武田の鬼に転生した歴史嫌いの俺は、スキルを駆使し天下を見る

こまめ

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第1章 策士、俺 (1543年 4月〜)

第五話 いざ、行かん

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 「若、殿?」

 普段と様子が違う。
 彼女の口から発された突然の言葉に、戸惑ってしまう。


 「……もう良いです」
 吐き捨てる様な口調と共に、若殿は早足で部屋を飛び出す。
 俺と板垣は顔を見合わせ、立ち上がった。



 「おい、何処に行った」
 俺は下駄を履き、駆け出す。
 恐らく、そう遠くへは行っていない。
 「晴幸殿、私も御捜し致そう」
 後に付いて来る板垣に、俺は首を振る。

 「否、此れは儂と若殿の問題じゃ。
  易々と首を突っ込むでない」

 必死だった。先の若殿の姿に、何処か《底知れぬ不安》を感じ取ってしまったが故に。

 俺は直ぐに、強く言い過ぎてしまったと己を悔やむ。
 しかし板垣は構わず笑みを浮かべ、屋敷へと引き返すのだった。



 俺は走り始めた。
 人込みを掻き分け、猶走った。
 市を越え、辿り着いたのは奉行所に続く橋の前。
 橋の中央に在るのは、女性の後姿。
 見覚えのある姿を目掛け、走る。



 「若殿!」
 俺は不意に、彼女の手を握った。



 胸が痛い。身体が熱い。額の汗が頬を垂れる。
 鼓動を打つ音を、久方振りに聞いた気がする。
 知らぬ間に、すっかり落魄れてしまったものだ。


 「如何いかがした、何か気に障ったのか?」
 立ち止まった若殿は、振り返ることなく語り始める。

 「貴方様は、私と初めて会った頃の事を、覚えていますか?」
 「何を言う、当たり前ではないか」
 俺は息を切らしながら答える。
 それでも、若殿は振り返ることは無い。
 
 「あの日、私は名も知らぬお侍さんに名を聞かれ、
 其の名を誉めて下さいました。
  其の方は、まるで童の様な、輝くような目をしておられました」
 「あぁ、其の様な事もあったな」


 「しかし、いつしかあの方は、変わってしまった」
 その言葉と同時に、俺は気付く。
 握っていた若殿の手が、微かに震えていた。


  〈同じ時を過ごしている内に
  いつしかあの方の心は、何処か浮ついて
  此処では無い何処かへ、思いを馳せているようで
  私には、とても怖かった
 
  あの方はいつか、私の前から消えてしまう
  そう思うだけで夜も眠れず
  毎夜、この日々がずっと続けばと
  そう願っておりました。
  しかし、それではあの方は幸せになれない

  故に、私は決意しました
  もし、《其の時》が来たら
  私は笑顔で、あの方を送り出そうと。
  たから、それまでは
  この日々を、大切にして行こうと。〉
 

 
 「この日が来ることを、嫌という程恐れていた筈なのに、いざ来てみれば、ほっとしております」
 「若殿……」
 「晴幸様、最後にこれだけ、伝えさせて下さりませ」

 彼女がそう言った瞬間
 突然の風が、彼女の長い髪をかき上げた。





 「私は、貴方のことを好いておりました。
  あの頃の、童の様な、まるで輝く目をしていた晴幸様も、
  遠き地に思いを馳せる晴幸様も、
  共に悩み、共に悲しみ、共に喜び合う日々も、
  何もかも全てが、大好きにござりました」






 彼女は目に大粒の涙を浮かばせる。
 そして俺に抱き着き、大きな声で泣き始めた。


 少しずつ、袖が濡れてゆく。
 俺は、袖に顔を埋める若殿の頭を優しく撫でる。


 「……あぁ、左様だ。儂もずっと其方を、好いておった。
  初めて会うたあの日から、其方を好いておった」

 俺は、何も気づけていなかった。
 あぁ、そうか。
 俺はずっと、我慢させてしまっていたんだな。



 時々自分が何処に向かっているのか、分からなくなる時がある。
 其れはきっと、俺が何も知らず、何も問おうとしなかったから。
 なら、今がまさに其の時なのかもしれない。
 俺が俺に問い掛ける為の布石が今、此処に置かれたのだ。



 「若殿、儂は決めた。甲斐に行く。
  其方の言う通りだ。
  儂の生きるべき場所は、駿河の様な狭き場所ではない、
  きっと儂は、此処では無い何処かで
  広大な世を、天下を、この日本ひのもとを見ていたかったのだ」

 俺は笑顔を浮かべる。
 其方に、涙は似合わない。
  

 「其方は、気づかせてくれた。
  儂は、誠の幸せ者だ。
  有難う、若殿。
  此れまで、誠に世話になった。
  達者でな。」


 若殿は埋めていた顔を上げ、涙を拭う。
 そして、赤く染め上げた頰で優しい笑顔を浮かべた。

 「はい」 




 俺は思う。これで良かったのだと。
 この日の若殿の顔を、俺はきっと忘れることは無い。




 夕陽が、抱きしめ合う二人を照らす。
 その中で、俺は悟る。

 駿河での九年間。
 空白だった九年間の終わりに、
 やっと、答えを見つけた気がした。





 この日々は、決して無駄ではなかった。
 俺の中にある《たった一つの答え》を、見つけられたのだから。
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