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第1章 策士、俺 (1543年 4月〜)
第一話 転生先、醜男(第1章)
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目前に広がる世界が、全て夢だとしたら。
この幻想はどれほど淡く深く、儚いものか。
「また、呆けておられるのですか」
背中から聞こえる女性の声。
縁側に座る俺は振り向きもせず、返答らしからぬ返答をする。
「何も為さず、平凡に死に逝く。其方はそれを滑稽だと思うか?」
「晴幸殿は、まだ何も為してはおらぬと申すのですか?」
晴幸。俺の名を呼ぶ女性に、俺は微笑みかけた。
女性は俺の横に座り、覗き込むような姿勢を見せている。問いに問いを重ねる彼女に、俺は応じせざるを得なかった。
「夢を見た。どうにも可笑しな夢だ」
「夢……」
俺は女性から目を逸らし、天を見る。遠き憂き目で視ていたのは、忘れることのできない《未来》の記憶。
「其方に一つ、訊いても良いか?」
「ええ、なんでしょう」
「もし、後世に語り継がれるような|大戦(おおいくさ)の中で、指揮を執る男がいたとする。味方の軍勢は敵に追い詰められ、戦況は明らかに不利。
その時、男は如何様な顔をしていたと思う?」
「さあ……」
余りの即答さに、真面に考える気が無いことを悟った俺は、溜め息交じりにこう説いた。
「その者は大声で、高らかに笑っていたのだ」
「笑う......何故にございますか?」
「儂にも解せぬ」
俺は女性を横目に、うんと背伸びをして立ち上がる。
この時代に来て十一年が過ぎた。
今だから分かる。転生を果たした俺に与えられた〈術〉が、今になって再び発動したのだと。
何年後、何十年後になるかはわからない。しかし俺が何もしない限り、俺が視た出来事は現実になる。
きっと俺はあの地で、死ぬ運命なのだ。
「儂は未だ、夢を見ておるのやもしれぬわ」
俺は歴史が嫌いだ。過去の出来事を知ったところで何になるというのか。
しばしばそのように思っていたものだが、今となっては内心、少し後悔している。
「若殿。明日、儂と共に市に行かぬか。
其方に櫛を買うてやりたいのだ」
駿河の国で過ごす九年間は、思うよりも短いものだった。
庵原忠胤殿の屋敷に匿われ、重鎮を通じて今川義元に仕官を申し込むも、あえなく却下。
その理由は様々。俺(晴幸)はこれまで小者一人も連れたことのない程の貧しい牢人で、城を持ったことは勿論のこと、兵を率いたこともない。
それに加え、色黒で隻眼、身体に無数の傷があるという容姿にも原因があった。そんな俺の姿を、今川家は気味悪がったのだ。
勿論こんな容姿を望んだ訳でもなく、他人を容姿で判断するのは如何なものだろうかとも思ったが、こればかりは仕方がない。
今の俺は牢人という半端な存在だが、術で視る限り、俺の転生した山本晴幸という男は、思っていたよりも凄い奴らしい。
兵法に長け、乱世を見る目を持つ。
俺に、この男が務まっているだろうか。
若殿は俺の誘いに笑みを浮かべ、「ええ」と頷く。
彼女の様子に、俺は思わず頬を緩ませる。
やはり今は、考えたくなかった。
「参謀を雇う」
突然発せられた青年の声に、郎党達は騒つく。
その中で板垣信方は唯一、笑みを浮かべていた。
「駿河国に、城取りに通じた浪人がいるとの噂を聞きつけました。山本晴幸、その者の名にございます」
「駿河......今川領にいるのか」
「は。ただ容姿醜く、過去に城を有した事が無いとのこと。故に今川家への士官は未だ叶わず、浪人として駿河国に残っておる様にございます」
「ふん、容姿と功績で人を見ようなど、所詮は能無しのする事」
その言葉に板垣は反応する。青年は考える|暇(いとま)を見せる事無く、立ち上がった。
「良いだろう。その男、此処に連れて参れ」
「は!」
その青年、名は武田晴信。
彼は後に、《武田信玄》という名で世に語り継がれることになる男である。
その日の夜、俺は居間の障子を開ける。
今夜は、満月だっだな。
これから起こることを、察する筈も無かった。
ただ俺はしきりに、彼女には何色の櫛が似合うのだろうかと、考えていたものだった。
この幻想はどれほど淡く深く、儚いものか。
「また、呆けておられるのですか」
背中から聞こえる女性の声。
縁側に座る俺は振り向きもせず、返答らしからぬ返答をする。
「何も為さず、平凡に死に逝く。其方はそれを滑稽だと思うか?」
「晴幸殿は、まだ何も為してはおらぬと申すのですか?」
晴幸。俺の名を呼ぶ女性に、俺は微笑みかけた。
女性は俺の横に座り、覗き込むような姿勢を見せている。問いに問いを重ねる彼女に、俺は応じせざるを得なかった。
「夢を見た。どうにも可笑しな夢だ」
「夢……」
俺は女性から目を逸らし、天を見る。遠き憂き目で視ていたのは、忘れることのできない《未来》の記憶。
「其方に一つ、訊いても良いか?」
「ええ、なんでしょう」
「もし、後世に語り継がれるような|大戦(おおいくさ)の中で、指揮を執る男がいたとする。味方の軍勢は敵に追い詰められ、戦況は明らかに不利。
その時、男は如何様な顔をしていたと思う?」
「さあ……」
余りの即答さに、真面に考える気が無いことを悟った俺は、溜め息交じりにこう説いた。
「その者は大声で、高らかに笑っていたのだ」
「笑う......何故にございますか?」
「儂にも解せぬ」
俺は女性を横目に、うんと背伸びをして立ち上がる。
この時代に来て十一年が過ぎた。
今だから分かる。転生を果たした俺に与えられた〈術〉が、今になって再び発動したのだと。
何年後、何十年後になるかはわからない。しかし俺が何もしない限り、俺が視た出来事は現実になる。
きっと俺はあの地で、死ぬ運命なのだ。
「儂は未だ、夢を見ておるのやもしれぬわ」
俺は歴史が嫌いだ。過去の出来事を知ったところで何になるというのか。
しばしばそのように思っていたものだが、今となっては内心、少し後悔している。
「若殿。明日、儂と共に市に行かぬか。
其方に櫛を買うてやりたいのだ」
駿河の国で過ごす九年間は、思うよりも短いものだった。
庵原忠胤殿の屋敷に匿われ、重鎮を通じて今川義元に仕官を申し込むも、あえなく却下。
その理由は様々。俺(晴幸)はこれまで小者一人も連れたことのない程の貧しい牢人で、城を持ったことは勿論のこと、兵を率いたこともない。
それに加え、色黒で隻眼、身体に無数の傷があるという容姿にも原因があった。そんな俺の姿を、今川家は気味悪がったのだ。
勿論こんな容姿を望んだ訳でもなく、他人を容姿で判断するのは如何なものだろうかとも思ったが、こればかりは仕方がない。
今の俺は牢人という半端な存在だが、術で視る限り、俺の転生した山本晴幸という男は、思っていたよりも凄い奴らしい。
兵法に長け、乱世を見る目を持つ。
俺に、この男が務まっているだろうか。
若殿は俺の誘いに笑みを浮かべ、「ええ」と頷く。
彼女の様子に、俺は思わず頬を緩ませる。
やはり今は、考えたくなかった。
「参謀を雇う」
突然発せられた青年の声に、郎党達は騒つく。
その中で板垣信方は唯一、笑みを浮かべていた。
「駿河国に、城取りに通じた浪人がいるとの噂を聞きつけました。山本晴幸、その者の名にございます」
「駿河......今川領にいるのか」
「は。ただ容姿醜く、過去に城を有した事が無いとのこと。故に今川家への士官は未だ叶わず、浪人として駿河国に残っておる様にございます」
「ふん、容姿と功績で人を見ようなど、所詮は能無しのする事」
その言葉に板垣は反応する。青年は考える|暇(いとま)を見せる事無く、立ち上がった。
「良いだろう。その男、此処に連れて参れ」
「は!」
その青年、名は武田晴信。
彼は後に、《武田信玄》という名で世に語り継がれることになる男である。
その日の夜、俺は居間の障子を開ける。
今夜は、満月だっだな。
これから起こることを、察する筈も無かった。
ただ俺はしきりに、彼女には何色の櫛が似合うのだろうかと、考えていたものだった。
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