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初花
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「私からだということは伏せたまま、私の心が分かるものにこの文を届けて参れ」
いつものように散々愛し合ったある春の朝、突然告げられた、愛しい人からの命令。
恋多き人だった兄頼家とは違って、実朝は多情な人ではない。正室である御台所以外に召した女人は皆無で、肌を交わした情人と言える存在は、男である朝盛ただ一人だ。
それゆえ、恋人である主君との関係に、朝盛は絶対的な自信と安心感を持っていたのに。それを打ち砕くかのような何とも無慈悲な命を下すとは。
君ならで誰にか見せむ我が宿の軒端ににほふ梅の初花
あなた以外に誰に見せようか、私の家の軒端に咲き誇る梅の初花を。
主君が朝盛に、誰かに届けて来いと命じた文の内容だ。
朝盛は当然、古今和歌集を題材としていることにはすぐに気づいた。
朝盛の教養を認めたうえで、同じように古今集からの謎かけであることに気づき、即興で機転の利いた返歌が期待できる親しい和歌仲間へ、季節の挨拶の文を届けてくるように。ただそれだけのものであるようにも思われた。
まだ、御台所との新枕さえ交わしていなかった主君の初花の相手は朝盛だった。
主君は、頬を染め、もじもじと恥じらう乙女そのものだった。
その様子が、あまりにいじらしくて、可愛くてたまらなかったから。
年上で経験のある朝盛は、いっそのこと、朝盛の方が主君の初花を手折ってしまおうかと思ったくらいだ。
だが、それをやめて、朝盛は、自分自身を捧げものにしていざない、様々な手ほどきをして、主君を大人の男にしたのだった。
愛しい人の心が一番分かるのは、自分のはずだ。そのことは、主君だってよく分かっているはずなのに。
朝盛の中で、様々な想いがざわつく。
朝盛は、ふうっと大きなため息をついて、どうするかを考えた。
そういえば、塩谷朝業が、正月明けから風邪をこじらせて屋敷で休養していたはずだ。その見舞いということで、届けることにしよう。
主君と親子に近いほどの年の開きがある朝業なら、よけいな詮索をすることなく、無難で大人な対応をするだろう。
嬉しさも匂ひも袖にあまりけりわがため折れる梅の初花
嬉しさも梅の匂いも袖にあまるほどです。私に見せるために折って下さった梅の初花。御所様のお優しいお心遣いに何とお礼を申し上げたらよいのでしょう。
朝業から主君への返歌は、思ったとおり、古今集の題材だと気づいたことを匂わせ、病気の家臣を気遣った主君に感謝するというありふれた内容のものだった。
「やはり、朝業は、私の真意を分かってくれたか!」
実朝は、無邪気ではしゃいだ様子を見せた。その鈍感ぶりに、朝盛はむっとなった。
むくれたような朝盛の顔を見た実朝は、どこか意地の悪い笑みを返した。
(鈍感なふりをして、私をからかって、試して、弄んだのか!)
朝盛の怒りは頂点に達した。
(そっちがそのつもりなら、こっちにも考えがある!)
その夜のこと。
寝所で、拗ねた様子を見せた朝盛は言った。
「私をからかって、弄んで、楽しかったですか!」
その様子を見た実朝は、慌てたように、塩らしく詫びてきた。
「すまない!許しておくれ!」
甘えるように懇願して朝盛の手を取りつつも、主君の目は、(なあ、いいだろう?)といつもの続きを期待していた。
朝盛は、仕方ないなと言った笑みを主君に見せて、やはりいつものように、自分を捧げて、快楽の波へと主君を誘っていく。
体の熱は、次第に高まって行く。主君のそこは、朝盛に侵入することを望むかのように膨張していた。期待を実現させるかのように主君をいざなう様子を見せながら、朝盛はそれを突然阻止した。
「駄目です!今夜はお預けです!」
「えっ⁉」
朝盛のいきなりの反逆に、実朝は呆然となった。
「意地悪をした罰です!」
朝盛の言葉に、実朝は、叱られた子犬のようにしょげてうなだれた。
主君にかけたきつい言葉とは裏腹に、朝盛は主君のその様子が可愛くてたまらない。朝盛は、さらにいじめ返したくなる、そんな衝動にかられた。
「ほら、こんなになって。お辛いでしょうねえ!」
朝盛は、主張する実朝のそこに触れて刺激して弄びながら、意地の悪い言葉を返す。
「あっ……///」
実朝は、初めての時と同じように、恥じらうような、たまらなくて堪えるような表情を見せた。
「ああ!許してくれ!私はもう……!」
「そんなに私のもとに来たいのですか?」
「そなたのもとに、行きたいよ……!」
瞳に涙をためて懇願する主君に、朝盛はやれやれと言った様子を見せながらも、内心ほくそ笑んでいた。
(意地悪をし過ぎたか)
「可愛くて愛しい人。おいで」
朝盛は、余裕な様子で、実朝の続きを許した。
いつものように散々愛し合ったある春の朝、突然告げられた、愛しい人からの命令。
恋多き人だった兄頼家とは違って、実朝は多情な人ではない。正室である御台所以外に召した女人は皆無で、肌を交わした情人と言える存在は、男である朝盛ただ一人だ。
それゆえ、恋人である主君との関係に、朝盛は絶対的な自信と安心感を持っていたのに。それを打ち砕くかのような何とも無慈悲な命を下すとは。
君ならで誰にか見せむ我が宿の軒端ににほふ梅の初花
あなた以外に誰に見せようか、私の家の軒端に咲き誇る梅の初花を。
主君が朝盛に、誰かに届けて来いと命じた文の内容だ。
朝盛は当然、古今和歌集を題材としていることにはすぐに気づいた。
朝盛の教養を認めたうえで、同じように古今集からの謎かけであることに気づき、即興で機転の利いた返歌が期待できる親しい和歌仲間へ、季節の挨拶の文を届けてくるように。ただそれだけのものであるようにも思われた。
まだ、御台所との新枕さえ交わしていなかった主君の初花の相手は朝盛だった。
主君は、頬を染め、もじもじと恥じらう乙女そのものだった。
その様子が、あまりにいじらしくて、可愛くてたまらなかったから。
年上で経験のある朝盛は、いっそのこと、朝盛の方が主君の初花を手折ってしまおうかと思ったくらいだ。
だが、それをやめて、朝盛は、自分自身を捧げものにしていざない、様々な手ほどきをして、主君を大人の男にしたのだった。
愛しい人の心が一番分かるのは、自分のはずだ。そのことは、主君だってよく分かっているはずなのに。
朝盛の中で、様々な想いがざわつく。
朝盛は、ふうっと大きなため息をついて、どうするかを考えた。
そういえば、塩谷朝業が、正月明けから風邪をこじらせて屋敷で休養していたはずだ。その見舞いということで、届けることにしよう。
主君と親子に近いほどの年の開きがある朝業なら、よけいな詮索をすることなく、無難で大人な対応をするだろう。
嬉しさも匂ひも袖にあまりけりわがため折れる梅の初花
嬉しさも梅の匂いも袖にあまるほどです。私に見せるために折って下さった梅の初花。御所様のお優しいお心遣いに何とお礼を申し上げたらよいのでしょう。
朝業から主君への返歌は、思ったとおり、古今集の題材だと気づいたことを匂わせ、病気の家臣を気遣った主君に感謝するというありふれた内容のものだった。
「やはり、朝業は、私の真意を分かってくれたか!」
実朝は、無邪気ではしゃいだ様子を見せた。その鈍感ぶりに、朝盛はむっとなった。
むくれたような朝盛の顔を見た実朝は、どこか意地の悪い笑みを返した。
(鈍感なふりをして、私をからかって、試して、弄んだのか!)
朝盛の怒りは頂点に達した。
(そっちがそのつもりなら、こっちにも考えがある!)
その夜のこと。
寝所で、拗ねた様子を見せた朝盛は言った。
「私をからかって、弄んで、楽しかったですか!」
その様子を見た実朝は、慌てたように、塩らしく詫びてきた。
「すまない!許しておくれ!」
甘えるように懇願して朝盛の手を取りつつも、主君の目は、(なあ、いいだろう?)といつもの続きを期待していた。
朝盛は、仕方ないなと言った笑みを主君に見せて、やはりいつものように、自分を捧げて、快楽の波へと主君を誘っていく。
体の熱は、次第に高まって行く。主君のそこは、朝盛に侵入することを望むかのように膨張していた。期待を実現させるかのように主君をいざなう様子を見せながら、朝盛はそれを突然阻止した。
「駄目です!今夜はお預けです!」
「えっ⁉」
朝盛のいきなりの反逆に、実朝は呆然となった。
「意地悪をした罰です!」
朝盛の言葉に、実朝は、叱られた子犬のようにしょげてうなだれた。
主君にかけたきつい言葉とは裏腹に、朝盛は主君のその様子が可愛くてたまらない。朝盛は、さらにいじめ返したくなる、そんな衝動にかられた。
「ほら、こんなになって。お辛いでしょうねえ!」
朝盛は、主張する実朝のそこに触れて刺激して弄びながら、意地の悪い言葉を返す。
「あっ……///」
実朝は、初めての時と同じように、恥じらうような、たまらなくて堪えるような表情を見せた。
「ああ!許してくれ!私はもう……!」
「そんなに私のもとに来たいのですか?」
「そなたのもとに、行きたいよ……!」
瞳に涙をためて懇願する主君に、朝盛はやれやれと言った様子を見せながらも、内心ほくそ笑んでいた。
(意地悪をし過ぎたか)
「可愛くて愛しい人。おいで」
朝盛は、余裕な様子で、実朝の続きを許した。
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