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理乃の行方

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「9月12日が最後……か」

 息をつくと、ゆっくりと湯船から立ち上がる。棚にあるバスタオルを手に取り、濡れた髪をぬぐいながら、歯ブラシの横にあるボディーローションを引き寄せる。

 当たり前だけれど、拓海の部屋には女性用のシャンプーやリンスもなくて、コスメも持ち歩き用の最低限しかなかった。

 鏡の中の自分と向き合いながら、ようやくすっきりした体にボディーローションを塗る。たっぷりとローションを吸い込む肌がさらさらになると、ドライヤーで髪を乾かし、肩より少し伸びた髪をゴムで結ぶ。

 バスルームを出て、新しいシャツに袖を通し、スマートフォンでニュースをチェックする。特に気になるニュースもなく、メールを開く。

『理乃、会社を辞めて、アパートにもいないみたい。これから警察に行って、行方不明届出してくる』

 打ち込むとすぐ、父に送信する。ロサンゼルスは今、夜の10時だろう。父は仕事を終えて、自宅に帰っているはずだ。

『今日の便でロスに帰る』

 少し考えて、追加でそう送信すると、身支度を整えて、荷物をまとめた。

 チェックアウトを済ませると、スマートフォンのマップを開き、警察署を検索する。横浜市端山はやま区の警察署は、交番を合わせるといくつもあるが、警察署と名がつくのは一つだった。

「……端山警察署か」

 端山署は拓海の暮らすアパートに近い。拓海に泊めてくれたお礼を言ってから、端山署へ行き、タクシーで羽田空港へ迎えばいいだろう。

 オレンジ色のキャリーバッグを引きながら、ホテルを出るとタクシーを拾った。行き先を告げ、軽くまぶたを落とす。

 理乃は退社すると会社へ電話したあと、どこかへ行ってしまった可能性がある。きっと誰かと一緒にいるだろう。もし一人なら、光莉のメールに反応するはずだからだ。もちろん、助けてとメールを送ってきた人物が理乃と仮定するなら、の話だけれど。

 メールに返信がないのは、その誰かと充実した生活を送っているか、返信できない状況にあるかのどちらかだ。前者ならいい。しかし、後者なら?

 肉親はロサンゼルスで暮らす父と光莉だけ。赤村の言う通り、理乃は日本では天涯孤独と言ってもいいはず。性格的にも、気を許し合える同性の友人がいるとは考えにくい。そんな彼女が誰かと一緒にいるとしたら、考えられるのは、新しい恋人だろうか。

 赤村には好きな男ができたと言っていたらしいが、付き合えるかもわからない男のために赤村を捨てるとは、光莉にはどうしても思えない。すでに交際が始まっていたと考える方が自然だ。新しい恋人は誰だろう。大人になった理乃の交友関係は光莉にはわからない。

 実際、光莉が彼女について知っているのは、わずかなことだけだ。

 光莉は暑い夏の日に生まれた。そのときにはもう、父の本田陽介ようすけと母の由紀子ゆきこは結婚していた。

 両親は近所でも評判のおしどり夫婦で、父が再婚だったことも、腹違いの姉がいることも知らずに育った。
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