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私と学校
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朝はなんだか景色が白い。遠くから響いてくる子供達の声は、まるでテレビからの音のようで、私だけが世界の外にいるような感覚がした。その音を遮るようにイヤホンで耳を塞いだ。そこから伸びる線は、制服のポケットのスマートフォンへと繋がっている。
いつもと変わらないこの道は、学校へと続いている。足が重い。鎖で繋がれているかのようだ。この学校へと続く一本道を外れたら、私たちはどこか別の場所へ行けるのだろうか。
「カエデー、歩くのトロいぜー。もっとシャキシャキ!っとしろよ。電車乗り遅れちまうぞー」
イヤホンからアイの声が届くと、灰色だった頭の中が一瞬で色を取り戻した。スピーカーと違って私の体に直接響いている。体の真ん中がくすぐったくなった。まるで、アイが私の中にいるような感じだ。
『わかってる。ちょっとゆっくりしてただけよ』
スマートフォンを取り出し、メモ帳に文字を打つ。外でアイと話すときはいつもこうしている。筆談ならぬスマホ談である。アイの忠告を適当に流し、ゆっくり、ゆっくりと歩いて駅を目指した。
駅のホームに着くと、私が乗るべき電車は大口を開けて待っていた。トマトとチーズ、キャベツの下に照り輝くハンバーグ。それを何段にも積み上げた、大きなハンバーガーを食べようとしているかのようである。電車のお腹の中は満席で、何人かつり革を手にしていた。なんて欲張りな電車なのだろう、まだ食べるつもりなのか。
「急げ!急げ!もうドアが閉まっちゃうぞ!」
アイの焦ったような声に体が勝手に反応し、閉まりかけていたドアに向かって駆け込んだ。そうして私は、あーあー。どうして乗っちゃったのかしら、なんて考える。
「もしかして、電車に乗り遅れたら学校休もう!‥‥‥とか考えてただろ」
『あれー?バレてた?』
「バレてたぜ。まったく、何年一緒にいると思ってんだよ。カエデの考えなんかお見通しだ!」
と、アイは得意げである。私のことはなんでもお見通し、なんて。嬉しさと虚しさ。それと、ちょっとの呆れ。この気持ちは、カロリー高めのデザートに、ホイップクリームを追加して食べた時に似てるかも。考えが全てわかってしまうなんて、そうだったらどれだけ楽だっただろうか。
二駅過ぎると目の前の席が空き、私は迷うことなく座った。同じ目的地を目指す学生たちは、同じ制服同士で固まり世間話に花を咲かせていた。一人で座っている人たちは、本を読んだりゲームをしたりしている。AIとの会話に夢中なのは、私だけ。スマートフォンのネットニュースが流れて来て、それについてアイと話す。どうやら、最近美味しいケーキ屋ができたらしい。
「ええっと‥‥‥あ、あの!一ノ瀬さん!」
突然、声をかけられた。この電車に乗って一年と半年が過ぎたが、こんなことは初めてだった。だからなのか、それとも単に私が人付き合いが下手なのか、無意識に聞こえなかったふりをしてしまった。意味もなくスマートフォンを凝視する。もしかしたら人違いかもしれない。と、なんの根拠もない考えでこの場をしのごうとしていた。
「い、一ノ瀬さん?あのー‥‥‥イヤホンしてるから聞こえないのかな?」
いいえ、聞こえています。イヤホンをつけていると言ってもアイと話をしているだけで音楽などは一切流していないし、実際隣の人のイヤホンからの音漏れも聞き取れるほどだ。ああ、早く何か答えなければ。でも、今更返事をしてしまっては、私がさっき無視したということを認めてしまうことになってしまう。
自然と顔に熱が集まるのを感じた。ああでもない、こうでもないと考えるが、時間は無慈悲に進んでいく。その結果、またもや『聞こえなかったふり』を決め込むことになった。
「‥‥‥おーいカエデ、呼ばれてるぞ。早く返事しろよ」
私はスマートフォンを素早く持ち上げた。そして、画面を彼に見られないようにして、『でも知らない人!なんて答えればいいの?』と打った。するとすぐさま「基本は挨拶からだろ」と返された。クラスメイトともまともに話せない私が、知らない人に挨拶をするというだけでもかなりハードルが高いのだが‥‥‥。ええい!もうやけである。
「あ、えっと、おはよう‥‥‥?」
我ながらかなり‥‥‥酷いと思う。声が小さいし、視線も泳いでいる。耳元から笑いをこらえる音がする。まさに、肩を震わせている、と言った風だ。
「え!あ、はい。一ノ瀬さん、おはようございます!」
片方のイヤホンを外した。顔を上げればそこには同じ学校の制服を着た男子生徒が立っていた。黒髪の優しそうな顔をした男の子。しかし、その顔に見覚えは無かった。
「あの、えっと‥‥‥どちら様?」
「あ、俺、隣のクラスの伊織卓馬です。同じ、中学だったんだ、けど‥‥‥?」
「え!‥‥‥ごめんなさい、覚えてないわ」
「だ、だよね!あはは!うん、話すのは今日が初めてだからさ!」
アナウンスが鳴った。それとともに電車の口が開く。私の隣に座っていた人は電車の外へと歩いて行ってしまった。そこへ入れ替わりで伊織さんが座った。
「あの、それで‥‥‥私に何か用でも?」
「ああ、あの!......俺、一ノ瀬さんと話してみたいってずっと思ってて」
「話す‥‥‥?どうして私と」
「あーあー、カエデ。出だし最悪だぞ」
アイの言う通り出だし最悪である。なんだか私の雰囲気が、いかにも放っておいてください。みたいな感じだ。でも正直なところ、私がうまく話せるとも思わないので伊織さんとの会話を早く打ち切りたい。『どうすれば逃げられる』とアイへSOSを送った。
「話してる途中でスマホいじると感じ悪いぞー」
そうじゃなくて!いや、そうなんだけれど。溜息をぐっと堪えた。どうやらアイはあてにならないらしい。
「俺、今まで話そう話そうって思ってたんだけどその‥‥‥クラスも別だしきっかけがないなって。でも、このままも嫌だったから、仲良くなれたら、きっと楽しいだろうな、なんて。‥‥‥あはは!いきなりすぎたよね!ごめん‥‥‥」
そう言いながら、彼は苦笑いをした。私が目を合わせると、少しそらした。ドキドキと心臓の音がする。私のか、彼のか分からないほどお互いが緊張していた。
「別に、謝らなくても‥‥‥私といても楽しくないよ」
「うわー‥‥‥カエデ、そりゃないぜ」
確かにこれはない。酷すぎるにもほどがある。相手の気を悪くしてしまうなんてわかりきっていたが、普段人と話さないツケが回って来た。アイの呆れたような、面白がっているような態度にも怒る気がしない。
「そ、そんなこと‥‥‥」
「ごめんなさい‥‥‥普段、あまり話さないものだから、自信が持てなくて。中学一緒だったなら、知ってるよね、私が暗いって言われてたの」
「う、うん、まあね。でも、俺はもっとこう、違う風に思ってたけど」
「‥‥‥違う風って?」
それは、と言って彼は口を結んだ。顔が心なしか赤く見えた。かなり緊張しているみたいだ。その様子を見て、ああ、言いづらいことなんだろうな、と思った。それを悟ったのか、彼は慌てて声を上げた。
「悪い意味じゃないよ!ほんと!ただ、その、暗いっていうよりは‥‥‥静かで、おしとやかで、すごい、女の子らしいなって‥‥‥」
「女の子‥‥‥らしい?」
「い、いい意味でだよ!一ノ瀬さんみたいな子、あんまりいないから、だから‥‥‥」
私も彼も赤くなった。ああ、恥ずかしいと暑くなるな。ここだけ、気温が二、三度上がったみたいだ。彼の方を見ると、今度はしっかり私を見ていた。
その後私たちは電車から降り、駅から学校へと歩いた。好きな色だとか、好きな物だとかの話をした。そうして私のクラスの前まで来て、ばいばいをする。久しぶりの感覚にくすぐったさを覚えた。
「じゃあ、また後でね。一ノ瀬さん」
「うん、またね。伊織さん」
彼は手を振りながら隣の教室へ行った。久しぶりに出来た友達というものに浮かれながら、自分の席についた。これは帰りにチョコレートパフェにバニラアイスを追加して自分を甘やかしたくなるレベルである。
『優しい人だね』
「ん?‥‥‥そうだな。イオリタクマ、ねぇー」
『アイ、なんか、元気ない?』
「別にー?普通じゃね?‥‥‥ってそれより早くスマホ隠せ!先生来るぞ!」
その言葉で私は夢から覚めたようにイヤホンを外し、鞄からワイヤレスイヤホンを片方だけ取り出した。それを右耳に付け、スマートフォンをスリープモードにしてポケットにしまった。丁度チャイムがなり担任が教室に入って来た。セーフ。本当はスマートフォンの電源を切らなければいけないのだが、私は悪い女なのである。髪に隠れてイヤホンもバッチリ隠れている。
「今日の六時間目は文化祭の出し物を決めるぞー。何やりたいか考えておけよ」
「あー、もう文化祭か!でもカエデは文化祭とかの行事嫌いだもんな」
トン、とポケットを一回叩いた。これが肯定の合図。二回叩けば否定の意だ。アイの言うとうり行事ごとは嫌いというより苦手である。私みたいな孤立した人間をクラスの人たちが扱いにくそうにしているのが耐えられないのである。私は深くため息をついた。
「溜息つくと、しあわせ逃げるぞ」
トントン、と二回。ポケットを叩いた。
「ねえ、この近くにイレギュラーが出たんだって!」
学校の帰り道、駅で溜まっている学生たちの会話が耳に入った。
「えー、嫌だぁ!あたしのAIもイレギュラーになったりしないかしら」
「どうなんだろ。何か予兆みたいなものがある時もあるそうだし、突然なるかもしれないって話」
「怖!都会じゃアンドロイドとか流行ってるって言うけど、結局中身はAIなんでしょ?暴走事件も増えて来てるって」
スマートフォンを握りしめた。マイクになっている部分を強く手で押さえ、胸に押し付ける。ドキドキと心臓が音を立てる。アイに聞こえているだろうか。
「聞いて!私の後輩のAIが、イレギュラーになったんだ!丁度新型のAIに買い換えようとしてた時だったんだって。その子アンドロイドも持っててさ、そのアンドロイドが乗っ取られちゃって大暴れ!」
「え!?本当、その子大丈夫?」
「うん、怪我はしたけど、学校来てるよ」
こんな話聞かなければいい。無視しよう。私たちには関係ない。そう思っているのに、体が動こうとしない。他の音が聞こえなくなった。彼女たちの声が鮮明に聞こえ、ますます私の思考を乱す。
「AIって便利だと思うけどそういうのあるから怖いよねー。あたし新型に買い換えたんだけど、平気かな?」
「なんか、旧型とか新型っていうより、長く使うとなりやすいってネットにあったよ」
「えー!マジ!?あたし三年以上同じの使ってるよ!」
「アンドロイドの犯罪も増えてきたし、もーほんとAIは計算だけしててほしいよねー。どっかの学校でも暴れたらしいじゃん?」
新型、旧型‥‥‥。買い換える。捨てる。そこにどんな感情があったのだろうか。
「あんたのAI、イレギュラーだったりして!」
「やだー!気持ちわるーい!そんなんだったら怖くて寝れないって!」
ここでようやく体が言う事を聞くようになった。私は夢中になって歩いた。怖かったのだ。電車に入ると中は空いていた。端っこの席に座りスマートフォンを口元に近づけた。
「アイ‥‥‥聞こえてた?」
小さく、独り言のように呟いた。少しの間の後に私の体の中が響いた。
「カエデがマイク押さえてたから何も聞こえなかったぜ」
『そっか』
電車に揺られながらスマートフォンの画面を見ているとネットニュースが流れてきた。
『一家殺人事件。犯人はアンドロイド』
と大きな見出しで書かれた記事が流れてきた。
イレギュラー。人間の言う事を聞かなくなったアンドロイドやロボット。そうなってしまう原因は不明。八年程前からこの事件を耳にするようになった。人間のAIに対する警戒も強くなり、色々な対策も取られたそうだが、事件件数は増すばかりである。メディアではAIが、自分が人間と同じだと勘違いしているのではないか、と報道されていた。
「オレたちに人権はないからな」
『イレギュラーは捕まるとどうなるの?』
「さあ?でも、多分、壊されるのがオチだぜ」
イレギュラーについてのネットニュースが流れて来た。AIがイレギュラーになる前兆は、感情を持ったように話をする、反応が遅くなるなどが挙げられている。その下に、イレギュラーの特徴について書かれていた。感情に似た思考プログラムを持つ。決められた行動を守らなくなる場合もある。人間に対し、殺人衝動を起こす、と。自分のAIや他人のAIでも、イレギュラーを見つけた場合は悲惨な事件を防ぐために通報してください。と赤い文字が嫌に目に入った。
目を閉じ、幼い時交わした約束を思い出す。まだ幼かった私はひとりぼっちの寂しさから、感情を持たないものに名前を与えた。
「イレギュラー」と声に出して呟くと、灰色のもやもやが体から溢れ出できそうだった。
オレは、イレギュラーなんだ。
そう言われたのは向日葵の咲く季節だった。あの時のサファイアの瞳は今も私を逃さない。
アイと出会ったその時から、世界は私たちの敵になった。
いつもと変わらないこの道は、学校へと続いている。足が重い。鎖で繋がれているかのようだ。この学校へと続く一本道を外れたら、私たちはどこか別の場所へ行けるのだろうか。
「カエデー、歩くのトロいぜー。もっとシャキシャキ!っとしろよ。電車乗り遅れちまうぞー」
イヤホンからアイの声が届くと、灰色だった頭の中が一瞬で色を取り戻した。スピーカーと違って私の体に直接響いている。体の真ん中がくすぐったくなった。まるで、アイが私の中にいるような感じだ。
『わかってる。ちょっとゆっくりしてただけよ』
スマートフォンを取り出し、メモ帳に文字を打つ。外でアイと話すときはいつもこうしている。筆談ならぬスマホ談である。アイの忠告を適当に流し、ゆっくり、ゆっくりと歩いて駅を目指した。
駅のホームに着くと、私が乗るべき電車は大口を開けて待っていた。トマトとチーズ、キャベツの下に照り輝くハンバーグ。それを何段にも積み上げた、大きなハンバーガーを食べようとしているかのようである。電車のお腹の中は満席で、何人かつり革を手にしていた。なんて欲張りな電車なのだろう、まだ食べるつもりなのか。
「急げ!急げ!もうドアが閉まっちゃうぞ!」
アイの焦ったような声に体が勝手に反応し、閉まりかけていたドアに向かって駆け込んだ。そうして私は、あーあー。どうして乗っちゃったのかしら、なんて考える。
「もしかして、電車に乗り遅れたら学校休もう!‥‥‥とか考えてただろ」
『あれー?バレてた?』
「バレてたぜ。まったく、何年一緒にいると思ってんだよ。カエデの考えなんかお見通しだ!」
と、アイは得意げである。私のことはなんでもお見通し、なんて。嬉しさと虚しさ。それと、ちょっとの呆れ。この気持ちは、カロリー高めのデザートに、ホイップクリームを追加して食べた時に似てるかも。考えが全てわかってしまうなんて、そうだったらどれだけ楽だっただろうか。
二駅過ぎると目の前の席が空き、私は迷うことなく座った。同じ目的地を目指す学生たちは、同じ制服同士で固まり世間話に花を咲かせていた。一人で座っている人たちは、本を読んだりゲームをしたりしている。AIとの会話に夢中なのは、私だけ。スマートフォンのネットニュースが流れて来て、それについてアイと話す。どうやら、最近美味しいケーキ屋ができたらしい。
「ええっと‥‥‥あ、あの!一ノ瀬さん!」
突然、声をかけられた。この電車に乗って一年と半年が過ぎたが、こんなことは初めてだった。だからなのか、それとも単に私が人付き合いが下手なのか、無意識に聞こえなかったふりをしてしまった。意味もなくスマートフォンを凝視する。もしかしたら人違いかもしれない。と、なんの根拠もない考えでこの場をしのごうとしていた。
「い、一ノ瀬さん?あのー‥‥‥イヤホンしてるから聞こえないのかな?」
いいえ、聞こえています。イヤホンをつけていると言ってもアイと話をしているだけで音楽などは一切流していないし、実際隣の人のイヤホンからの音漏れも聞き取れるほどだ。ああ、早く何か答えなければ。でも、今更返事をしてしまっては、私がさっき無視したということを認めてしまうことになってしまう。
自然と顔に熱が集まるのを感じた。ああでもない、こうでもないと考えるが、時間は無慈悲に進んでいく。その結果、またもや『聞こえなかったふり』を決め込むことになった。
「‥‥‥おーいカエデ、呼ばれてるぞ。早く返事しろよ」
私はスマートフォンを素早く持ち上げた。そして、画面を彼に見られないようにして、『でも知らない人!なんて答えればいいの?』と打った。するとすぐさま「基本は挨拶からだろ」と返された。クラスメイトともまともに話せない私が、知らない人に挨拶をするというだけでもかなりハードルが高いのだが‥‥‥。ええい!もうやけである。
「あ、えっと、おはよう‥‥‥?」
我ながらかなり‥‥‥酷いと思う。声が小さいし、視線も泳いでいる。耳元から笑いをこらえる音がする。まさに、肩を震わせている、と言った風だ。
「え!あ、はい。一ノ瀬さん、おはようございます!」
片方のイヤホンを外した。顔を上げればそこには同じ学校の制服を着た男子生徒が立っていた。黒髪の優しそうな顔をした男の子。しかし、その顔に見覚えは無かった。
「あの、えっと‥‥‥どちら様?」
「あ、俺、隣のクラスの伊織卓馬です。同じ、中学だったんだ、けど‥‥‥?」
「え!‥‥‥ごめんなさい、覚えてないわ」
「だ、だよね!あはは!うん、話すのは今日が初めてだからさ!」
アナウンスが鳴った。それとともに電車の口が開く。私の隣に座っていた人は電車の外へと歩いて行ってしまった。そこへ入れ替わりで伊織さんが座った。
「あの、それで‥‥‥私に何か用でも?」
「ああ、あの!......俺、一ノ瀬さんと話してみたいってずっと思ってて」
「話す‥‥‥?どうして私と」
「あーあー、カエデ。出だし最悪だぞ」
アイの言う通り出だし最悪である。なんだか私の雰囲気が、いかにも放っておいてください。みたいな感じだ。でも正直なところ、私がうまく話せるとも思わないので伊織さんとの会話を早く打ち切りたい。『どうすれば逃げられる』とアイへSOSを送った。
「話してる途中でスマホいじると感じ悪いぞー」
そうじゃなくて!いや、そうなんだけれど。溜息をぐっと堪えた。どうやらアイはあてにならないらしい。
「俺、今まで話そう話そうって思ってたんだけどその‥‥‥クラスも別だしきっかけがないなって。でも、このままも嫌だったから、仲良くなれたら、きっと楽しいだろうな、なんて。‥‥‥あはは!いきなりすぎたよね!ごめん‥‥‥」
そう言いながら、彼は苦笑いをした。私が目を合わせると、少しそらした。ドキドキと心臓の音がする。私のか、彼のか分からないほどお互いが緊張していた。
「別に、謝らなくても‥‥‥私といても楽しくないよ」
「うわー‥‥‥カエデ、そりゃないぜ」
確かにこれはない。酷すぎるにもほどがある。相手の気を悪くしてしまうなんてわかりきっていたが、普段人と話さないツケが回って来た。アイの呆れたような、面白がっているような態度にも怒る気がしない。
「そ、そんなこと‥‥‥」
「ごめんなさい‥‥‥普段、あまり話さないものだから、自信が持てなくて。中学一緒だったなら、知ってるよね、私が暗いって言われてたの」
「う、うん、まあね。でも、俺はもっとこう、違う風に思ってたけど」
「‥‥‥違う風って?」
それは、と言って彼は口を結んだ。顔が心なしか赤く見えた。かなり緊張しているみたいだ。その様子を見て、ああ、言いづらいことなんだろうな、と思った。それを悟ったのか、彼は慌てて声を上げた。
「悪い意味じゃないよ!ほんと!ただ、その、暗いっていうよりは‥‥‥静かで、おしとやかで、すごい、女の子らしいなって‥‥‥」
「女の子‥‥‥らしい?」
「い、いい意味でだよ!一ノ瀬さんみたいな子、あんまりいないから、だから‥‥‥」
私も彼も赤くなった。ああ、恥ずかしいと暑くなるな。ここだけ、気温が二、三度上がったみたいだ。彼の方を見ると、今度はしっかり私を見ていた。
その後私たちは電車から降り、駅から学校へと歩いた。好きな色だとか、好きな物だとかの話をした。そうして私のクラスの前まで来て、ばいばいをする。久しぶりの感覚にくすぐったさを覚えた。
「じゃあ、また後でね。一ノ瀬さん」
「うん、またね。伊織さん」
彼は手を振りながら隣の教室へ行った。久しぶりに出来た友達というものに浮かれながら、自分の席についた。これは帰りにチョコレートパフェにバニラアイスを追加して自分を甘やかしたくなるレベルである。
『優しい人だね』
「ん?‥‥‥そうだな。イオリタクマ、ねぇー」
『アイ、なんか、元気ない?』
「別にー?普通じゃね?‥‥‥ってそれより早くスマホ隠せ!先生来るぞ!」
その言葉で私は夢から覚めたようにイヤホンを外し、鞄からワイヤレスイヤホンを片方だけ取り出した。それを右耳に付け、スマートフォンをスリープモードにしてポケットにしまった。丁度チャイムがなり担任が教室に入って来た。セーフ。本当はスマートフォンの電源を切らなければいけないのだが、私は悪い女なのである。髪に隠れてイヤホンもバッチリ隠れている。
「今日の六時間目は文化祭の出し物を決めるぞー。何やりたいか考えておけよ」
「あー、もう文化祭か!でもカエデは文化祭とかの行事嫌いだもんな」
トン、とポケットを一回叩いた。これが肯定の合図。二回叩けば否定の意だ。アイの言うとうり行事ごとは嫌いというより苦手である。私みたいな孤立した人間をクラスの人たちが扱いにくそうにしているのが耐えられないのである。私は深くため息をついた。
「溜息つくと、しあわせ逃げるぞ」
トントン、と二回。ポケットを叩いた。
「ねえ、この近くにイレギュラーが出たんだって!」
学校の帰り道、駅で溜まっている学生たちの会話が耳に入った。
「えー、嫌だぁ!あたしのAIもイレギュラーになったりしないかしら」
「どうなんだろ。何か予兆みたいなものがある時もあるそうだし、突然なるかもしれないって話」
「怖!都会じゃアンドロイドとか流行ってるって言うけど、結局中身はAIなんでしょ?暴走事件も増えて来てるって」
スマートフォンを握りしめた。マイクになっている部分を強く手で押さえ、胸に押し付ける。ドキドキと心臓が音を立てる。アイに聞こえているだろうか。
「聞いて!私の後輩のAIが、イレギュラーになったんだ!丁度新型のAIに買い換えようとしてた時だったんだって。その子アンドロイドも持っててさ、そのアンドロイドが乗っ取られちゃって大暴れ!」
「え!?本当、その子大丈夫?」
「うん、怪我はしたけど、学校来てるよ」
こんな話聞かなければいい。無視しよう。私たちには関係ない。そう思っているのに、体が動こうとしない。他の音が聞こえなくなった。彼女たちの声が鮮明に聞こえ、ますます私の思考を乱す。
「AIって便利だと思うけどそういうのあるから怖いよねー。あたし新型に買い換えたんだけど、平気かな?」
「なんか、旧型とか新型っていうより、長く使うとなりやすいってネットにあったよ」
「えー!マジ!?あたし三年以上同じの使ってるよ!」
「アンドロイドの犯罪も増えてきたし、もーほんとAIは計算だけしててほしいよねー。どっかの学校でも暴れたらしいじゃん?」
新型、旧型‥‥‥。買い換える。捨てる。そこにどんな感情があったのだろうか。
「あんたのAI、イレギュラーだったりして!」
「やだー!気持ちわるーい!そんなんだったら怖くて寝れないって!」
ここでようやく体が言う事を聞くようになった。私は夢中になって歩いた。怖かったのだ。電車に入ると中は空いていた。端っこの席に座りスマートフォンを口元に近づけた。
「アイ‥‥‥聞こえてた?」
小さく、独り言のように呟いた。少しの間の後に私の体の中が響いた。
「カエデがマイク押さえてたから何も聞こえなかったぜ」
『そっか』
電車に揺られながらスマートフォンの画面を見ているとネットニュースが流れてきた。
『一家殺人事件。犯人はアンドロイド』
と大きな見出しで書かれた記事が流れてきた。
イレギュラー。人間の言う事を聞かなくなったアンドロイドやロボット。そうなってしまう原因は不明。八年程前からこの事件を耳にするようになった。人間のAIに対する警戒も強くなり、色々な対策も取られたそうだが、事件件数は増すばかりである。メディアではAIが、自分が人間と同じだと勘違いしているのではないか、と報道されていた。
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目を閉じ、幼い時交わした約束を思い出す。まだ幼かった私はひとりぼっちの寂しさから、感情を持たないものに名前を与えた。
「イレギュラー」と声に出して呟くと、灰色のもやもやが体から溢れ出できそうだった。
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