだろう?」
顔中のシワを深くして、ニヤニヤする。
おじいちゃんには、何でもお見通しだ。えへへ、と笑ってそれを受け取って、おじいちゃんがコタツに座るのを見届けないうちに、わたしはさっそく袋を開けて中を見た。
名前を思い出せないおじさんの顔が出てきた。とたんにガッカリしてしまう。
「あのね、おじいちゃん……あおいね、欲しいものがあって」
キョトンとするおじいちゃんに、申し訳ない顔をつくって言う。
「ちょっと高くて……もらったお年玉じゃ、足りないの」
だけど、どうしても欲しい。それが手に入ったら、わたしはすごく幸せ。
もしもおじいちゃんがその手助けをしてくれたら、とてもとても感謝して、いっぱいおじいちゃん孝行をしてあげたいと思う。
おじいちゃんはじっとわたしの目を見つめて、それから、何も言わずにゆっくり立ち上がって、お仏壇の下の引き出しを開けた。茶色の封筒を持って、戻ってくる。
「これはね、あおいが中学校に上がる時にいろいろ要りようだろうと思って、取っておいたんだけど」
中学生になるまでには、あと一年ある。
いりよう、の意味はイマイチわからない。でも、前にママが「たくさんお金がかかる」みたいなことを言っていたから、そういうことなのかも。
「でも、必要な時に使ってこそのお金だからね。何が欲しいのかはわからないけど、あおいは変なものを欲しがらないって、おじいちゃんは信じているから」
そう言うと、おじいちゃんは、封筒の中からお札を二枚出した。
その人の名前は知っている。福沢諭吉さんだ!
このお金と、今までもらったお年玉と足せば、四万円以上になる。もしかしたら、いちばん安いものだったら手が届くかもしれない。
わたしの胸が、急にワクワクし始めた。
「ありがとう、おじいちゃん!」
頑張ってここまできて、やっぱりよかった。ふくふくした気持ちで、おじいちゃんの家を出る。
あんまりハッピーな気分だったから、神社の前でまた野良猫に飛びかかってこられても、強気でピュッと逃げることができた。
パパが洗車場から帰ってきたところを捕まえて、ピカピカになった車で、幹線道路沿いにあるペットショップまで連れていってもらった。
前にきた時と同じく、キラキラ明るい店内がわたしを迎えてくれた。
小さなガラスの部屋がたくさんあって、その中で、クリクリ丸いお目めのかわいらしい仔犬、仔猫たちが引っくり返って遊んでいる。
わたしはドキドキする胸を押さえながら、仔猫のコーナーに近寄っていった。
つぶらな瞳に、よちよちとした足取り。どの子も本当にかわいらしいけど、わたしのお目当ては君たちじゃない。
いくらおじいちゃんから予想外の収入があったって言っても、生まれてからあんまり経っていない、誰もがいちばん欲しがる時期の仔猫たちを買えるほどの金額になっていないことはわかっている。
わたしはコーナーの隅々にまで目を光らせて、売れ残っている子を探した。
なかなか売れないで、ある程度大きくなってしまった子だったら、もしかしたら値引きされているんじゃないかと考えたのだ。わたしのお年玉でも買えるんじゃないかって思った。
だけど、期待は大きくハズレた。そんな子はいなかった。わたしはすごく悲しくなってしまった。
家に帰る車の中で、黙ったまま、チリちゃんの家に遊びに行った時のことを思い出していた。
少し前に、チリちゃんは仔猫を買ってもらった。
種類は忘れちゃったけど、ふわふわの毛並みをしていて、尻尾もフサフサで、仔猫のうちから普通の大人猫くらい大きい。これからもっと大きくなるんだって、チリちゃんは自慢げに言った。
一緒に寝ると、とても温かくていい匂いがするんだって。学校から帰ってくると、ちゃんと玄関で待っていてくれるんだって。お利口だねって褒めると、ごろんと倒れてお腹を見せるんだって。
とてもうらやましい。
わたしは一人っ子だから、小学校に上がってからは、ぬいぐるみとしか一緒に眠ったことがない。
チリちゃんのところで仔猫を触らせてもらったあと、パパにねだって、初めてペットショップに連れて行ってもらった。
ガラスのケースの中の一つに、同じ種類の仔猫を見つけて、その値段の高さにすごくビックリした。パパも「これは高くて買えないなぁ」って苦笑いしていた。
その子だけじゃなかった。他のケースの仔猫たちも、口をポカンと開けてしまうくらい、どの子もみんな値段が高い。
その時は、その金額にただただ驚いてしまって、お店の端っこのほうまでよく見ていなかった。ひょっとしたら、安くなっている子もいたのかもと思って、探しにきてみたのに。
今夜も一人で眠るしかないんだと思ったら、うんと寂しくなった。
明日、またおじいちゃんのところに行ってみようか。
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