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第1章 異世界で暮らそう

7話 嘘

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 もうどれくらいこうしているだろう?
 
 何がって?
 
 僕の股間に顔を埋めて泣きじゃくる超美形の頭を撫で続けてもうどれくらい経ったかという話だ。
 
 いや、もう泣き止んではいるけどさ。
 
 ユニさんは寝てしまったのか?と思うほど微動だにしなくなった。
 
 だけど本当に寝ていないのは僕の腰に回された、決して離すまいという力の入った腕の力で分かる。

「えっと、そろそろ落ち着かれましたか?」
 
 いい加減埒が明かないと思ってユニさんに声をかける。

「………………」
 
 でも、ユニさんは無言のまま顔も腕も離そうとはしない。
 
 仕方ないなぁ……。

「あの、申し上げにくいのですが、角があたって少し痛くなってきたかなぁと……」
 
 まったくの嘘……というわけではない。
 
 ユニさんの角は短めで、思ったより尖ってもいないので痛いってほどではないけど、お腹に刺さってるなーという程度の圧迫感はある。

「すっ、すみませんっ!」
 
 それを聞いたユニさんは弾かれるように僕から離れた。
 
 ようやく開放された……色々やばかった。

「申し訳ありません、半分嘘です。
 痛いってほどではなかったです」
 
 ユニさんはそう言う僕の顔をじっと見つめた後、安堵の吐息を漏らす。
 
 ていうか、ユニさん顔真っ赤だ。
 
 流石に恥ずかしかったか。
 
 もしかして恥ずかしくて顔を挙げられなかったとかかな?

「そこまで私のことを心配してくださって光栄に存じます。
 でも、本当に皆様のお陰で不安になど思っていないのですよ。
 どうか信じてください」
 
 嘘である。
 
 でも、ここで変にわがままを言うめんどくさいペットと思われる方が後々の問題になると思い、できる限りの笑顔を作って言う。

「…………怒らないで……いえ、怒って当然のことなのですが……」
 
 僕の顔をじっと見つめていたユニさんが重苦しく口を開く。
 
 作り笑顔がバレたか?
 
 それにしては怒らないでほしいってなんだろう?

「実は…………ハル様には嘘が分かる魔法をかけております……」

 ……は?

「……は?」
 
 え?なんだって?嘘が分かる魔法?
 
 え?そんな便利な魔法があるの?
 
 そんなのがあったら犯罪者なんてイチコロじゃん。
 
 そんなチート魔法、フィクションでもめったに聞かないぞ。

「う、うっそだぁ……」

「…………本当です。申し訳ありません……」
 
 床に座り込んだまま俯いてしまったユニさん。
 
 『めったに聞かない』。逆に言えばそれは『たまに聞く』と言うことだ。

「い、いつから?」
 
 あまりに衝撃的な事実に敬語を取り繕うことを忘れてしまう。
 
 と言うか、そんなふうに取り繕っていた意味すらなかったのかもしれない。

「……牢獄でハル様がニホン人だとおっしゃった時からです……」

「そんな頃から……ずっと?」
 
 僕の問に黙ってうなずくユニさん。
 
 そんな、それじゃ僕の今までの苦労は……。
 
 いや、ユニさんの言葉を信じるなら『心が読める』ではなく『嘘が分かる』だ。
 
 今のところユニさんにそこまで致命的な嘘はついていないはず。
 
 不安に思ってないという嘘がバレてたとしても、こんな状況で不安に思うのは当然のこと。
 
 嘘をつかなければいいのだ、まだなんとか挽回できるはず。

「申し訳ありません。
 たしかに不安に思わないというのは……」

「それとっ!」
 
 なんとか言い訳をしようとした僕をユニさんが遮る。

「それと…………昨夜、たまたま、本当にたまたまなんです……その、ハル様が寝室で……」
 
 ……おーう。
 
 あれ、聞かれてたかぁ……。
 
 帰りたいって大泣きしてたの聞かれてたかぁ……。
 
 なんか色々様子おかしいと思ったらこれかぁ……。
 
 色々限界だったとは言え、迂闊すぎだろう、僕。

「あの……その……こちらこそ、申し訳ありません……」
 
 もうなんにも言い訳できない。
 
 そういや、考えてみればあれだけ何度も体調やら不便なことやら聞かれまくったのに、『帰りたいか』これだけは一度も聞かれなかったわ……。

「こちらこそ、あんなに不安な思いをしていたのに私一人で浮かれてしまい……なんとお詫びしていいのか……」
 
 嘘をついていたにも関わらず、ユニさんは機嫌を悪くするどころかこちらの心情を案じてくれている。
 
 いい人だなぁ。
 
 ちょっと?変わったところがあるとはいえ、こんないい人を疑って、なんとかうまく転がそうと思っていたことに胸が痛んでくる。

「これから先は出来る限りハル様が不安を感じないように頑張りますので、どうか、どうか、お許しください」
 
 確かにこっちが不安で仕方ない中、浮かれまくってたユニさんには軽く殺意が湧いていたけれど……。
 
 基本的には僕は助けられた側。
 
 ユニさんはなんの関係もない助けなくても良い相手を助けてあげた側だ。
 
 そんなに悪く思う必要ないのに……。
 
 なんか何度も詐欺られてるってアレクさんが言っていたのが分かる気がする。

「頭を上げてください。
 私も嘘をついていて、本心を隠していて申し訳ありませんでした。
 確かに家に帰れないのは不安ですし、悲しいです。
 今でも家族のことを考えるだけで涙が出てきます」
 
 本当に家族のことを少しでも考えるだけでウルっと来始めるので極力思い出さないようにしている。
 
 そんなこと言ってるうちになんか涙溜まってきた。

「ハル様……」
 
 僕の言ったとおりに顔をあげちゃったユニさんがこっち見てるからなんとかこらえる。

「でも、ユニ様のお陰で強制労働をさせられることもなく、何不自由なく……いえ、いくつか不自由なことはありますがほとんど不自由なく生きていられるのは本当のことです」
 
 今一番不自由なこと。
 
 とりあえずお風呂入って着替えたい。
 
 臭いが気になるしベタベタするし気持ち悪い。

「どういうふうに分かるのかわかりませんけど、よく聞いてくださいね。
 僕はユニさんと出会えたことは、概ね――小声だ――、幸せだと思っています」
 
 概ね。
 
 異世界人に異様に興奮するところが怖い以外は概ね幸せだ。
 
 ユニさん美形だし。

「どうです?嘘ではないでしょう?」

「ハル様……ありがとうございます」

「それはこっちのセリフです。
 ユニ様、僕を助けてくださってありがとうございます」
 
 久しぶりに作り笑顔ではなく笑えた気がする。
 
 人に運命を握られたままっていうのには慣れないけど、ユニさんなら悪いようにはしないだろう。
 
 そう思えた。

「さあ、ユニ様。お茶会をやり直しましょう。
 ユニ様が聞きたいこと、いっぱいあるのでしょう?」

「はいっ、ハル様っ!」
 
 やっぱり笑うと可愛いなぁ。この人。

 

 ――――――

 
 
 おうちに帰りたい。
 
 あれからユニさんが止まらない。
 
 日本の……異世界のものを一品一品細かく説明させられ、今ユニさんはシャーペンを分解して遊んでいる。

 ほほえましい光景ではあるんだけど、いい加減疲れてきた。

「ほ、本当にこんなにしても壊れないんですか?
 バラバラになったのに直せるんですか?」

「大丈夫ですよ、折ったりしなければ簡単に組み立てられるので好きなだけ分解してください」

「おぉー、中に棒状の細い炭筆が入っているのですね。
 あ……ハ、ハル様、お、折れ……折れちゃいま……した……」
 
 シャー芯を一本折っちゃって世界の終わりのような顔をしているユニさん。

「あはは、大丈夫ですよ、これは折れやすいんです。
 こちらにまだまだいっぱいありますし、今折れたのも半分に折れただけなのでまだまだ使えます」
 
 シャー芯入れをシャカシャカ振って、中にいっぱい入っていることをアピールしてからユニさんに渡す。

「本当ですね。おんなじ太さの炭筆がこんなにいっぱい……すごい職人技ですね」

「職人技……とは少し違いますね。
 私もちゃんとは知りませんけど、機械……以前、スマホで見せた自動車の仲間のようなものが自動で作っている……はずです」
 
 僕もシャー芯がどう作られるのかなんてよく知らないから説明もあやふやだ。

「ええっ!?あのジドウシャがこれも作れるんですかっ!?
 ニホンの技術はすごいのですねぇ」
 
 そんな適当な説明でもユニさんは感心しながら聞いてくれる。
 
 明らかに間違った理解をしてしまっているけど、どう訂正したものやら……。

「えーと、同じ機械と言っても自動車とはずいぶん違いまして……。
 自動車は移動するための機械で、シャー芯を作ってるのは移動はしなくてですね……」
 
 しどろもどろで説明になっていない。
 
 なんとかうまく説明できないかと、とりあえず一呼吸置こうと紅茶を飲もうとするけど……もう空だった。

「あ、申し訳ありません。
 今、新しいお茶を……」
 
 イヴァンさんを呼ぼうとしたのか手を叩こうとした格好でユニさんが止まる。

「……?どうなさいましたか?」

「……ハル様、非礼を承知で申しあげます。
 冷めてしまっているお茶でもよろしいでしょうか?」
 
 たしかにティーポッドの中にはまだお茶が残っていると思う。
 
 僕は別にかまわないけど、そんな死にそうな顔で言うくらいならイヴァンさん呼べばいいのに。

「イヴァンたちがいない間に、ハル様に聞いておきたいことがあるのです……」
 
 来たか、本題。

 

 ――――――

 
 
 少し迷ったけれど、どうせいずれは話さなければいけない話になるんだろうと了承した。
 
 紅茶はユニさんが手ずから入れてくれた。
 
 確かに冷めてしまっていたけれど、十分美味しかった。

「ふぅ……それで、聞きたいこととは何でしょうか?」
 
 嘘のことと昨日の夜のことをユニさんに告白されて、てっきり今日のお茶会はそれで終わりかと油断してた。
 
 聞きたいこと……なんだろう?
 
 大抵のことは答えるけど、『片腕くらいなら切り落としていいですか?』とか聞かれたらどうしよう。
 
 ユニさん自体はいい人だと思うけど、マニアとしての一面は未だに不気味だ。

「その……あの……あ、そうです、その前に……」
 
 なんか話を変えられた。
 
 そんなに言いづらいことなのか?更に不安になる……。

「あの……ハル様…………ハル、もっと気軽に話していただいてもいいのですよ?」
 
 お、おう?
 
 どういうことだろう?

「先程も申し上げたとおり、私はハルさ……ハルにこの屋敷でなんの気兼ねなく過ごしてほしいと思っています。
 ですから、もし無理にかしこまった話し方をされているのでしたら普通に話していただいてかまいません」
 
 ……これはあれか、色々ボロが出ていたかな?
 
 昨日の夜も素で泣いてたし……。

「い、いえ、私は普段からこの話し方なので……」
 
 そこまで言い訳を絞り出したところで、はっとする。
 
 ユニさんの顔がまた悲しげに曇っていた。
 
 そうだった、嘘ついてもバレるんだ……。

「えっと……ハイ……うん、分かった。ごめん、普通に話す……。
 あのっ……でも、なんかイラッと来たりしたら言ってね?」
 
 正直、生殺与奪を握っている相手にタメ口で話すのは怖い。
 
 すごく怖い。
 
 でも、その相手が望んでいて、ごまかせないとなったら仕方ない。

「はい、わかりました。
 でも、私はハルなら何でも大丈夫なので大丈夫ですよ」
 
 それを素直に信じられれば……いや、ここは信じよう。

「良かった。
 なら、ユニさんも普通に話してほしいな」

「私の場合はこれが普通ですので……」
 
 少し困った顔をするユニさん。
 
 ずっこい。

「ほんとに?
 ユニさんだけ遠慮してるとか嫌だからね?」

「は、はい……本当です……」
 
 いけない、なんかすねた感じの表情になってしまった。
 
 まあ、ユニさんはなんかもじもじしてるからよく見てなかっただろう。

「それで、聞きたかったことってなんなの?」
 
 うう……大貴族相手にタメ口でざっくばらんに話すほうがストレス溜まる気がする……。
 
 喧嘩売ってるように聞こえてない?大丈夫?

「えっ!?……それが……あの……その……」
 
 なんかユニさんはそれどころじゃなさそうだ。
 
 え?なに?そんなに聞きづらいことなの?
 
 腎臓1個くれないか、とか?

「ユニさ……ん、そこまで言われて言い淀まれたら気になっちゃうって」

「いや……でも、医師の気のせいかもしれませんし……」

 医師?
 
 え?なに?なんか異常でも見つかったの?

「医師って体の話?
 そんな事言われたら本気で気になるって、お医者さんがどうしたの?」

「あ、いえ、体は脱水症状を起こしていたとは思えないほど問題ないそうです」

 軽く言うユニさん。嘘はなさそうだ。

「ならお医者さんが一体何を言ってたの?」

「いえ……その……」
 
 まだ言い淀んでいるユニさん。
 
 流石にちょっとイラッと来始めた。

「分かりました」

「ハ、ハル?」

「ユニ様に言う気がないのでしたらそれでかまいません。
 無理やり聞くわけにはいきませんから。
 それではお茶会はここまででよろしいですか?」
 
 ちょっと強気に出てみた。
 
 煮え切らないユニさんにイラっときて思わず言ってしまった。
 
 言っちゃった後すぐに冷静になって、もうドキドキだ。
 
 怒っちゃったら……土下座しよう。

「ハ、ハルっ!?す、すみませんっ!
 あ、あのですね……あの、聞きたいことというのは……」
 
 まだウダウダ言っているけど、言う気にはなってくれたようだ。
 
 決心がつくまで黙って待とう。

 ……。
 
 黙って待とう。
 
 ……。
 
 待とう……。

 ……。

「で?」
 
 いい加減待てなかった。
 
 だって、あれから10分近くウダウダ言ってるんだもん。

「…………あの……医師が……医師がですよ?
 ハルが……男……なんじゃないかって…………」
 
 ん?

「え?僕がなんだって?」

「そんなわけないですよね?医師の勘違いですよねっ!?申し訳ありませんでしたっ!」

「いや、いいから、もう一度言ってよ。よく聞き取れなかった」
 
 聞こえてはいたけど聞き間違えだとしか思えなかった。

「その、医師が……ハルは男性だと……」

「男だけど?」

「…………………………え?」
 
 なんか目が点になっているユニさん。
 
 いや、僕は童顔とは言われるけど、女顔だと言われたことは一度もない。
 
 何を持って女だと思ってたんだ?

「だから、僕は男だけど?」

「え?えええええええぇぇぇぇぇぇええぇぇぇぇっ!!??」
 
 大絶叫をあげるユニさん。
 
 その声を聞きつけたイヴァンさんと使用人の人たちが武装して入ってきて………。
 
 もうなんかシッチャカメッチャカだった。
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