妖しきよろずや奇譚帖 ~我ら妖萬屋なり~

こまめ

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第1章 我ら、妖萬屋なり。

第四話 山路、この世ならざる者に出会う事 四

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 その男は床に胡座あぐらをかく。俺から見た男の風貌は汚く、みすぼらしい。

 「お前は……この世ならざる者……なんだよな?」
 「ええ、まさしくその通り。」

 俺にはその男が、まるで普通の人間と勘違いしてしまう程、はっきりと見えてしまっている。俺は溜め息をつき、必死に目をこする。しかし、どうしたって見えるし、声もはっきり聞こえる。俺は諦めたように男に訊ねる。
 「……で、何の用だ。」
 すると、その男は俺の目を見てこう言ったのだ。
 「君は知っているか?近日この辺りで、自殺者が増えている事件を……」
 「あぁ知っているが、それがどうした。」


 「お願いだ、私の友人を助けてほしい!」


 その男は突然、俺に詰め寄った。俺は突然のことに驚き、椅子ごとひっくり返ってしまう。
 「す、すまない……脅かすつもりはなかった。」
 (うそつくな……)そう思いながらも、それは心の中だけに留めておくことにした。

 「それで……おまえの友人?と、その事件に何の関係がある?」
 男は再び座り直し、目を細める。
 


 「あれは、自殺なんかじゃない。」


 
 俺は固まる。男が放った言葉の意味が分からず、つい聞き返してしまった。
 「自殺じゃなかったら何だっていうんだ……」

 そして俺は気づく。男は俺の様子を見て、こくりと頷いた。

 「普通の者には自殺に見えるだろうな。しかし、実は居るのだ、この事件の主犯格が。それこそが、私の友人なのだ。」


 あの時感じた違和感。それは、新聞に載っていた自殺者達の写真を見た時に起こった。

 全員の顔写真の後ろ側に、黒い影が見えたのだ。

 俺は単なる刷りミスだと思っていたが、もしかすると、それが主犯格の正体なのかもしれない。俺は再びその新聞を確認してみた。


 「これか?」俺は男にその新聞の記事を見せる。すると男は目を丸くして頷いた。
 「そう!そうだ!これだよ!こいつが俺の友人だ!」
 まさか、相次ぐ集団自殺は全て、その友人くんの仕業だとでもいうのだろうか?
 考える素振りを見せる俺を見て、男は静かに語りかける。

 

 「君は、妖萬屋なのか?」



 俺は驚く。どうして知っているのかを訊ねようとしたが、天神様に言われた《妖萬屋についての他言厳禁》という口約束がふいに頭に浮かび、口を開かなかった。(いや、今思えば霊相手に言っても問題なかったのだろうが......)
 
 「今朝、友人のことについて相談をしようと天神様の元へ向かったのだが、その際に君のことを教えてもらってな、此処に来たという訳だ。あの方は君のことをプロフェッショナルやらなんやらと言っていたぞ。」
 「なぁっ!?あのひとぉ……勝手なことを……」

 俺は頭を抱えた。

 「どうだ、友人を助けてはくれないか?」
 俺は男の言葉を遮るように口を開いた。



 「すまないが俺には無理だ。第一俺は妖萬屋ではないし、まして今までこの世ならざる者と接触なんてしたことが無いんだ。助けたい気持ちは山々なのだが……済まないな……」


 男はその言葉を聞くや否や、頬を緩めて立ち上がった。
  
 「……そうか。ならば仕方がない。勝手に上がって済まなかったな。」

 男は薄ら笑みを浮かべ、背を向ける。その様を見た俺は思わず、男を引き止めた。

 「やっぱ......考えさせてくれ......」



 あんな顔をされてしまったら、きっぱりと断ることなんてできないじゃないか。






   その夜のこと。
 天神様は竹のほうきで境内を掃除する。
   すると鳥居の方から何者かの気配を感じ、振り返った。

 「やぁ。山路殿。」   
 天神様は笑みを浮かべながら言う。
   俺は黙ったまま、鳥居の下で立ちすくんでいた。
   

   「儂に答えを、伝えに来たのか?」
   俺は俯き、拳をぎゅっと握った。

   「なんで勝手に俺の事、教えたんですか。」
 「……あぁ、あの者か。もしかして怒ってるのかい?」
 「俺が、困ってる人を助けたくなる性格なの、知ってるんですよね。」
 俺の言葉を聞いた天神様は、にやりと笑う。

 「君は我らにとって必要な存在だからな、事前に霊にも伝えておこうと思ってのぉ。それに、君のことは色々と調べさせてもらったしな。」
 「何勝手に人のこと探ってんですか!やめてもらえますかね!」
 「毎晩、来客対策に隠しているいやらしい本を読んでいる事とかな。」
 「言うなぁぁぁぁ!!!!」

 俺は頭を抱える。違う、言いたいのはそういうことではないのだ。

 「......どうして俺に頼ませたんですか、貴方がやれば良いことでしょ。」
 「確かにな。しかしそういう訳にもいかぬのだ。これを見よ。」
 そう言って差し出したのは男の写真。


 「この男は以前うちに来てな、最近身の回りで不可思議なことが起こると言っていたんだが、彼には強力な霊が取り憑いていてな、恐らくそれが依頼主の言う霊のことだろう。儂ならば簡単に引き剥がすことは出来るが、そうしてしまえば彼の身体ごと持って行かれるかもしれん。恐らく彼の身が持たん。そこで青年、君が説得をするのだ。悪霊は必ず何か邪念を抱えている。それを解決すれば引き剥がせる筈だ。」
 「説得って、それこそ貴方がすれば......」
 「じじいの言うことを聞くと思うか?」
 支離滅裂な発言だ。俺は呆れる様に頭を掻く。

 「君は、助けたくはないのか?」
 まるで、追い詰められているようだ。
 俺は小さな声で答える。

 「……正直なところ、助けたいです。でもそのためには、俺は友人、いや、霊に接触しなければならない......そういうことですよね。」
 「その通りだ。君が霊に接触し、天に還させる。その為に必要なものが、あの箱に入っているのだ。」
 「俺、怖いんです。」
 俺の言葉に、天神様は固まる。



 「助けたいのは山々なんです。でも、得体の知れないものを相手にするなんて、俺には怖い。」


 天神様は俺の目の前まで歩み寄り、微笑んだ。
 「誰だって最初は怖いさ。だが、いざやってみると案外いけるものだぞ。実を言うとな、世の中はそういうもので溢れているのだ。この儂が言うのだから間違いない。お前さんがどうしたいか、それが重要なんじゃ。」
 山路は天神様の目を見る。
 (自称)神様相手に世の中を説かれた俺が可笑しくなり、薄ら笑みを浮かべた。

 「朝まで……朝まで待ってください。必ず、答を出します。」
 その言葉を聞き、天神様は頷く。

 「承知した。待っておるぞ。山路殿。」



 階段を降りた俺は、立ち止まる。

 友人くんを助けるべきだということは、俺にも分かっている。
 でも、知り合いでも何でもない、関係のない俺の言うことを聞いてくれるのだろうか。
 しかし助けなければ、きっとまた死人が出てしまう。

 どうすればいい
 どうしたらいい


 《お前さんがどうしたいか、それが重要なんじゃ。》

 脳裏に焼き付いた、天神様おとこの言葉。
 俺は、どうしたい?
 俺は




 俺はくっと前を向く。
 まるで決意したかの様な面持ちで、一歩、踏み出したのだった。
 
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みんなの感想(1件)

ミドリ
2021.02.02 ミドリ


あやかし』で、検索して読みました。
妖潘屋、面白そうですね。
一歩踏み出した山路さんが、狼に助けられながら頑張る続きが読みたかったです。
不思議なお話しをありがとうございました。

解除

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