旅路の果てに

街名嘉倭国

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第1話 始り

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 この世界に勢いよく産声を上げたのは良かった……けれども、小さな手足しか持たない赤子の僕には泣くことしかできなかった。ただ起きてはご飯が欲しくて泣いて、排泄をしては臭いが不快で泣いて、一人が寂しくなれば泣いた。その度に女性が駆けつけてくれた。たまに傍に寄ってくる小さな人はじっと僕をのぞき込んでなんだか不気味でそれなりに不快だった。そんな生活をしているとご飯が母乳から固形食へと変わっていった。それからは「新しい」が連続だった。野菜や麦をすりつぶした粥だったけど熱くて、しょっぱくて美味しかったし、色んな初めての味覚は楽しかった。
 そうして新しいを味わっているうちに時は流れて少し歩けるようになった。身動きができないほどに体を固めていた布から解放されてやっと食事と移動を手に入れて家を隅から隅まで散策した。夢中で歩き回る内にまた時は流れていった。そして寒くて世界が白に覆われる季節を2回過ぎた頃、拙いながらもようやく言葉を単語で話せるようになった。言葉を話せるようになってからは色んなモノを指さしてはここ最近の決まり文句を言い放った。

「あぁあ。あぁあ。おれなぁに?」

 舌足らずの言葉でも母様は優しくて言葉を拾い上げて質問に答えてくれる。その日も何回目になるか分からないけど、同じことを言っては色んなことを聞き回っていたが、あるとき、何かが足下を横切った。それが机のほうに素早く向かっていく、それが気になって自分の背丈よりも大きな机を見上げると裏側に何か黒いもの張り付いていた。それを指差してやはりあの台詞で聞いた。

「あぁあ。あぁあ。おれなぁに?」 
「うんー……なにが?…………危ないッ‼‼‼‼」

 母様が応えようとこちらに顔を向けたときしたとき、大声で叫んだ。あまりの大声にびっくりして一瞬、体が硬直した。けれども既に動き始めていた体の勢いは止められずに勢いよく机の足の角に頭をぶつけた。

「大丈夫!!!!????」
 
 母様は駆け寄って来て、執拗に頭を撫でてくれた。けれど、ぶつけた頭は外と中側も熱くて痛くて耐えられずに涙が溢れてた。

「いだああああああいいいいいよおおおおおおおおおお」
「そうだよね。ちょっと待っててね。」

 母様は両手を頭まで持ってくると手の甲で目を隠しながら何かに祈るように呪文のような文言を唱えた。
 
「天地を統べる人界の守護神よ、今日われらに与え給うた火縄を尊ぶわれらの罪を赦し給え。」
 
 何かを呟き終わると母様の手の間から緑色の暖かい光が放たれた。母様は優しく頭に手を重ねて光を当てた。すると今まで頭の内部から響いていた鈍痛が引いていった。

「あぁあ。いあのなぁに?」
「今のはね……魔法っていうの……まぁピルトはもうちょっと大きくなったら一緒に学ぼっか。」
「なあああんんでええええなんでなんでなんで」

「あまり母様を困らせるなっ」

 そう何回も叫びながら母様を困らせていたとき、兄さんがやってきた。兄さんっていうのはカイルっていう名前の僕よりも二歳上の嫌な奴だ。兄さんは大声で駄々をこねる僕の頭を殴った。

「いーたぁああいー。いーたぁああいーよー。」
「かーさまーさっきのもっかいやってもっかい。もっかいやって」
「いい加減にしろっ」
「もーやめなさいカイル。あなたももう5歳になるんだから大人しくなさい。あと数年後には~」

 二度も殴られことで大泣きし始める僕、説教を不服そうな顔で聞く兄さん、その顔を見てさらに怒っている母様、毎日が忙しくて騒がしくて楽しい生活だ。そんな騒がしい毎日を父様は楽しそうに優しい顔で僕らのやり取りを見つめている。因みにあの黒いのは僕の騒動でどこかへ消えていった……はずだと思っていたけど、夕食中に出てきて母様は叫んで、動き回るせいで黒いのが母様を追いかけて阿鼻叫喚だったのはまた別のお話だ。
 それから、麦の季節、葡萄の季節、そしてラディッシュの季節、そして寒さが厳しい白の季節を3回は巡った頃、この世の生誕して5歳を数えようとしていた。体はだいぶ大きくなって、ようやくまわりのことが分かってきた。僕の名前はピルト・プレヴェール。ダキア王国北部の地方を治める貴族エディット・バール様が治める地のいち地区にある集落を管理するイレアス・プレヴェールの三男坊……いや次男だ。父様はなんでも昔に他国と戦争していた頃に大きな戦功を挙げた国の英雄らしくてその時の功績でこの土地の管理を任されているらしくて集落の人には慕われていて、家には英雄の父様を色んな人が訪ねてきては何か話をしている。とても誇らしい。父様は昔、喉を剣で突かれて声が変だけど周りの人がみんな僕らを大事にしてくれる。周りの人たちがみんな父様を褒めてくれるから父様は誇らしいとともに最近は僕らも偉いのでは……と調子に乗ってはカイル兄さんに殴られる。
 カイル兄さんは2歳上でもうすぐ7歳になるらしくて、本当は僕にはもう一人兄さんが居たらしい。歳は一個上だったけど産まれてすぐに天に召された。定期的に母様は集落の墓地に白い花を置いては祈っていた。たまに訪れては誰も居ない、集落からも離れたところにあるこの墓地は寂しい場所だと思った。
 ある日、また誰かが家を尋ねてきた。お客さんはいっぱい面白い話をしてくれるからお話をせがみにいこうと玄関に向かうとそこには少し日焼けしたような小麦色でオレンジの瞳をしたおじさんが居た。

「バンおじさん」
「おぉピルトか。大きくなったな。お父さんはどこだ?」
 
 バンおじさんは父様……というよりも母様を訪ねてくるお客さんの一人で遥か南、母様の出身国にお店を構えている商人さんだ。他国の人らしくここら辺の人とは少し違うからすぐに覚えられた人の一人だ。たまに家を尋ねてきては甘いお菓子をくれるからお客さんの中でも一番好きないいおじさんだ。

「知らなーい。おじさん。お菓子ちょー」
「父様は墾田地で使ってる犂が大岩のせいで動かなくなったから人を集めてなにかするって言っていました。夕暮れ前には戻ると思います。」
 
何か察した兄さんは言葉を遮って、僕の声を掻き消すように声量を上げておじさんの問いかけに応えた。
 
「そうか。カイルはしっかりしてるな。この家も安泰だな。しかしそうか……今日中に直轄領に行きたかったけど……帰って来るまで中で待たせてもらうよ。お前たちにもちゃんと土産もあるぞ。」

 おじさんは馬車に戻ると細長い木箱を家に運び込ぶと他にも紙に包まれたお菓子を持ってきた。バンおじさんは不思議なものをいっぱい持っている。しかも博識で色んなことを教えてくれる。基本的には優しくて好きなおじさんだけど、おじさんの荷物に触ると鬼のように怒って怖かった。なんだか起こり方が少し母様と似ていて余計に怖かった。だから荷物に興味を惹かれる前におじさんがくれるお菓子とおじさんの話で好奇心を紛らわすことにした。よく暇をしているときにカイル兄さんと僕にこの国以外のことを教えてくれる。

「いいか二人ともこの世界は広いぞ。犬を食う民族から雑草だけを食うのに大岩を動かす力強い民族、耳たぶがでっかい民族。色んな特徴を持った人が居るんだ。それにな俺はまだこの大陸の東側の大森林を抜けた場所にはまだ~」
 
 よく地図を広げては知らない世界を教えてくれる。家には置かれていないようなここら辺も載っている地図をおじさんは持っていてそれを観るだけでも面白かった。因みにおじさんは嘘は下手くそでなんでここが載っている地図があるのか聞いてもはぐらかすだけでまともには答えてくれなかった。まあお菓子もくれるし、面白いお話をしてくれるから関係ないと話をせがんだ。おじさんは話し上手だ。父様もバンおじさんから色んなことを学ぶようにと言われるからお話を聞くけど、父様の話は入ってこないのにおじさんの言うことは面白くてすぐに覚えられた。

「僕いーぱい勉強したよ。北にヘビツァ王国とミレヤ自治領、東にクラウディア、南はカギヤ王国とルグラシア王国があるんでしょ。で、で、で、ヘビツァ王国とミレヤ自治領のところで活躍したのが父様なんでしょ。」
「よく勉強していて偉いなぁ。そうだぞ、お前らの父様のおかげであの箱派のにっくき北部のやつらを遠ざけたんだ。いつかその話をしてやろうな。その前に、前に教えたヘビツァ王国はな最近、王国じゃなくて公国になっt」

 話をしている途中で父様が帰ってきた。父様はおじさんの馬車で家におじさんが着ていたことを分かっていたのだろう。家に入ってくるやおじさんに話しかけた。

「本日お越しになるとは思いませんでしたよ。どうですか反応は?とにかく詳しい話を、続きはいつもの部屋で……さぁどうぞ……それと、二人とも、外で遊んできなさい。」

 おじさんは「ごめんなまた後で」というと父様と部屋の奥に消えていった。母様はおじさんと父様に気を使って僕らを半ば無理やり外に放り出した。もうすぐ夕暮れになるのに、こんな時間に追い出されるということはさぞかし重大な話なのかな……そうだ。どうせならおじさんと父様が何を話しているか聞いてやろう。そう思って、家に向かって踏み出そうとしたとき、後ろにグイっと引っ張られた。そのままどんどんと家から離れていった。

「邪魔したらまた怒られるぞ。」

 そう強く言う兄さんは小さい声で「知らない方が幸せだよ……」そんな風にどこか大人びたことを言っていてむかついた。そんなことを知らない兄さんはさらに引っ張る力を強めた。それに対して抵抗しようと体の力を抜いて駄々をこねると兄さんはさらに怒った。

「お前なぁ。またそうやって我儘ばっかり……お前はいいよな。嫌なことがあったらそうやって~」

 またカイルの嫌味が始まった。御飯の食べ方が汚いだの、貧乏ゆすりをやめろとかなんやかんやとうるさい。きっと嫌いだからこんなこと言うのだ。それにたまにプレヴェール家としての矜持をどうこうと言うけど、兄さんも同じようなことで母様に怒られるくせに何様だよ。そう思って言い返すといつの間にか取っ組み合いの喧嘩になった。なかなか帰ってこないことを心配した母様が僕らを仲裁をしてくれるまで喧嘩は続いたけど次の日には元通りに仲は戻っていた。いや正確に言うと僕は次の日には大体忘れて変わらないように兄さんに声を掛けるから喧嘩とか嫌なことは明日に持ち越さない。それが僕らの約束だった。そんなんだから悪態をついても兄さんと遊ぶ毎日は悪くなかった。
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