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第一章 虜囚

14話 運動の時間

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 朝食を食べてしばらくすると、話に聞いていた『運動の時間』ということで、世話係の少年たちに連れられて収容所を出た。

 平屋建ての収容所を出ると、学校の校庭くらいの広場が広がっていた。

「うわぁ……」

 そして、広場の外、高いコンクリート製の壁の向こうには故郷の県庁所在地でも見たことのなかったビル群がそびえ立っていた。

 エルフやゴブリンなんかと言ったファンタジー的な種族の多い異世界人は、てっきり中世ヨーロッパ的な街に住んでいるのかと思ってたのに。

 これ、もしかしたら話に聞くニホン一の工業都市オオサカより栄えているかもしれない。

 キラキラと太陽の光を反射しているビル群といい、多分魔法によるものであろう空飛ぶ乗り物といい、なんかこっち側のほうが昔想像されていた未来の都市って感じがする気がする。

「おいっ!ぼさっとするなっ!朝礼が始まるぞっ!!」

 あまりの光景に呆然と外の景色を眺め続けていたら、世話係の子に厳しい声でせっつかれてしまった。

「す、すみません」

 謝って慌ててもうすでにほとんど整列しているみんなのもとに向かう。

「……今日は所長の話があるからあんまり目立つなよ」

 歩く僕を急かすように横を歩いているさっきの子が小声でそんなことを言った。

 どうやら、今日はちょっと特別な日のようで、それで僕が目をつけられないように注意してくれたみたいだ。

 感謝の気持を込めて、注意してくれた子に軽くウィンクをして笑いかける。

 お礼に後でサービスするね。

 それが伝わったのか、その子がちょっと恥ずかしそうに赤くなった。

 実に可愛らしい。



 整列が終わると点呼の後、オークの子曰く『所長』の話が始まった。

「今日は貴様ら現地人に朗報を持ってきた」

 若い……僕と変わらないくらいの年の人間に見える所長は、『朗報』という言葉とは違って僕らを完全に馬鹿にしている顔で話を続ける。

「昨日、貴様らの自警団……ああ、いや、あれでも軍……だったか?
 まあ、その弱小な軍もどきがサイタマから完全に撤退した」

 声には出さないけれど、一瞬整列しているみんなに動揺が走った。

 そっか、サイタマ完全に落ちたんだ。

 僕たちが守っていたオオミヤが抜かれた時点であとは時間の問題だとは思っていたけど。

 一ヶ月か、早かったなぁ。

「貴様らが必死で作った魔術師もどきの集団も壊滅したそうだよ。
 まったく、未開の現地人は無駄なことをするもんだ」

 ……虎の子の魔法兵もやられたのか。

 キョウトから来るっていう本隊がやられたのか、それとも現地で急造した部隊がやられたのかは分からないけれど、流石にショックを隠しきれない。

 みんなも黙ってはいるけれど、動揺しているのが伝わってくる。

「大量の捕虜も出たと聞くから、ここも忙しくなるかもしれないな。
 まあ悲観して死ぬのならあまり施設を汚さない方法にするように。
 ああ、もしぼくの手で直々に斬ってほしければそう言ってくれ」

 所長はそう言うと腰に差していた剣をスラっと抜く。

 少し見とれてしまうくらいキレイな動きだった。

「なんなら、剣を貸し出してやってもいいぞ。
 最近は後方勤務にも少々飽きがきていたからな。
 …………いや、これは失言か。
 以上、解散」

 苦笑を浮かべて剣を鞘に戻した所長が、解散を告げて所内に帰っていく。

 色々とショックが大きかった僕らは、所長の姿が消えてもしばらくそのまま立ち尽くしていた。



 しばらくして、ようやくショックから立ち直ったみんなは『運動』をするために広場に散って行った。

 『運動』の時間と言っても、実際になにをするかは定められているわけではなくて、各々で好きなことをやっていていいらしい。

 しかも、別に体を動かしている必要もないのだそうだ。

 だから、みんなそれぞれ気が向いた人で集まってサッカーボールで遊んだり、鬼ごっこのようなものをしたり、ただ寝転がっていたり好き放題している。

 周りにいる世話係の少年たちもそれを咎めるどころか、お気に入りと物陰に消えていく子までいる始末だ。

 ……消えてった方から美味しいエネルギーが流れてきているけど、世話係以外の職員に見つからないように気をつけてね。



 そんな中僕はクロウくんとミツバくんに挟まれてランニングをしていた。

「いや、それにしてももうサイタマが落ちるとはな」

「少なくともオオミヤを守っていた戦力は、ボクたちが奴らの足止めをしたおかげで殆どまるまる残ってたはずなのにね」

 別に走るのが好きってわけじゃないけれど、あんまり人に聞かせたくない話をするにはちょうどいい。

 特に二人は僕の眷属となってからは走っていても僕からエネルギーを貰えば疲れないらしくて、僕は僕で広場のいろんな物陰からエネルギーが流れ込んでくるからいくら走り続けても全然疲れない。

「それだけ本気を出した異世界側とは戦力差があったってことかなぁ」

 エルフっていう大駒を温存していただけでも異世界側が本気じゃなかったのが分かる。

 あの時感じた圧倒的すぎるマナからして、エルフを投入し続けるだけでニホンなんて簡単に占領できるはずだ。

 しないのか出来ないのか、とにかく今までニホンが生き延びられてきたのは異世界側が本気を出していなかっただけ。

 収容所の外のビル群を見るだけでもそれを認めざるを得ないと思う。

「このままニホンは滅んじゃうのかなぁ……」

 ミツバくんが走りながらため息をつくけど、なんて返していいか分からない。

 戦力に圧倒的な差があるのは確かだけど、それを有効利用できるかとは話が別だし、だからといって僕らが楽観視出来る材料は何もないし……。

 僕に言えるのは『絶望的『っぽい』』ってことくらいだ。

 そんなことを考える僕の横で、なにかを考え込んで黙っていたクロウくんがちょっとためらった様子で口を開いた。

「あのさ…………例のウルガを眷属化する話、早いうちにやってみないか?」

「え、別にそれはかまわないけど……どうしたの?」

 話の流れ的にサイタマ陥落と関係した話なんだと思うけど、どうしたんだろう?

「いや、あのな。
 もし、ウルガを眷属化出来るようなら……」

「少尉、噂をすればだよ」

 話しかけていたクロウくんをミツバくんが遮った。

 ミツバくんが視線で示すように目をやると、今まで姿が見えなかったウルガが広場に姿を表していた。

 そして、グルリと広場を見渡して、走っている僕に目をつけるとまっすぐにこちらに歩いてくる。

「来てるね……」

「来てるな……」

「来ちゃったね……」

 なにをしに来ているのかは分からないけれど、小馬鹿にしたような笑みを浮かべているところからしても良いこととは思えない。

 まあ、だとしてもウルガを眷属化するっていう目的を考えれば、このまま逃げるわけにもいかない。

 とりあえず眷属化の条件の確認のために、他の異種族の子で試してみで分かったことがいくつか。

 まず、眷属の子以外も普通にエネルギーを吸うことができた。
 
 ただ、エネルギーを吸い付くすとか以前にエッチしないとエネルギーを吸うことが難しいことも分かった。

 吸うだけを考えれば、近く<触れる<エッチの順で吸収量が多くなるだけで眷属でも眷属でなくても、近くにいるだけでも吸えるには吸える。

 だけど、吸ってるだけでこれまた眷属とか関係なく相手が気持ちよくなっちゃうからエッチの最中でもないと確実にバレるということが分かった。

 他の子なら無理やり押さえつけてとかやりようはあるけれど、ウルガ相手では僕たち全員でかかって行っても相手にならないと思う。

 ということで、ウルガを眷属化するためにはどういう理由であれ、ウルガとエッチをする関係にならなければいけない。

 ……とまあ、大変そうに言ってみたけれど、僕の勘だとウルガはチョロいと思う。

「……とりあえず、僕の方で話ししてみるから、二人はなにがあっても見ててね」

 二人がうなずくのを確認してから、足を止めてウルガの方に向き直る。

「なんか用ですか?」

 一言目から挑発するように言う僕に後ろの二人が慌てているのが分かる。

 いやまあ、僕としてもどうなるか分かんないけどね。

 とりあえず、まずはウルガの好きにやってもらうことにした。

 乱暴者に好き放題やってもらうには、とりあえず挑発だ。

「おう、ずいぶん生意気な口聞いてんじゃねえかよ」

 おや?ウルガは挑発する僕を見てむしろ楽しそうにしている。

 もっとキレ気味に来るかと思ったけど、ちょっと想像と違ったな。

「なあ、ただ走っててもつまんねーだろ?
 ここはオレと拳闘でもやろうじゃねーか」

「けんとう?」

「ん?こっちにゃねーのか?
 まあ、要するに殴り合いのことよ」

 そう言って、ボクシングのように拳を突き出すウルガ。

 それを見て後ろの二人がさらに慌てだす。

「お、おい、流石にそれは……」

「そ、そうだよ、先輩。
 やめとこうよ……」

 まあまあ、大丈夫大丈夫。

「分かった、受けて立つよ」

 さあ、ウルガ。

 語り合おうじゃないかっ!
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