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「僕は、呪われているんだ」
色素の薄い髪色の、目の大きな彼は言った。
全体的に線が細くて、いかにも薄幸の美少年といった、悲壮な表情がよく似合っていた。
そんなセリフをリアルで耳にしたことは、十九年の人生でただの一度もなかった。
ぽっかりと口を開けたまま、返す言葉が見つからない。
すぐに、ひょっとして、と閃く。
もしかしたらこれは、丁重な「お断り」のつもりなのかもしれない。
個人的には、迷惑なら迷惑だと、きっぱり突き放してくれたほうが好印象だと思うタイプだ。
丁重どころかこれでは、自分が悪人になりたくないがための、体裁のいい言葉でしかないではないか。そうなると、カウンターの向こう側で悲しげにうつむくアイドルフェイスが、急にあざといただの童顔に見えてきた。
気がつけば、率直に「そういうの、男らしくない」と言っていた。
彼は目をしばたたく。
何を言われたのかわからないふうだったけど、それほど間を置かずに顔色を変えた。しどろもどろに弁解する。
「違うんだよ。本当のことなんだ。だから、こんな僕と一緒にいても、楽しくないに決まっているから」
「呪われているって、具体的にどういう感じ?」
そこまで言うなら掘り下げて、ボロを出させてやろうではないかという思惑で、じとっとした目つきで訊いた。お客さんが新しくやってこない限り、わたしはどうせ暇だ。
それをどうやら、彼はわたしに信じてもらえたものと思い込んだらしい。
彼はパッと目を輝かせる。それから、自動ドアを指さした。
「外がどうかしたわけ」
住宅地の中に佇むコンビニ。この時間、ガラスのドアの向こうには暗闇があるだけだ。
「雨が降ってる」
「雨? あ、本当だ。いつのまに」
目を凝らせば、確かに、店の前の駐車場が濡れて光っている様子が、外灯に照らされてうっすらと見て取れた。
雨に、アスファルトをバチバチと叩く激しさはない。音もなく、ジワジワと少しずつ濡れた面積を広げていくような、この時期らしい降り方だ。
出勤してきた夕方、空は燃えるような夕焼けだった。雨の気配は微塵もなかった。でも、気候が不安定なこの頃のことだから、驚くことでもない。
ただ、わたしの作業はほぼすべてが、賑やかな音楽で満ちた室内で遂行される。暗くなってしまえば、静かな天気の急変に気づくことはほとんどないのだ。
こんな時に外に出るなんて、先輩はよほどタバコが好きなんだな、とどうでもいいことを思う。コンビニの屋根はわずかにしかせり出していない。
そんなことより、傘を持ってきていない。置き傘もない。先輩もわたしと同じで、出かける時点で雨が降っていないと、梅雨というワードが頭から吹き飛んでしまうから、傘を用意しているはずもない。そろそろ勤務時間も終わりなのに、どうやって帰ろう。
「僕がきたからだ」
彼がやたらと悲しげな声を出した。
「僕には、僕が行く先々で必ず雨が降るっていう、呪いがかけられているんだ。僕は、雨男だ」
色素の薄い髪色の、目の大きな彼は言った。
全体的に線が細くて、いかにも薄幸の美少年といった、悲壮な表情がよく似合っていた。
そんなセリフをリアルで耳にしたことは、十九年の人生でただの一度もなかった。
ぽっかりと口を開けたまま、返す言葉が見つからない。
すぐに、ひょっとして、と閃く。
もしかしたらこれは、丁重な「お断り」のつもりなのかもしれない。
個人的には、迷惑なら迷惑だと、きっぱり突き放してくれたほうが好印象だと思うタイプだ。
丁重どころかこれでは、自分が悪人になりたくないがための、体裁のいい言葉でしかないではないか。そうなると、カウンターの向こう側で悲しげにうつむくアイドルフェイスが、急にあざといただの童顔に見えてきた。
気がつけば、率直に「そういうの、男らしくない」と言っていた。
彼は目をしばたたく。
何を言われたのかわからないふうだったけど、それほど間を置かずに顔色を変えた。しどろもどろに弁解する。
「違うんだよ。本当のことなんだ。だから、こんな僕と一緒にいても、楽しくないに決まっているから」
「呪われているって、具体的にどういう感じ?」
そこまで言うなら掘り下げて、ボロを出させてやろうではないかという思惑で、じとっとした目つきで訊いた。お客さんが新しくやってこない限り、わたしはどうせ暇だ。
それをどうやら、彼はわたしに信じてもらえたものと思い込んだらしい。
彼はパッと目を輝かせる。それから、自動ドアを指さした。
「外がどうかしたわけ」
住宅地の中に佇むコンビニ。この時間、ガラスのドアの向こうには暗闇があるだけだ。
「雨が降ってる」
「雨? あ、本当だ。いつのまに」
目を凝らせば、確かに、店の前の駐車場が濡れて光っている様子が、外灯に照らされてうっすらと見て取れた。
雨に、アスファルトをバチバチと叩く激しさはない。音もなく、ジワジワと少しずつ濡れた面積を広げていくような、この時期らしい降り方だ。
出勤してきた夕方、空は燃えるような夕焼けだった。雨の気配は微塵もなかった。でも、気候が不安定なこの頃のことだから、驚くことでもない。
ただ、わたしの作業はほぼすべてが、賑やかな音楽で満ちた室内で遂行される。暗くなってしまえば、静かな天気の急変に気づくことはほとんどないのだ。
こんな時に外に出るなんて、先輩はよほどタバコが好きなんだな、とどうでもいいことを思う。コンビニの屋根はわずかにしかせり出していない。
そんなことより、傘を持ってきていない。置き傘もない。先輩もわたしと同じで、出かける時点で雨が降っていないと、梅雨というワードが頭から吹き飛んでしまうから、傘を用意しているはずもない。そろそろ勤務時間も終わりなのに、どうやって帰ろう。
「僕がきたからだ」
彼がやたらと悲しげな声を出した。
「僕には、僕が行く先々で必ず雨が降るっていう、呪いがかけられているんだ。僕は、雨男だ」
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