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第3話 不穏な報せ
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アドウェール太陰太陽暦 201年 10月16日
少しづつ、少しづつ世界は類を見ない寒冷な時代に向かおうとしていた。
とある国。
立派な顎髭を蓄えた初老の男性が荘厳な建物を歩いていた。そこは光を取り入れるために壁は最低限まで削られ、柱には細かい彫刻が刻まれている様は見ごたえのある威厳が漂っていた。窓には人を象ったステンドガラスが嵌められ、赤や青、黄色に緑色と多くの色が大理石の廊下を照らしていた。光の教会と称されるルート教会の宝石の道ことイジフ回廊だ。修道院から司祭の祈祷用の礼拝堂上階を繋ぐこの回廊を男は一歩一歩と歩みを進め、ついには礼拝堂の扉を開いた。階下に拡がっていたのは荘厳な建物に相応しくない小汚く、痩せ細った貧民が多く居た。男は眉を顰めながらも平静を装い、教典を読み上げ、人々の神への祈りを見届けると近くの司祭を引き連れ、すぐさま礼拝堂を後にした。礼拝堂からしばらく回廊を歩いたところで悪態をついた。
「何だあの汚らしい貧民はここは歴史と栄誉あるルート教会だぞ。どうなっている。」
司祭は気まぐれで来ては文句を垂れてくるこの男が嫌いだった。だが、仕事と金のことだけはきっちりとこなすところは尊敬していた。だからどうにかしてくれるのではないかという淡い期待を込めて司祭はすぐさま昨今の実情を語り始めた。
「昨今は異常気象で冷夏が続いているのです。それによる作物の収穫量が減ってオティシア教下の国はどこでも飢饉が起こっているのです。特にヘビツァ公国とウィンロニアからの貧民の流入が止まらず~」
全世界的に段々と気温が下がり始め、昨今はどこの国も作物の育ちが悪く、多くの民は飢えていた。オルディア大陸の北部では特にその影響が大きく、北部の大国、サクセンリルド神聖国は税として集められ宮殿に備蓄されている麦やライ麦を大規模な水道工事や道路整備による公共事業の見返りとして与えているようだった。そのためか他国からも都市に多くの貧民が食べ物を求めて流入している。
「あんな穢らわしい奴らどうなろうと知らんが……ふむ……手っ取り早く人民を減らし、食糧を確保する方法だったら一つあるな。」
「私めには思いつきはしません。ゴルドリーフ枢機卿、その方法とはなんですか?」
「戦争だよ。食糧が足りないなら奪えばよかろう?ついでに資源と領土もな。」
そう言う放ちながら大声で笑った。司祭はこの人が冗談を言っているようには聞こえなかった。笑いながらも歩みを止めない枢機卿の背中を見送りながら小さく呟いた。
「醜い帝国主義者の偽族どもめ……」
ダキア王国南部。
世界は少しずつ確実に破滅への道を辿り始めていた。その報せは大陸北部から段々と南部へと影響を及ぼしていき、家にも嬉しい報せとともにやってきた。今年も日差しが厳しい葡萄の季節も過ぎ、ラディッシュの季節を通して寒さの厳しい白の季節を耐え、恵みの麦の季節がやってきた。ここ最近は夏にあまり暖かくならなかった上に虫も少なく、雨も少なかった。加えて異常気象は続き、土地も力を回復しきれなかったようで本来は大麦やライ麦などの穀物類で領地を埋め尽くす黄金の絨毯が現れるはずだったのに、なんだかすかすかだ。今年も収穫量が大幅に減ったようだ。最近はバンおじさんが頻繁に顔を出すようになった。おじさんが言うには北方諸国の多くが大変なことになっていると教えてくれたがあまり想像ができなかった。そんな難しい話をしているとサム爺さんも当然のように話に入ってきた。なんだかとても家族に馴染んでいる。最初はバンおじさんも驚いていたけど、今では一番気が合っているのかよくお酒を酌み交わしている。
「いやぁ~この地域でこれだけ不作なのにもうヘビツァ公国もウィンロニアもそれはそれは酷いもんだとよ。もう犬猫どころか死んだ親族を食って飢餓をしのんでいるとか……あの調子なら革命か戦争でも起こるんじゃないかと思うほどだったわ。なんだったらもしかして攻めてくるかもな……」
「いやいやいやあんな北方の民族なんぞイレアス殿とわしが居れば何万いようと関係ないな。いざ戦が始まればイレアス殿も出ざるおえんだろう。はっはっは」
「まぁ……もうあのヘビツァには俺の喉を切り裂いた大三将も居ないし……前回よりは楽……ですかね。」
外へと飛び出した僕はそんなことよりもようやく魔法が使えるようになったことが嬉しくて、毎日のように家の周りにある色んなモノを撃って撃って、撃ち続けた。どうやら軽く手で押した程度の威力しか与えられないけど、虫をひっくり返したり、樹木の葉を落ちないように撃ち続けるなどの一人遊びをするには十分だった。込める魔力を強めないと魔力弾は遠くまで飛ばなかったけど、段々と飛距離が伸びていった。今度は手で簡単に折れそうな小枝に狙いを定めて人差し指に力を入れて意識を集中した。体の内側から流れ出る力を腕に集めて5本の指全てに力が集まったとき、人差し指の爪の間から出るイメージをした。
「今だっ!!‼」
指の先から透明な塊が勢いよく発射し、見事命中し、枝が地面に落ちた。小枝を拾うと初めての魔法で得られたモノを自慢をしようと思い、振り返るとそこにはさっきまで居間で呑んだくれていたサム爺が居た。
「サム爺……」
「サム=アルトンだ。それよりもお前、魔力量が多いからといって無駄に消費していいわけじゃない。体全部に魔力を巡らせるんじゃなくて流すところを制御するんだぞ。いいか指を使って打つときは5本の指全部じゃなくて一本の指だけに~」
頼んでもないのにまた魔法の授業が始まった。出来てるんだったら何でもいいだろと思いながらもこの爺は叩いてくるから大人しく話を聞いていると解放されたのはそれから体感2時間は経った頃だった。遅くなったが、戦利品を見せようと家の裏口近くで洗濯物を干していたはずの母様の元に向かった。
ここ最近は母様は体調が悪いようで、朝はよく吐き気を訴えていた。今日も母様の下に行くと洗濯物を干していると思っていたら丁度、口を抑えて家の中に小走りで走っていくところを見かけた。声を掛けづらくてそれをなんとなしに見ていると田起こし用犂を付けた馬を連れて父様が帰ってきた。横には村の共有釜を管理するポールさんを引き連れていた。最近、親から子へと世代が変わったらしく、ポールさんは何かにつけては父様の近くに居た。あんまり彼のお父さんとは違ってあんまりいい話を聞かない……というよりも大分嫌われている。まだあんまり話したことがなくて少し人見知りをしてしまった。それでも母様のことが心配で何かの病気なんじゃ、伝えなきゃと思って、仕事中に話しかけるとおっかない父様を前にして思い切って話しかけた。
「父様、母様は最近体が悪いんですか。今日も急に口を抑えて家の中に入っていきました。何か嗚咽することも多いし、大丈夫なんですか?」
父様はどういうことか意味が分からずポカンとしていたが、隣にいたポールさんは何か思い当たることがあったのか父様に小声で何かを語るとすぐに来た道を戻っていった。
「そうだな。多分病気ではないと思うぞ。だが、そうだなこれからいくつかの季節を過ぎたあとにお前は兄となるのかもしれん。だからカイルのようにプレヴェール家の男として甲斐性をみせるのだぞ」
そう言うながら頭を撫でてくれる手は大きくて分厚くて硬かった。そしてほんのり温かくてあの爺みたいな軟弱な手とは違って仕事人の手だと思った。とてもかっこよくて嬉しかった。しばらくしてからポールさんはあるおばあさんを呼んできた。母様の手を握り、額のほうに近づけると眼を瞑り、集中し始めた。
「確かに、確かに。奥方は確かに妊娠しておられる。体の中にもう一つの命が宿っておられる。だけど……やはりピルト坊っちゃんほどの輝きではありませんね。何か特別なのかしら……」
なんだこのおばさんは……僕は知らない人だけど僕を知っているのかと思いながらもなんのことか分からなかったが見上げた父様の形容し難い表情は忘れることはできないだろう。
「三人目か……こんな異常気象続きに……ま、まあ明日はごちそうにするか。」
父様の言った一言に僕と兄さんは一喜一憂した。翌日の正午、わざわざ朝に豚を一頭解体して新鮮な肉を焼いた美味しそうな食事が出された。食卓には当然のようにサム爺も居て憎らしかった。これから食事を楽しもうと思ったときに扉が叩かれてた。
ダンダンダンダン。
4四回同じリズムで叩かれ、父様とバンおじさんは顔を見合わせて父様が血相を変えて急いでドアを開くとそこにはバンおじさんとよく一緒に居たお兄さんが立っていた。すぐさまおじさんと父様は家を出ていった。そのせいで本来は家長がするべきである肉の切り分けをサム爺が勝手にやって自分の肉の量を増やしていた。けれども僕らは父様が帰ってくるまで食事を出来ず、自分の師匠に文句を言うことも出来ず、冷たい肉を食べることになって父様を恨んだ。因みにサム爺はわしは関係ないと目の前の肉を遠慮なく食べていた。この爺め……そう思いながら肉が食えない代わりにエールをがぶがぶ飲んだ。結局二人が帰ってきたのはすっかり肉が冷めて、サム爺が満腹だから昼寝すると席を立ったときだった。
その日の夜、昼間にエールを大量に飲んだせいか夜中に尿意で目を醒ました。用を足すために外まで出なきゃと思い、廊下に出たときのことだった。もうすっかり夜の虚しさが周りを支配しているのに廊下はぼんやりとした蝋燭の明るさで照らされていた。居間のほうだ……そう思いながら近づくとその明かりから漏れ出る声色は父様とバンおじさんだった。
「やはり昼間の話……真実なのであろうな……どうするべきだ。逃げるべきか?とにかく領主様のお考えを聞かねば。だがもうすぐ雪に覆われるのだぞ。なぜこんな間際の時期に起こすのだ。今は冬支度をするべきだろう。」
「普通はそうだ。普通の状況であればな。だがあの国は長いこと国が荒れておったろう。そこに神聖国が出てくれば属国という選択も考えられた。だがそうだな早すぎる。あやつは今はアルトバランにやったが、あの調子では援軍はいつになるか分からない……取り合えずはバール様を中心に近くの貴族に助けを求めるしかないのではないか……」
「そんなこと……俺の一存ではとても決められない。俺はいち集落の領主でしかない。この集落からはとても戦える兵士を集めることもできない。しかし……どこのどいつが扇動しているんだ。この時期に兵を起こすなんて正気の沙汰じゃない。ここよりも冬は厳しいだろう。」
「それほどに追い詰められているということだろう。なんならあの有名な属性術士サム=アルトン殿がこの集落に居る。これはとても頼もしいじゃないか。もしかしたらバール様も優先して兵を寄こしてくれるかもしれないしな……」
「いや……あの方は冷静な方だ。そんな情で兵を動かす人じゃない。少しずつ人を逃がすしかないな」
「協力したいところだが……それよりもヘビツァ王国に潜ませている密偵を回収しなければいけん。神聖国の純血派の勢いが増してきてる。年々締め付けが強くなっている。もはや猶予はない。」
「神聖国か……我らも血の一部はプルト人であるのに……悲しいことよ。まあ奴らは我をどちらの勢力に付く覚悟もない腑抜けだと思っている節があるからな」
しばらくなんはなしに聞いていたけど、話の内容は入ってこなかった。取りあえず……出ていくタイミング失ったと思っていると父様が話しかけてきた。
「でお前はいつまで聞いているつもりなんだ」
「いや……あの……おしっこしたくて……」
僕の登場で少し和んでいたけど部屋に戻ってもおじさんと父様の話はまだまだ続きそうだった。夜までお話をしていても蠟燭のことで後で怒られなくても良い大人たちは羨ましいなと思いながら床についた。その日以来、日に日に周りの大人たちが何か怖い雰囲気を放つようになり、何かに起こっているようで何か機嫌が悪いようで大人たちと交流を次第に避けていった。
「何が始まるんだろう……」
少しづつ、少しづつ世界は類を見ない寒冷な時代に向かおうとしていた。
とある国。
立派な顎髭を蓄えた初老の男性が荘厳な建物を歩いていた。そこは光を取り入れるために壁は最低限まで削られ、柱には細かい彫刻が刻まれている様は見ごたえのある威厳が漂っていた。窓には人を象ったステンドガラスが嵌められ、赤や青、黄色に緑色と多くの色が大理石の廊下を照らしていた。光の教会と称されるルート教会の宝石の道ことイジフ回廊だ。修道院から司祭の祈祷用の礼拝堂上階を繋ぐこの回廊を男は一歩一歩と歩みを進め、ついには礼拝堂の扉を開いた。階下に拡がっていたのは荘厳な建物に相応しくない小汚く、痩せ細った貧民が多く居た。男は眉を顰めながらも平静を装い、教典を読み上げ、人々の神への祈りを見届けると近くの司祭を引き連れ、すぐさま礼拝堂を後にした。礼拝堂からしばらく回廊を歩いたところで悪態をついた。
「何だあの汚らしい貧民はここは歴史と栄誉あるルート教会だぞ。どうなっている。」
司祭は気まぐれで来ては文句を垂れてくるこの男が嫌いだった。だが、仕事と金のことだけはきっちりとこなすところは尊敬していた。だからどうにかしてくれるのではないかという淡い期待を込めて司祭はすぐさま昨今の実情を語り始めた。
「昨今は異常気象で冷夏が続いているのです。それによる作物の収穫量が減ってオティシア教下の国はどこでも飢饉が起こっているのです。特にヘビツァ公国とウィンロニアからの貧民の流入が止まらず~」
全世界的に段々と気温が下がり始め、昨今はどこの国も作物の育ちが悪く、多くの民は飢えていた。オルディア大陸の北部では特にその影響が大きく、北部の大国、サクセンリルド神聖国は税として集められ宮殿に備蓄されている麦やライ麦を大規模な水道工事や道路整備による公共事業の見返りとして与えているようだった。そのためか他国からも都市に多くの貧民が食べ物を求めて流入している。
「あんな穢らわしい奴らどうなろうと知らんが……ふむ……手っ取り早く人民を減らし、食糧を確保する方法だったら一つあるな。」
「私めには思いつきはしません。ゴルドリーフ枢機卿、その方法とはなんですか?」
「戦争だよ。食糧が足りないなら奪えばよかろう?ついでに資源と領土もな。」
そう言う放ちながら大声で笑った。司祭はこの人が冗談を言っているようには聞こえなかった。笑いながらも歩みを止めない枢機卿の背中を見送りながら小さく呟いた。
「醜い帝国主義者の偽族どもめ……」
ダキア王国南部。
世界は少しずつ確実に破滅への道を辿り始めていた。その報せは大陸北部から段々と南部へと影響を及ぼしていき、家にも嬉しい報せとともにやってきた。今年も日差しが厳しい葡萄の季節も過ぎ、ラディッシュの季節を通して寒さの厳しい白の季節を耐え、恵みの麦の季節がやってきた。ここ最近は夏にあまり暖かくならなかった上に虫も少なく、雨も少なかった。加えて異常気象は続き、土地も力を回復しきれなかったようで本来は大麦やライ麦などの穀物類で領地を埋め尽くす黄金の絨毯が現れるはずだったのに、なんだかすかすかだ。今年も収穫量が大幅に減ったようだ。最近はバンおじさんが頻繁に顔を出すようになった。おじさんが言うには北方諸国の多くが大変なことになっていると教えてくれたがあまり想像ができなかった。そんな難しい話をしているとサム爺さんも当然のように話に入ってきた。なんだかとても家族に馴染んでいる。最初はバンおじさんも驚いていたけど、今では一番気が合っているのかよくお酒を酌み交わしている。
「いやぁ~この地域でこれだけ不作なのにもうヘビツァ公国もウィンロニアもそれはそれは酷いもんだとよ。もう犬猫どころか死んだ親族を食って飢餓をしのんでいるとか……あの調子なら革命か戦争でも起こるんじゃないかと思うほどだったわ。なんだったらもしかして攻めてくるかもな……」
「いやいやいやあんな北方の民族なんぞイレアス殿とわしが居れば何万いようと関係ないな。いざ戦が始まればイレアス殿も出ざるおえんだろう。はっはっは」
「まぁ……もうあのヘビツァには俺の喉を切り裂いた大三将も居ないし……前回よりは楽……ですかね。」
外へと飛び出した僕はそんなことよりもようやく魔法が使えるようになったことが嬉しくて、毎日のように家の周りにある色んなモノを撃って撃って、撃ち続けた。どうやら軽く手で押した程度の威力しか与えられないけど、虫をひっくり返したり、樹木の葉を落ちないように撃ち続けるなどの一人遊びをするには十分だった。込める魔力を強めないと魔力弾は遠くまで飛ばなかったけど、段々と飛距離が伸びていった。今度は手で簡単に折れそうな小枝に狙いを定めて人差し指に力を入れて意識を集中した。体の内側から流れ出る力を腕に集めて5本の指全てに力が集まったとき、人差し指の爪の間から出るイメージをした。
「今だっ!!‼」
指の先から透明な塊が勢いよく発射し、見事命中し、枝が地面に落ちた。小枝を拾うと初めての魔法で得られたモノを自慢をしようと思い、振り返るとそこにはさっきまで居間で呑んだくれていたサム爺が居た。
「サム爺……」
「サム=アルトンだ。それよりもお前、魔力量が多いからといって無駄に消費していいわけじゃない。体全部に魔力を巡らせるんじゃなくて流すところを制御するんだぞ。いいか指を使って打つときは5本の指全部じゃなくて一本の指だけに~」
頼んでもないのにまた魔法の授業が始まった。出来てるんだったら何でもいいだろと思いながらもこの爺は叩いてくるから大人しく話を聞いていると解放されたのはそれから体感2時間は経った頃だった。遅くなったが、戦利品を見せようと家の裏口近くで洗濯物を干していたはずの母様の元に向かった。
ここ最近は母様は体調が悪いようで、朝はよく吐き気を訴えていた。今日も母様の下に行くと洗濯物を干していると思っていたら丁度、口を抑えて家の中に小走りで走っていくところを見かけた。声を掛けづらくてそれをなんとなしに見ていると田起こし用犂を付けた馬を連れて父様が帰ってきた。横には村の共有釜を管理するポールさんを引き連れていた。最近、親から子へと世代が変わったらしく、ポールさんは何かにつけては父様の近くに居た。あんまり彼のお父さんとは違ってあんまりいい話を聞かない……というよりも大分嫌われている。まだあんまり話したことがなくて少し人見知りをしてしまった。それでも母様のことが心配で何かの病気なんじゃ、伝えなきゃと思って、仕事中に話しかけるとおっかない父様を前にして思い切って話しかけた。
「父様、母様は最近体が悪いんですか。今日も急に口を抑えて家の中に入っていきました。何か嗚咽することも多いし、大丈夫なんですか?」
父様はどういうことか意味が分からずポカンとしていたが、隣にいたポールさんは何か思い当たることがあったのか父様に小声で何かを語るとすぐに来た道を戻っていった。
「そうだな。多分病気ではないと思うぞ。だが、そうだなこれからいくつかの季節を過ぎたあとにお前は兄となるのかもしれん。だからカイルのようにプレヴェール家の男として甲斐性をみせるのだぞ」
そう言うながら頭を撫でてくれる手は大きくて分厚くて硬かった。そしてほんのり温かくてあの爺みたいな軟弱な手とは違って仕事人の手だと思った。とてもかっこよくて嬉しかった。しばらくしてからポールさんはあるおばあさんを呼んできた。母様の手を握り、額のほうに近づけると眼を瞑り、集中し始めた。
「確かに、確かに。奥方は確かに妊娠しておられる。体の中にもう一つの命が宿っておられる。だけど……やはりピルト坊っちゃんほどの輝きではありませんね。何か特別なのかしら……」
なんだこのおばさんは……僕は知らない人だけど僕を知っているのかと思いながらもなんのことか分からなかったが見上げた父様の形容し難い表情は忘れることはできないだろう。
「三人目か……こんな異常気象続きに……ま、まあ明日はごちそうにするか。」
父様の言った一言に僕と兄さんは一喜一憂した。翌日の正午、わざわざ朝に豚を一頭解体して新鮮な肉を焼いた美味しそうな食事が出された。食卓には当然のようにサム爺も居て憎らしかった。これから食事を楽しもうと思ったときに扉が叩かれてた。
ダンダンダンダン。
4四回同じリズムで叩かれ、父様とバンおじさんは顔を見合わせて父様が血相を変えて急いでドアを開くとそこにはバンおじさんとよく一緒に居たお兄さんが立っていた。すぐさまおじさんと父様は家を出ていった。そのせいで本来は家長がするべきである肉の切り分けをサム爺が勝手にやって自分の肉の量を増やしていた。けれども僕らは父様が帰ってくるまで食事を出来ず、自分の師匠に文句を言うことも出来ず、冷たい肉を食べることになって父様を恨んだ。因みにサム爺はわしは関係ないと目の前の肉を遠慮なく食べていた。この爺め……そう思いながら肉が食えない代わりにエールをがぶがぶ飲んだ。結局二人が帰ってきたのはすっかり肉が冷めて、サム爺が満腹だから昼寝すると席を立ったときだった。
その日の夜、昼間にエールを大量に飲んだせいか夜中に尿意で目を醒ました。用を足すために外まで出なきゃと思い、廊下に出たときのことだった。もうすっかり夜の虚しさが周りを支配しているのに廊下はぼんやりとした蝋燭の明るさで照らされていた。居間のほうだ……そう思いながら近づくとその明かりから漏れ出る声色は父様とバンおじさんだった。
「やはり昼間の話……真実なのであろうな……どうするべきだ。逃げるべきか?とにかく領主様のお考えを聞かねば。だがもうすぐ雪に覆われるのだぞ。なぜこんな間際の時期に起こすのだ。今は冬支度をするべきだろう。」
「普通はそうだ。普通の状況であればな。だがあの国は長いこと国が荒れておったろう。そこに神聖国が出てくれば属国という選択も考えられた。だがそうだな早すぎる。あやつは今はアルトバランにやったが、あの調子では援軍はいつになるか分からない……取り合えずはバール様を中心に近くの貴族に助けを求めるしかないのではないか……」
「そんなこと……俺の一存ではとても決められない。俺はいち集落の領主でしかない。この集落からはとても戦える兵士を集めることもできない。しかし……どこのどいつが扇動しているんだ。この時期に兵を起こすなんて正気の沙汰じゃない。ここよりも冬は厳しいだろう。」
「それほどに追い詰められているということだろう。なんならあの有名な属性術士サム=アルトン殿がこの集落に居る。これはとても頼もしいじゃないか。もしかしたらバール様も優先して兵を寄こしてくれるかもしれないしな……」
「いや……あの方は冷静な方だ。そんな情で兵を動かす人じゃない。少しずつ人を逃がすしかないな」
「協力したいところだが……それよりもヘビツァ王国に潜ませている密偵を回収しなければいけん。神聖国の純血派の勢いが増してきてる。年々締め付けが強くなっている。もはや猶予はない。」
「神聖国か……我らも血の一部はプルト人であるのに……悲しいことよ。まあ奴らは我をどちらの勢力に付く覚悟もない腑抜けだと思っている節があるからな」
しばらくなんはなしに聞いていたけど、話の内容は入ってこなかった。取りあえず……出ていくタイミング失ったと思っていると父様が話しかけてきた。
「でお前はいつまで聞いているつもりなんだ」
「いや……あの……おしっこしたくて……」
僕の登場で少し和んでいたけど部屋に戻ってもおじさんと父様の話はまだまだ続きそうだった。夜までお話をしていても蠟燭のことで後で怒られなくても良い大人たちは羨ましいなと思いながら床についた。その日以来、日に日に周りの大人たちが何か怖い雰囲気を放つようになり、何かに起こっているようで何か機嫌が悪いようで大人たちと交流を次第に避けていった。
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