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#4 何色にもなれなくて
4-1 何色にもなれなくて
しおりを挟む撮影現場の日は、心配性の姉が年上組に連絡を入れてくれているようで、おかげで朝が弱くても起きることができた。
何度も衣装を着替えるからと、翌朝部屋を訪れた佑真がくれたのはファンデーションテープだった。首筋に残る痕を隠すため、肌色に合う色を選んできてくれたのだ。
貼付までしてもらって、目覚めて早々に紫音は恥ずかしい思いをすることになった。一仕事終えた佑真は紫音を抱き締め、ベッドの上で一緒に寝転がった。
六人の弟妹とシングルマザーの母親の生活を支えるために出稼ぎに来ている彼は、こうして実の弟のように気に掛けてくれる。爪まで綺麗に整えられた指先からは、いつも良い匂いがした。
「少しは元気になった?」
「……うん、ありがとう」
何だか、とても懐かしい夢を見ていた気がする。
幼い頃からの記憶を一足飛びで駆け抜けたような。そんな気分に紫音は浸っていた。
佑真と一緒にリビングに降りると、パンケーキの焼ける匂いが漂ってくる。つぶしたバナナを混ぜて焼いたふわふわの生地は、紫音の好物だった。
どこからともなく、朝の挨拶が飛び交い始める。食卓に飾られたミニブーケも、今ではすっかり見慣れた風景。途方もなく広い街で紫音が手に入れた、もう一つの家族だった。生まれて初めてできた、『仲間』と呼べる存在。
「行ってらっしゃい」
「気をつけろよ、紫音」
「忘れ物はないな」
「夕飯は冷蔵庫に入れておくよ」
天国から地獄に突き落とされた昨日と打って変わって、今日は少しだけ気分が軽い。
急行とメトロを乗り継ぎ、列車は東側へと縦断していく。どこも鈍色のコンクリートで溢れていて、一面緑だった故郷とはまるで違う。しばらくすると海沿いの開けた視界が飛び込んできた。あっという間に県境を突き抜け、テーマパークの城を見送る。我儘で飽きやすい心を映し出したように、忙しない刺激に溢れ、雑然としていて、見ているだけで息が詰まる。
それでも、今はまだこの街を離れることは考えられなかった。
ようやく見つけた居場所を手放したくなかったのだ。
周囲が官僚や大手企業に就職する中、紫音は同じ道には進まなかった。
大学を卒業してからは、メンバーで折半する食費・日用品費やレッスン代を賄うために、変わらずバイトで食い繋ぐ生活を続けた。姉に紹介してもらう芸能の仕事も、ギャラはまだまだ新人レベル。オーディションに落ちた回数の方が圧倒的に多い。映画やドラマの出演歴があると言っても、ゾンビ役や死体役などエキストラと変わらない。役名すらない端役中の端役だ。
メインのアイドル活動でも、ろくにライブのチケットも捌けないし、マネージャーの指摘通り、物販の貢献度も雀の涙ほど。
幼い頃に憧れたアイドル。現実はそう上手くいくわけではない。
だが、一人の少年に手を差し伸べられて、諦めた夢は再び花咲いた。
動物たちを前に歌っていた頃とは違い、今は熱気と声援がある。初ライブからずっと、一度も欠かさず観に来てくれる姉の笑顔を見ると、擦り減った心も幸福で満たされた。
まるで、初めて彼女の前で歌って踊った時のように。
それも、このままでは続けられない。
自分に何が足りないのかは、嫌と言うほどわかっている。
四人のように、特別な才能や特技があるわけでもない。観衆を惹きつける個性がない。だから、ずっと埋もれたままなのだ。
『いつ辞めるの』
『一人だけ足手まといなの、わからない?』
他メンバーの過激派らしきファンから、SNSに匿名のメッセージが届いたこともある。
ただでさえ少ない称賛の中で、たった一度の中傷に心臓が止まりそうになった。その夜、紫音はベッドの中で声を押し殺して泣いた。
歌とダンスも、声が枯れるまで、靴が破れるまで練習した。
それなのに、選ばれない。愛されない。何者にもなれない。
無数にきらめく星々の中で、一人燻ぶっていくだけ。焦燥と劣等感ばかりが募っていく。自らが背負う色すら、表現することができない。
そんな時出会ったのが、未成熟な青年の理想を絵に描いたような男だった。
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