底辺地下アイドルの僕がスパダリ様に推されてます!?

皇 いちこ

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#5 愛に寄生

5-1 愛に寄生

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ライブハウスを出禁になるまで、高科直矢の人生はおおむね順調だった。

我が子を名門私立幼稚舎から通わせる化け物じみた富裕層とは違い、平凡な中流家庭に生まれ落ちた直矢は、親ガチャで出遅れたハンデを血なまぐさい努力で補った。

『顔だけの男になるな』
父親から呪詛のように聞かされた家訓通りに生き、常に両親の期待を上回った。自慢の息子という理想形態になるには、何者かになる必要があった。
一流大学現役合格。安定の代名詞である銀行勤めからの海外駐在。最難関MBA圧勝。そして、エリート中のエリートともいえる花形職業への転身。最短コースでの幹部への昇進。出世のためには手段を選ばず、成り上がりsocial climberと陰口を叩かれようが結果で黙らせる。直矢は勉学や仕事に明け暮れ、一人息子への夫婦の夢を残らず叶えたのだった。

だが、ヒエラルキーの頂上まで上り詰めた直矢を待っていたのは、無味乾燥な日々だった。
会社と家の往復、休日返上の残業、接待地獄、数合わせに駆り出される合コン。極めつけは徹夜続きによる血尿。社運を左右する大型プロジェクトのプレッシャーで連日押し潰されそうなのを、あえて不安に触れないようにしてやり過ごす。
だが、全速力で駆け抜けてきた人間は、立ち止まることを知らない。一度動き出した歯車を延々と回し続けなければならなかった。

とうの昔に感覚は麻痺しているのかもしれない。誰もが羨むマンションに住もうが、高価な車や時計を手に入れようがすぐに飽きてしまい、生活への執着も失った。寿命は長くないだろうが、遺産を分与する妻子もいない。男をATMとしか見ていない女達は面倒だった。キャリアの邪魔にならず、せいぜいストレスと性欲発散の捌け口になってくれればいい。独身というステータスはそうした火遊びのツケが回っているだけなのだが。

とっくに消灯時間を過ぎたオフィスを最後に出て、直矢は帰路の途中でデリバリーの手配を済ませる。深夜近い時間帯では、残酷にもコンビニの弁当は根こそぎ残っていない。会社からドアツードアで15分圏内という理由だけで選んだエリアは、閑静な高級住宅地で深夜営業の飲食店などあるはずもない。わざわざ隣々町の店を指定する必要があった。

こんな時間にやっているのは、ハンバーガー、ラーメン、ピザ、牛丼のチェーン店ぐらいで、栄養バランス最悪なパターンを永遠にローテーションしていた。今夜は牛丼のターン。
年収2,000万台突破の辿り着いた先に、こんな爛れた生活が待っているとは思いもよらなかった。

社会は不平等だった。
直矢は労働に身を窶す間、街を歩く幸福そうな人間を激しく憎んだ。大して努力もせず、泥の中を這いずり回るような苦労をしたこともなく、のうのうと生きている低俗な生き物。そんな彼らは、親ガチャで幸運に恵まれたか、顔だけで生きて来られたのだろうと邪推した。

その後者に屈辱的な扱いを受けたのは、つい二日前の夜だった。
女達の愛に寄生して生きる、軽薄な存在。父親から口酸っぱく戒められ、直矢自身も軽蔑していたアイドル。健気な苦労人に見えた青年もまた、同類・・だったことを知り、会場を一歩出ると複雑な感情に陥った。
物販の待機列に揉みくちゃにされ、渋谷の人波に押されるまま帰宅した直矢は、書類で埋もれたデスクでヤケ酒を呷った。

初めこそ、例のツーブロック男にオッサン呼ばわりされた挙句、マウントを取られたことに怒りを感じていた。
しかし、涙交じりの身の上話でおびき寄せ、体の良いカモとして狙われていたことが、男のプライドをひどく傷つけた。完璧だった人生設計において、初めて弄ばれたのだ。あんなに純情そうな可愛い顔をして。

〈『濡れた美少年』をコンセプトに、タレント事務所HYPEにより20XX年に結成された元祖放水系メンズアイドル。ファンを花に見立て、ライブ中に水鉄砲を発射するパフォーマンスで知られる。活動拠点は渋谷の地下ライブハウスで――……〉

パソコンでユニット名を検索して表示されたWikiの見出しに、苦い記憶が蘇った。

『いいか、直矢。よく聞け!』

まだ直矢が小学校低学年の頃。
宿題を終えてこたつでみかんを食べながら、夕飯前の歌番組を見ていた時だった。
虹色に輝くステージで、当時一世を風靡したジョナーズJr.が歌って踊る様子をうっとりと眺めた。マントがはためく特注の衣装は、クラスで流行っている戦隊ヒーローのようで幼心に凛々しく映った。
そこへ、しがない公務員だった父親は家に帰るなり、ちゃぶ台をひっくり返して怒鳴り散らしたのだった。

『アイドルなんて悪党だ。
女子供に夢や希望を抱かせて、金を巻き上げる汚い商売なんだ。お前は顔だけの男になるな!』

一家の大黒柱の訓戒は、鮮烈な家訓として幼子の記憶に刻まれた。
青年がただのバンドマンならまだ良かったのか。寒空の下でギターをかき鳴らし、酔漢に罵声を浴びせられながらも、日銭を稼ぐ不憫な夢追い人。
それなら心から同情もできたし、可愛い顔に免じて支援の手を差し伸べたかもしれない。
だが、よりにもよって地下アイドルなのだ。握手会でファンから一銭残らずむしり取ると報道もなされる危険分子。

直矢はバーボンを飲み干すと、損なわれた自尊心を取り戻すべく、夜の六本木へと狩りへ出た。
爆音が響くクラブのVIPフロアで見繕った、自称女優の卵だとかいう女をホテルへ連れ込む。
しかし、豊満な肉体を見てもなお、ムスコはピクリとも微動だにしない。股の間には、生気を失ったように萎れた一物が鎮座するだけだった。
昨夜は五発も奮闘した分身は、たった一夜で市場価値を失ってしまったのである。
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