底辺地下アイドルの僕がスパダリ様に推されてます!?

皇 いちこ

文字の大きさ
108 / 139
#25 エマージェンシーコール

25-2 エマージェンシーコール

しおりを挟む

桃色に上気した頬。隙間なく密着した艶めかしい肌。
恋人が他の男ともつれ合う姿を目の前にして、直矢は言葉を失った。

「――直矢さん!?どうして……」

困惑した紫音は、桐谷の広い胸板を押し退けた。その拍子に、白濁の湯が踊るように跳ねる。
主人が時間をかけて拓いた身体に、幼馴染という立場で無遠慮に触れたのだ。怒りの衝動に突き動かされた直矢は、毅然として切り出した。

「……君が連れ去られたと聞いた」

威圧的な眼差しにも屈さず、桐谷は不敵な笑みを崩さない。

「心外だな、俺は親友を朝食に誘っただけですよ」

四人が後ろから駆け付けたのにも臆さず、桐谷は湯船から上がり、屈強な肉体を露わにした。一糸纏わぬ姿であろうと、堂々とした態度で一切を包み隠さない。まるで金色こんじきに輝く立派な一物に、その場にいた全員が息を呑んだ。

「本当なんです……!さっきお蕎麦を食べて、せっかくだから温泉にと……」

紫音の言葉に嘘は無いのだろう。しかし、愛の囁きでも受けているような映像が、直矢の脳裏にちらついて離れない。一方、申し訳無さそうな表情に心が痛んだ。

「それに――圏外で連絡できなくて……心配かけた僕のせいです」
「ううん、俺が急に誘ったからだよ。今度は事前に連絡するね」

見せつけるかのように親密なやり取りに、直矢の神経は逆立つ。
二度目の対峙でも、自信に溢れる桐谷は動揺を微塵も見せない。
あまつさえ、直矢が言及しようか迷っていたことすら、依頼主は秘匿情報をあっさりと開示した。

「そういえば、高科さん。打診書は読んでいただけました?」
「……もちろんですよ。内容については、もう整理できていますから」

半ばブラフ。昨日から理論を詰めてようやく6割弱の分析を終えたところだ。
だが、恋人の前で決して屈することはできない。

「それは良かった。明日オフィスに伺うので、ゆっくりお話しましょう」

緊迫した空気に、簀子を踏みしめる足音が響く。直矢のそばを通り過ぎる間際、桐谷は鋭い視線を送った。

「――期待してますよ」

両肩に重責が圧し掛かり、思わず身震いしそうだった。
依頼主は脱衣スペースに向かい、彫刻のような肉体をタオルで覆い隠した。

「さて、俺は別件があるのでお先に失礼します。皆さんも入って行ったらどうです?」
「マジでイイのか!?つーか、旨そうなリンゴだよな!」

朝食の途中だった大地は、湯に浮かぶリンゴを目ざとく見つけるやいなや、湯船に駆け寄った。すでに床の上を転がり回りながら、一玉を丸ごとかじっていたプリンに負けじと劣らない食欲だ。だが、直矢と同じく警戒を解けないのは残りのメンバーも然りだった。

「……あの、桐谷代表!」

重苦しい沈黙を破ったのは櫂人だ。
直矢がメンバーと恋仲にある関係者だからこそ、彼もまた知り得たばかりの極秘情報を目の前で尋ねた。

「貴社が……私たちのドーム公演のメインスポンサーに決定したと伺ったのですが」

いつでも凛とした立ち振る舞いを崩さない彼でも、若干気圧されているようだ。
それほど、桐谷という男は脅威的な権力と予測不可能な行動力をあわせもっていた。大切なメンバーを僻地の山奥へ連れ去るぐらいには。

「ああ、そうだよ。夕方からの打ち合わせにも参加させてもらうから、よろしく」

桐谷は着替えの手を休めず、冷静に事実を言い放った。
強気な宣戦布告に、その場にいた全員に衝撃が走る。
初耳だったらしい紫音も驚き、驚きのあまり湯船から立ち上がった。リンゴに磨かれた美しい柔肌が露わになる。直矢は背中で庇うように恋人の前に立ちはだかった。
強引とも取れる、まったく予期し得なかった同時介入。ビジネスにも恋愛にも定石は存在しないのだと、警告しているようだった。
「貴方がどれほどの力を持ち、どれほどの数字を求めようとも――舞台の主役は、あくまで彼らです」
直矢は書類の端々から滲んでいた、過剰な期待に暗に釘を刺した。相手が試すつもりなら、手を抜くつもりはない、
「……僕は一人の観客として見届けますが、数字では測れないものを、どうか壊さないでいただきたい」
踏み込むことを許される、境界線間際の攻防。
鮮烈な視線が絡み合い、湯屋の中で熾烈な火花が散る。桐谷が羽織ったコートの裾が翻り、王者であり続けた男の矜持を滲ませていた。

「結果がすべてを語ってくれるでしょう」

いつの間にか扉の外には数人の秘書が控えており、渡されたサングラスを受け取る。肩越しにひらひらと振られた手は、幼馴染に向けられていた。紫音はつられて手を振り返すが、純粋な双眸は不安そうに揺れている。

「たあ君と……何かあったんですか?」
「――いや、仕事の話だよ。重要な依頼を受けてね」

湯冷めしてしまわないよう、直矢は濡れた体をバスタオルで包み込んだ。
直矢は微笑んで答えたが、胸の奥では凄まじい重責が渦を巻いていた。

「え……っ!依頼……ですか?」
「心配する必要はないさ。必ず成功させるよ」

無垢な瞳には疑問符が浮かぶが、それらを打ち消すように抱き寄せる。
ほのかな紅玉の香りがして、肺の奥まで瑞々しく満たされるようだ。擦り減った神経を宥めるのは、安堵の温もりだった。後方で静観していた三人も、囚われていた仲間の元へ駆け寄る。真っ先に櫂人が声を上げた。

「……紫音!無事で良かった」
「ごめん、こんなところまで来させちゃって……!」

奏多と佑真もドーム公演にまつわる重大発表を、たった今知ったようだった。

「それにしても、メインスポンサーの話は本当なんだね」
「マネージャーからのメール、俺も今見たよ」

メンバーにとっても急遽の決定だったようで、寮まで戻るヘリの中でもあらゆる憶測が飛び交った。
資金提供にとどまらず、宣伝協力や会場内演出など、公演のあらゆる面で影響力を持つ。舞台に掲げられる巨大スクリーンの映像、特設ブースや物販のラインナップにすら口を出せるだろう。下手をすれば、衣装やセットの色味まで――白昼堂々と、自分の所有物と主張できる立場を手に入れられる。時として、自分の色で染め上げることも許されるのだ。

スポンサーの支援は、彼らの悲願を叶えるために不可欠だ。だが同時に、それが過剰な支配に変わった瞬間、五人の舞台が『商品』として切り売りされる危うさも察していた。
一体、桐谷はどんな魂胆なのか。

直矢が思案を巡らせていると、肩に心地良い重みがのしかかる。
仲間たちとの会話にも参加せず、紫音は主人の肩に頭を預けていた。直矢は毛先の一本まで愛おしそうに、指先を滑らせる。

恋人に見せたいのは、かつてないほどのファンの熱狂と光の海。
それも客席一面、純粋な紫に染まったサイリウムを。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました

こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。

姉が結婚式から逃げ出したので、身代わりにヤクザの嫁になりました

拓海のり
BL
芳原暖斗(はると)は学校の文化祭の都合で姉の結婚式に遅れた。会場に行ってみると姉も両親もいなくて相手の男が身代わりになれと言う。とても断れる雰囲気ではなくて結婚式を挙げた暖斗だったがそのまま男の家に引き摺られて──。 昔書いたお話です。殆んど直していません。やくざ、カップル続々がダメな方はブラウザバックお願いします。やおいファンタジーなので細かい事はお許しください。よろしくお願いします。 タイトルを変えてみました。

竜の生贄になった僕だけど、甘やかされて幸せすぎっ!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。顔立ちは悪くないが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…? 2025/09/12 ★1000 Thank_You!!

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

稀代の英雄に求婚された少年が、嫌われたくなくて逃げ出すけどすぐ捕まる話

こぶじ
BL
聡明な魔女だった祖母を亡くした後も、孤独な少年ハバトはひとり森の中で慎ましく暮らしていた。ある日、魔女を探し訪ねてきた美貌の青年セブの治療を、祖母に代わってハバトが引き受ける。優しさにあふれたセブにハバトは次第に心惹かれていくが、ハバトは“自分が男”だということをいつまでもセブに言えないままでいた。このままでも、セブのそばにいられるならばそれでいいと思っていたからだ。しかし、功を立て英雄と呼ばれるようになったセブに求婚され、ハバトは喜びからついその求婚を受け入れてしまう。冷静になったハバトは絶望した。 “きっと、求婚した相手が醜い男だとわかれば、自分はセブに酷く嫌われてしまうだろう” そう考えた臆病で世間知らずなハバトは、愛おしくて堪らない英雄から逃げることを決めた。 【堅物な美貌の英雄セブ×不憫で世間知らずな少年ハバト】 ※セブは普段堅物で実直攻めですが、本質は執着ヤンデレ攻めです。 ※受け攻め共に、徹頭徹尾一途です。 ※主要人物が死ぬことはありませんが、流血表現があります。 ※本番行為までは至りませんが、受けがモブに襲われる表現があります。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

処理中です...