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第2章 街に出てみよう

42話 兄

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 とりあえず土下座だった。

 ヴィンターさんとの話が一段落して、寝室を見に行ったムーサくんからリザードマンさんたちが起きたと聞いて寝室に入っていったら……。

 僕を見るなり5人揃っての土下座だった。

 律儀にみんなベッドからおりて土下座している彼らを見た僕の感想は……やっぱりこの世界にも土下座ってあるんだ、だった。

 なんとか頭を上げてもらったら、今度は感謝の言葉の雨あられだ。

 絶望の淵から救ってもらった時の嬉しさは僕自身よく分かるし、出来る限り鷹揚に見えるように笑顔を浮かべながら聞いていたら、一番小さい子が感極まっちゃったのか泣きながら抱きついてきた。

 剣に手をかけるミゲルくんたちと引き剥がそうとするリザードマンさんたちを手で制して、抱きついてきた子の頭を優しく撫でる。

 ……なんかこの光景ものすごい覚えがあるな。

 まあ、あの頃の僕を撫でてると思って思いっきり甘えさせてあげよう。

 とか思ってたら、2人目が抱きついてきた。

 はっはっはっ、大丈夫、僕の腕は2本あるぞぉ。

 3人目が来た。

 さ、流石に腕が足りないので順番に撫でることにする。

 なんかAさんと、同じくらいの年に見えるリザードマンさん……Bさんの二人がしきりに頭を下げてるけど、オッケーオッケー大丈夫。

 気持ちはすごい分かるから僕頑張るよ。

 3人が泣き止むまで撫で続けてた。



 ――――――



 3人が泣き止んだ頃を見はからかって、談話室に移ってもらった。

 また僕たち6人――ヴィンターさん含む――が横並びに座って、向かいにAさんたちに座ってもらっている。

 ケンタウロス種の人達よりしっぽが太いせいで椅子の背もたれが邪魔そうだったから、椅子を横にして座ってもらってる。

 座りづらいだろうに、申し訳ない。

 Aさんが真ん中で、その隣にさっき一緒に頭を下げてたBさんが座ってる。

 その左右にさっき僕に抱きついていたCくん、Dくん、Eくんが恥ずかしそうに俯いたまま座ってる。

「先程ハお見苦しい所ヲお見せいたしまシタ」

 そう言って頭を下げるAさん。

 Cくんたちは申し訳無さそうに縮こまってしまった。

「気持ちは分かるから気にしないでください」

 僕のときなんてあんなもんじゃなかったし。

 涙と鼻水でユニさんの服グチャグチャにしちゃって大変だった。

「ありがたキお言葉、恐悦至極にございマス」

 Cくんたちもホッとした顔してくれてる。

「改めましテ、ワレらベルザターク族、身命をとしマシてお館サマにお仕えすることを誓いマス」

 そう言ってAさんは席を立つと深く頭を下げる。

 Bさん以下もみんなAさんにならっている。

 なんか一番大事な話が済んじゃった。

 ……いやいや、色々話聞かなくちゃ。

「えっと、とりあえず頭を上げて、座ってください」

 そう言うとみんな一切迷いなく素直に座ってくれる。

 おおう……。

 まあ素直なのはいいことだ……なんかなんでもいう事聞いちゃいそうな怖さがあるけど。

 なんと言ってもあの時の僕ならユニさんになんか言われたら全部言う事聞いてた。

 ……今なら更に何でも言うこと聞くかもしれないけど。

 まあ、そこら辺はまた今度確認してみよう。

「えっと、とりあえずみんなの名前を知りたいんですが……」

「2・ベルザタークデス」
 
「3・ベルザタークデス」
 
「4・ベルザタークデス」
 
「6・ベルザタークデス」
 
「9・ベルザタークデス」
 
 お、おおう……ちょっと圧倒されてしまった。

「えっと……その2とか3とかっていうのは?」

 数字に聞こえたけど名前なのかな?

 いや、でも数字由来の名前も名前として聞こえるはずだから、Aさんはニさん?

「識別番号デス」

 番号だった。

 おーう、文化が……文化が違う……。

「えっと、識別番号以外に名前はないんですか?」

「ありまセン」

 ……どうしよう。

 実質名前なんだし、ニさん、サンさんとかで行くか?

 流石にそれは違和感が……。

「主さま、どうかなさいましたか?」

 あ、そうか、ミゲルくんたちには言葉がわからないのか……。

「えっとね、彼らの名前がね……」

「なるほど……。
 それでしたら、この方たちもヴィンターと同じように呼び名を付けて差し上げるのはいかがでしょうか?」

 なんかヴィンターさんも嬉しそうに頷いてる。

 仲間ができるのが嬉しいのかな?

 うーん、とりあえず本人たちの意向を聞いてみるか。

「えっと……あ、まず、この通り僕とあと一人、その人は後で紹介しますがその人以外あなた方の言葉がわからないのでそのつもりでいてください」

「承知いたしマシタ」

「それでなんですが、この国には識別番号という文化がないので、少し困惑しています。
 もしあなた方が良ければ、呼び名と言うかニックネームのようなものをつけたいと思うんですがいいでしょうか?」

 嫌だったら遠慮なく言ってね、識別番号呼びに慣れるから。

「オオっ、お名前ヲいただけるのでスカ?」

 あれ、なんか喜んでる?

 Bさん以下も隣の子と顔を見合わせて喜んでるっぽい。

「えっと、名前を付けることになにか意味があるんですか?」

 下手に大事なことだったりしたら、軽い気持ちでつけるのは良くない。

「そうでシタ。
 これはワレワレドラゴニュートの間のしきたりでございマス。
 ワレワレドラゴニュートは一人前の戦士となった証とシテお館サマより名を授けられるのデス」

 ……それは、どうなんだ?

 僕が名付けちゃっていいのか?

 ていうか、ドラゴニュートってなんだろう?後でイヴァンさんに聞いてみよう。

「ええっと、ごめんなさい、そこまで大事な意味があるとは思っていませんでした。
 今回は戦士としてではなくて、仕事を持った人、社会人として一人前になったという仮の名前として考えほしいです」

「承知いたしマシタ」

 Aさん達は素直にうなずいてくれるけど、ピーンと立ってた尻尾がへニャっとしちゃってる。

 ううう、悪いことをしてしまった……。

 と、とりあえず呼び名をつけよう。

 と言っても、一応名前に近いものはあるしそれを元にするか。

 そっちの方が仮ってわかって本当の名前を付けるときにもいいだろう。

「えっと、では、貴方はツヴァイ」

「ハッ、ありがたき幸せにございマス」

 Aさんは2番だったらしいから、ドイツ語で2のツヴァイ。

「貴方はドライ、そしてあなたはフィーア、あなたはゼクス、あなたはノイン」

「「「「ありがたき幸せにございマス」」」」

 ふぅ、単純で悪いけどとりあえずこれで呼び名が出来た。

 なんでドイツ語の数字を知ってるのか?

 中学2年生を迎えた男子は誰でも知っているんだ。

「さて、では、ツヴァイ、貴方達になにがあったか教えてください」

「承知いたしマシタ。
 ワレら、ベゼルターク族は黒き森に住む一族でございマシタ。
 黒き森は戦火からモ離れていたのですガ……」

 ツヴァイくん達ベゼルターク族は黒き森という森の奥深くで他種族と関わることなく暮らしていたんだそうな。

 森の外では人間、この国と隣国が戦争をしていたけど、森の奥深くに済むベゼルターク族には直接の被害はなかった。

 今までもそういう事はたくさんあったらしいんだけど、これまでは森が戦火を遮ってくれてたんだそうな。

 でも、今回はこの国か隣国かわからないけどベゼルターク族に従属している一族に人間が接触してきて同盟関係を結んだんだそうな。

 人間に森を案内する代わりに、ベゼルターク族を追い落とす戦力を貸してもらう事を条件として。

「ワレらベゼルターク族、一族をあげて勇猛果敢ニ戦いましたガ百倍に至る数ニハなすすべナク父を、お館サマを討たれ、ワレラ以外の一族も散り散りニ」

 説明してくれてるツヴァイくんこそ涙をこらえているけど、フィーアくん達年少組はすすり泣いてしまっている。

 年長のドライくんも静かに涙を流している。

 ミゲルくんたちにも通訳しているけど、みんな思うところがあるのか鼻を啜り上げる音がたまに聞こえる。

 僕もちょっと泣けてる。

「ソシテ、森を追われ落ち延びてイル所ヲこの国の人間ニ保護すると騙サレ捕縛された次第でございマス」

「えっと……僕もこの国の人間なんですが、そこら辺は……」

 もしやりづらいようならなにか考えないと。

「もちろんこの国ニ思うところはありマス」

 そりゃそうだよねぇ。

「シカシ、お館サマはまごうことなきワレワレの命の恩人。
 身命をとしてお仕えすることニなんの迷いモありまセン」

 決意のこもった顔で頷くツヴァイくん一同。

 頼もしい……けど、僕らとはノリが違う。

「えっと、ここは戦地とも離れているからもっと気楽にやっていいですから……良いからね?」

「承知いたしマシタ」

 固く頷くツヴァイくん達。

 ゆっくりとほぐしていこうと思った。

 ……それともやっぱり仇討ちとかしたいのかな?

 ゆっくり聞いていこう。

 

 その後とりあえず出来ることを聞いてみたけど……。

「武器の扱い以外はなにも出来ない感じか」

「申し訳ございマセン……」

 あ、しょんぼりしちゃった。

「いやいやいや、大丈夫。
 警備の仕事とかもあるし、力仕事もいっぱいあるしね。
 それに今できなくてもイヴァンさんが教えてくれるから」

 でも、イヴァンさんには手加減してもらうように伝えておこう。

 うちはほら、得意なことを活かす甘々な方向で。

「あ、ていうか、ツヴァイ達二種奴隷になってたけど、知ってた?」

「二種奴隷トハ?」

 みんなしてよくわからないって顔してる。

 やっぱりそうだよねぇ、言葉わかんないんだもんね。

 とりあえず僕が教えてもらったとおりに奴隷制度のことをツヴァイくんたちに伝える。

「ナルホド。
 二種奴隷というモノハ知りませんでしたガ、どのみちワレラの命はお館様のモノ。
 なにモ問題ございマセン」

 ツヴァイくんの言葉にドライくん以下も迷いなく頷く。

 うん、なんかそんな雰囲気はしてた。

 まあ、ここらへんは平和だし、命をかけてもらうようなことなんてそうそうないだろう。

 ……フラグじゃないよ?

「えっと、それじゃ、みんなの教育係になってくれるイヴァンさんという人が今忙しいから、しばらくは暇をつぶしてて。
 今まで暇な時はなにしてたとかある?」

「……鍛錬などヲしていたかと思いマス」

 少し考えたあとにツヴァイくんがそういう。

 鍛錬か。

「それじゃ、後でユニさん……この館の主人の人に武器を用意してくれるように頼んでおくからそれぞれ希望の武器を教えてね?
 まあ、でも、とりあえずはお医者さんからあと2、3日はベッドで大人しくしているように言われてるから安静にしててね」

「「「「「承知いたしマシタ」」」」」

 みんな元気に頷いてくれる。

 うんうん、まずは体調整えないとね。


 
 さて、一通りリザードマン……いや、彼ら曰くドラゴニュートか。

 イヴァンさんに意味聞いておかないとな。

 一通りドラゴニュートさんたちとの話が終わった。

 あとは、どれだけ言うことを聞くかの実験だ。

 ふっふっふっ、覚悟しておくがいい。

「それじゃ、今日のところはこれで解散ということで。
 ムーサとメファート、モレスはお仕事に戻ってね。
 ミゲルはこのままヴィンターの指導をよろしく」

 ミゲルくんたちが一礼して部屋を出ていく。

 さーてと。

「では、とりあえずノインこっちに来なさーい」

 一番年下のノインくんから呼び寄せる。

 ノインくんは不思議そうな顔をしているけど素直に僕の所に寄ってきて、立ち上がった僕の前に不思議顔で立つ。

 ツヴァイくんたちも不思議そうな顔をしている。

 目の前に来るとよく分かるけど、まだ顔立ちも幼くて背もたいして高くない僕より頭2つ近く小さい。

「それじゃ命令です。
 僕に抱きついてきなさい」

「エっ?」

 僕の命令を聞いたのインくんがすごいオロオロしだした。

 手招きしている僕の顔を見て、ツヴァイくんの顔を見て、また僕の顔を見て、ツヴァイくんの顔を見て、ツヴァイくんが頷いたところでおずおずと近寄ってきたので、こちらから手を引っ張ってバランスを崩したノインくんを抱きしめる。

「アフっ!?」

「よく頑張ったねー。もう大丈夫だからね。
 色々怖かったねー。ここなら安心だからねー」

 安心させるための言葉を語りかけながら頭を撫で続ける。

 はじめは硬かったノインくんの体から次第に緊張が抜けて……。

「……ううっ……うっ……うぅっ……」

 とうとう泣き出した。

 うんうん、もう大丈夫だからゆっくりお泣きー。

 そのまま泣き止むまで頭を撫で続けた。

 泣き止んだところで1回ギュッと強く抱きしめてから体を話す。

「それじゃ、次はお兄さんたちの番だから隣の部屋で寝てなね?
 またしょんぼりしてきちゃったらいつでも言ってきなね?」

 ノインくんは恥ずかしそうに小さくこくんと頷くと、寝室に入っていった。

「さーて、次はゼクス、カモーン」

 年長組は引きつった顔をしているし、残った年少組は恥ずかしそうに顔を赤くしているけど構うもんか。

 今日はみんな泣かせちゃる。

 おずおずと近寄ってきたゼクスくんを抱きしめながら僕はそう誓うのだった。



 残すところはツヴァイくん一人だ。

 フィーアくんは大泣きして泣きつかれて寝ちゃったし、ドライくんは照れくさそうにしてたけどみんな泣かせてやった。

「さーあ、最後はツヴァイだーよー」

「イ、イエ、ワレは……」

 ジリジリと逃げていくツヴァイさんに命令する。

「ツヴァイ、こっちに来なさい」

「っ!?…………ハ、ハイ」

 観念したのかゆっくりと近づいてくるツヴァイくん。

「この度ハ、命を救っていただイタ上ニ、弟たちヲ気遣ってくだサリ……」

 僕の前に直立不動で立ってなんか言ってるツヴァイくん。

 んー、ちょっと背が高いな。

 僕より頭半分くらい高い。

「ツヴァイっ!ちょっと身をかがめるっ!」

「ハ、ハイっ!」

 僕が命令すると、ツヴァイくんがちょうどいい高さに、僕が胸に頭を抱きかかえられる高さにかがんでくれる。

 うむ、分かってるじゃないか。

 抱きしめやすくなったツヴァイくんの頭を優しく抱きしめる。

「お疲れ様。弟たちのために頑張ったねー。もう大丈夫だから、安心してねー」

 やさしくやさーしく、頭を撫でる。

「お兄ちゃんだもんねー。弟たちのために偉かったねー。
 もう弟たちみんな、心配ないから大丈夫だよー」

 ツヴァイくんが声もなく泣き出しているので、耳……と思われる場所を胸に押し付けて頭を撫でる。

 他人の心臓の音を聞いてると安心するって聞いたことがある。

 少なくとも僕はした。

 卵生らしいからどうだろうって思わなくはないけど、お母さんに抱っこされてた頃はきっとあるだろう。

「あ、そうだ。
 これからは僕の事お兄ちゃんだと思って甘えてきていいからね?
 今までがんばった分、ツヴァイはいくらでも甘えていいんだから」

「うっ……ううっ……うぁっ……」

「よしよし、僕と二人のときはもう頑張んなくていいんだからねー」

「うああぁぁっ……兄サマっ……にぃさまぁ、うああぁぁんっ………」

「はいはーい、兄さまですよー」

 年齢変わんなさそうな気がするけど、そんなの小さいことだ。

 思う存分お兄ちゃんに甘えるがいい。

 お兄ちゃんには甘えられるお兄ちゃんが必要なのだ。

 大泣きしちゃっても、寝室に声が聞こえないように、弟たちに心配させないように声を抑えているツヴァイは本当に偉いと思う。

 こんな子は甘やかし尽くすしかない。

 ツヴァイが泣きつかれて眠ってしまうまで、抱きしめ続けた。
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