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第1章 異世界で暮らそう

6話 お茶会

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 コンコンコン。
 
 荷物整理を終わらせて少ししたあと、ドアがノックされる。

「はい、どうぞ」

「失礼いたします。
 ぼっちゃまがお見えになられました。
 お通ししてもよろしいでしょうか?」
 
 ここで「嫌です」と言ったらどうなるのか、ちょっと好奇心が出る。
 
 どうせ断れる立場じゃないんだから、僕に確認なんかしないで入ってくればいいのに。

「もちろんです。
 来ていただくのを心待ちにしておりました」
 
 もちろんそんなこと言えないので、待っている間に考えたセリフを言い、出迎えるためにドアに向かう。
 
 イヴァンさんが恭しく開けたドアからユニさんが入ってくる。

 昨日ぶりに会ったユニさんは、刺繍の模様こそ違うけど昨日と同じ真っ白な神官服?だった。

 これが普段着なのかな?

「………………」

「………………」
 
 てっきり、ユニさんがなにか言ってくるものと思っていたので無言でお見合いしてしまった。
 
 いや、お見合いとはまた違うか。
 
 なんかユニさんがこっちを見てくれない。
 
 なんか僕に会わす顔がないかのように視線をキョロキョロさせている。
 
 不思議に思って、あることに思い当たる。
 
 あ、これって、僕から声かけるのが礼儀のやつ?

「こっ、この度は私のためにお時間を作っていただき、誠にありがとうございます。
 どうぞお入りください」
 
「ありがとうございます……」
 
 慌てて笑顔を作り、ユニさんを招き入れる。
 
 ユニさんは僕の招きに応じて部屋の中に入ってくるけど、相変わらず目を合わそうとはしない。
 
 昨日はこちらが呆れるくらい笑顔だったのに、今はずっとなにか悩むような浮かない顔だ。
 
 もしかして昨日の今日でもう異世界人に飽きてしまったのだろうか?
 
 恐ろしい予想に背筋に悪寒が走る。
 
 一瞬ブルッと震えてしまったのをごまかすようにユニさんの後について部屋に入っていく。

 
 
 ユニさんは部屋から入ってすぐのテーブルの隅の椅子に座った。
 
 え?そこっていわゆる下座ってやつじゃないの?
 
 てっきり、上座ってやつだと思ってたお誕生日席に座るものかと思ってた。
 
 日本とは文化が違うのかもしれない。
 
 ユニさんがそこに座ったのなら僕はどこに座ったらいいんだろう?
 
 あたふたしていると、後ろからついてきていたイヴァンさんがスタスタ歩いて、お誕生日席の椅子を引いてくれる。
 
 僕の席だということなんだろうけど、僕の常識ではそこは上座。

「サクラハラ様、どうぞおかけください」
 
 お誕生席に座っていいものか迷っていたら、イヴァンさんに声をかけられた。
 
 もうこうなったら座るしか無い。

「あ、ありがとうございます。
 ……失礼します」
 
 ユニさんとイヴァンさんにペコペコ頭を下げながらお誕生日席に座る。

「それでは、お茶をお持ちいたしますので少々お待ちください」

「は、はい、ありがとうございます」

「………………」
 
 部屋から出ていくイヴァンさんにお礼を言う僕と相変わらず無言でうつむいているユニさん。

 
 
 イヴァンさんが出ていった後は物音ひとつしない沈黙が部屋を埋め尽くす。
 
 なんか気楽に声をかけられる雰囲気じゃないし、そもそも、座っている場所が離れすぎて声をかけづらい。
 
 と言うか、さっきからユニさんのテンションが昨日と違いすぎて頭の中は大混乱だ。
 
 昨日はあれだけ楽しそうにしていたのに、今日は世界でも終わるのかってくらいのテンションの低さだ。
 
 見てるだけでよく飽きないなってほど僕のことを嬉しそうに眺めていたのに、顔を向けようとすらしない。
 
 イヴァンさんの話ではユニさんがお茶会を希望してたって話だったけど、まったくそんな感じがしない。
 
 とりあえずお世話になっているお礼でも言おうと思って口を開こうとしたらイヴァンさんと昨日イヴァンさんの隣りにいたお婆さんがワゴンを押して戻ってきた。
 
「「…………ふぅ」」
 
 場の雰囲気が変わったことに思わずため息を付いてしまい思わずユニさんの方を見ると、ユニさんも『やっちゃった』って顔でこちらを見ていた。
 
 僕もおんなじような顔をしていたんだろう、思わず二人顔を見合わせる。
 
 僕は顔を見合わせながらバツの悪い苦笑いを浮かべるけど、ユニさんはすぐにまたうつむいてしまった。
 
 本当にどうしたんだろう?
 
 そんな態度されると悪い未来しか思いつかない。

 
 
 そんな事を考えている間にもイヴァンさんとお婆さんのセッティングは進んで、テーブルの上にティーセットと色とりどりのタルト?のようなものがいくつも乗ったお皿並べられる。

「本日はグリンヴェール産の茶葉をご用意させていただきました。
 スィーツはここにおりますヨハンナが作りました、季節のフルーツのタルトでございます」
 
 イヴァンさんがティーカップにお茶を注いでくれる。
 
 グリンヴェール産の茶葉がどういうものか分からなかったけど、見た感じと匂いは普通の……いや、高い紅茶っぽい。

「サクラハラ様、砂糖はいくつお入れしましょう?」

「ありがとうございます。
 でも、お砂糖はいらないです」
 
 イヴァンさんが聞いてくれるけど、別に遠慮してるわけじゃない。
 
 紅茶もコーヒーも昔っからなんにも入れないのが好きだ。
 
 ガタンッ!

「あ、あのっ!ハル様、ど、どうか遠慮なさらずにっ!」
 
 びっくりした。
 
 こちらを見ようともしていなかったユニさんが、椅子を倒す勢いで立ち上がって大声をあげてる。
 
 そ、そんな必死にお砂糖勧めてこないでも……。
 
 一瞬どうしようか考えて、駄目なら誰か止めてくれるだろうと思って口に出す。

「あの、イヴァン様」

「イヴァンとお呼びください、サクラハラ様」
 
 こっちだけ様付けで呼ばれるのも気まずいけど……まあ、言う通りに従っておこう。

「えっと、イヴァン……さん、ユニ様の隣の席に移ってはダメでしょうか?
 ここでは気軽に話すには少し遠すぎるように思えまして……」
 
 ちらりとユニさんを見ると、立ち上がったままキョトンとした顔をしていた。

「サクラハラ様がお望みでしたら、すぐにご用意し直します」

「ありがとうございます」
 
 了承をもらえたと思って、お誕生日席からユニさんの隣の席に移る。
 
 まだキョトンとして突っ立っているユニさんの手を取ると、出来る限り優しい笑顔になるように意識して微笑みかける。

「ユニ様、お心遣いありがとうございます。
 でも、遠慮ではなく本当に私は無糖……お砂糖を入れないのが好きなんです」
 
 昨日考えた作戦その1。
 
 『ペットは愛嬌とボディタッチ』を実行する。
 
 実験動物でも、奴隷でも、ペットでも出来る限りご主人さまには愛着を持ってもらったほうがいいだろう。
 
 情けない限りだけど、それが今の僕がこの世界で出来る唯一の生存策だ。

「あ、はい、分かりました……」
 
 ユニさんは僕の手を振り払ったりせずに、毒気を抜かれたように大人しく椅子に座り、ぎこちなくだけど笑顔を向けてくる。
 
 それに笑顔を返すと、僕もユニさんの隣の椅子に座り直す。
 
 その間にイヴァンさんはティーセットをこっちに……持ってきてくれてないわ。
 
 ティーセットからタルトに、お茶まで全く新しいものが用意されていた。
 
 元のやつはどうするんだろう?

「もったいないからあっちのももらいたいな……」

「え?」
 
 ユニさんの驚いたような声に、思わず口に出していたことに気づいた。
 
 久しぶりに見る甘いもの、しかも、見るからに美味しそうなそれの誘惑に耐えられずに口から出てしまっていたようだ。
 
 恥ずかしい、と言うか情けない。

「も、申し訳ありませんっ!
 あまりにも美味しそうなタルトだったので……」

「……ふふ、ふふふ。イヴァン、そちらのもハル様の前に。
 どうぞハル様、お好きなだけお食べください。
 ヨハンナのタルトは絶品なのですよ」
 
 ようやくユニさんがちゃんと笑ってくれた。
 
 恥ずかしい思いをした甲斐はあったかもしれない。

 
 ――――――

 

「ハル様、体調は大丈夫ですか?」
 
 もう3回目の質問だ。
 
 あれから雰囲気も一応和やかなものになり、明らかに今まで食べたことのあるものとは格が違う美味しさの紅茶とタルトのおかげもあって、一応会話は弾んでいた。
 
 ただ、一応、だ。

「はい、ユニ様のお陰でもうすっかり良くなりました」

「それは良かった。あの、なにかお困りなことはありませんか?」
 
 この質問は……6回目だったかな?
 
 他にもやりたいことはないか、不都合はないか、欲しいものはないか……なんかそんな質問ばかり繰り返されている。
 
 僕としてもあれこれワガママを言える身分ではないという自覚はあるし、そもそも、この屋敷に来てまだ2日目――しかも、1日目は寝室に運ばれて寝てただけ――なので何が足りないとは困るとかまだわからない。

「はい、今のところ不自由なく過ごさせていただいています」
 
 だから、こう答えるしかできない。

「……それは良かった。あの、どこか行きたいところはありますか」
 
 この質問は何度目だったかな?
 
 もし、今どこにでもいけるというなら、家に帰してくれって言うけど……まあ、それは無理なんだろう。
 
 おそらく日本には帰れないんだろう、ということはなんとなく想像がついている。
 
 諦めることはまだ出来る気はしないけど、なんせ前例は800年前の一度だけの出来事らしい。
 
 元の世界に戻したりするような技術がある、あるいは残っているとは考えにくい。
 
 そのうちその昔来た日本人がどうなったのか話を聞いてみたいけど、絶望するのはもうちょっと先にしたい。

「はい、今のところはここで体を休ませていただけるだけで十分です」
 
 とりあえずどこかに連れて行ってくれる気はあることがわかっただけでも収穫かな?
 
 とはいえ、こんな話をしてばかりでは埒が明かない。
 
 一向に本題を切り出す様子のないユニさんにいい加減焦れてくる。
 
 もうこっちから踏み込むか……。

「あの、では、なにか……」

「ユニ様」
 
 初めて言葉を遮った僕をユニさんはキョトンとした顔で見る。
 
 とりあえず怒っている様子はない。
 
 ならこのまま行ってみよう。

「ユニ様、私からもお話したいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「え、あ、はいっ!何でしょう?何でもおっしゃってくださいっ!」
 
 ん?あれ?
 
 何をいうか不思議そうな顔をするか、最悪怒られるかかと思ったら、なんか嬉しそうに食いついてきた。
 
 それも、身を乗り出す勢いで。
 
 予想外だったけど、まあ悪い反応じゃない。
 
 このまま進めてみよう。

「少し失礼します」
 
 一言ことわりを入れて、僕のティーセットとお皿を横にずらして、前を開ける。

「ハル様?」
 
 今度は流石にユニさんも僕が何をしようとしているのか不思議そうな顔をしている。
 
 とりあえずはユニさんは置いといて、開けたスペースに学校指定のバッグを置くと、ひとつひとつ簡単に説明しながら中身を出していく。

「これは教科書……勉学の際に使う資料です。現代文、数学、日本史、世界史、化学、保健体育があります。
 こちらはそれぞれのノート。僕が授業を聞きながら教師の説明を書き取ったものです。
 それとこちらは文房具一式ですね」
 
 授業ごとに教科書とノートを並べ、ペンケースの中身を出して並べる。
 
 文房具の細かい説明は後にしよう。

 不思議そうな顔をしていたユニさんだったけど、カバンからものを取り出すたびにおもちゃを見せられた子供のように表情が明るくなっていく。

「こちらは財布です。日本の紙幣と硬貨が入っています。
 あと、カード類……えーと、なんて言えばいいんだろう?会員券?みたいなものです、それが何枚か。
 それと家の鍵」

 今まで考えたことなかったけど、キャッシュカードってどう説明すればいいんだろう?

 銀行から説明しないとだめなのかな?
 
「あとは、ハンカチにティッシュ、制汗シート、ハンドクリームに目薬。
 これはユニ様もご存知ですよね?スマホです。
 それにモバイルバッテリーと学校用のタブレット、イヤホン、折りたたみ傘、あと空のペットボトル」
 
 もうユニさんは食いつかんばかりだ。
 
 すごいキラキラした目でテーブルに並べられたものを食い入るように見ている。

「あと役に立たないですが時計」

 入学の記念におじいちゃんが買ってくれた高い時計だけど、この世界じゃ役に立たない。

 止まってしまったとかじゃなくて、時間の流れと太陽の動きが微妙に合わないのだ。

 多分、自転とかが地球とは違うんだと思う。

 なんとなく時間を測ることには使えるけどそれ以上には役に立たない。
 
 最後に胸ポケットに入っていた校章の付いている生徒手帳を出す。

「これが生徒手帳と学生証……私の身分証みたいなものです。
 最後に現在私が身に着けている衣類、これで私が日本から持ってきたものは全てです」

「す、すごい、宝の山ですっ!
 ふ、触れてもよろしいでしょうか?」

「はい、もちろんです。
 この全てを私を保護してくださったお礼にユニ様に差し上げます」
 
 その言葉を聞いた途端、子供のような顔をしていたユニさんは急に真顔になった。
 
 日本のものを餌に『保護』を要求したことが気に触ったか?
 
 なまじ奇跡レベルの美形なだけに、真顔になられると怖い。

「ハル様、これは受け取れません」
 
 ……やらかした。
 
 少し考えれば、僕の持ち物はもともと実質的にユニさんの物なのは当然だ。
 
 だからこその作戦その2、『要求される前にこちらから全部差し出して土下座外交』だったんだけど……。
 
 図々しくもそれを対価に賭けに出てみたけど、失敗だった。
 
 とりあえず土下座しよう。

「これはハル様の大事な品。
 そんな物を受け取るわけには参りません」

「うへ?」
 
 土下座しようとしたら、ユニさんが先に床に膝をついていた。
 
 何が起こったのかわからない。
 
 ユニさんはそのまま僕ににじり寄ると、椅子に座ったまま呆然としている僕の足にすがりついてきた。

「ハル様っ!ご不安にさせてしまい申し訳ありませんっ!
 こんなことをなさらなくてもハル様に不自由な思いはさせませんっ!」

「へぁっ!?」
 
 僕の足にすがりついたまま、僕の顔をまっすぐに見つめて叫ぶように言うユニさん。
 
 び、びっくりした。

「ハル様がこんなにも不安な思いをし続けていたとは……。
 気づくことができずに私ばかり浮かれてしまい、本当になんとお詫びしていいものか……」

「ユ、ユニ様落ち着いてください。
 ユニ様をはじめ皆様に良くしていただいているお陰で不安な思いなどしておりません」
 
 もちろん嘘である。
 
 不安で不安で仕方ないけど、とりあえずは急にうろたえだしたユニさんをなんとかしないと。
 
 なんとかユニさんをなだめようとするけれど……。

「ああ……、申し訳ありません。
 本当に……ううっ……」
 
 じっと僕の顔を見つめていたユニさんは、とうとうこぼれだした涙を隠すように僕の腰のあたりに顔を押し付ける。
 
 えっと……ユニさんがどうしちゃったのかいまいちわからないけど、とりあえずそこに顔押し付けるのはやめてほしいかなぁ……。
 
 すごい際どい位置にユニさんが泣きじゃくる震えが伝わって……こんなときなのになんていうかやばい。
 
 もうどうしていいかわからず、助けを求めてイヴァンさんを見る。

「………………」
 
 ヨハンナさんと二人、無言で恭しく一礼すると2人揃って無言のまま部屋から出ていった。
 
 取り残された僕と僕の股間に顔を押し付けて泣きじゃくるユニさん。
 
 え?なに?僕がなんとかしないといけない流れなの?
 
 あんたらのご主人さまなんだから責任持ってなんとかしてよっ!!
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